第百二十九話:それぞれの意志
翔達が塔から下りると秀達が駆け付けてくる。二千人の暴走族とドンパチを繰り広げたというのに、誰一人としてかすり傷の一つも負っていないとはさすがというべきか……
「やっと来たか」
「兄さん、紫月は!?」
「力を使い果たして気絶してるだけだ。心配するな」
「紫月お姉ちゃ〜ん、良かったよぉ〜!」
柳と夢華は心から紫月が無事で良かったと思う。遠く離れていても、どこか彼女の心が傷ついたことを感じていたから……
そして翔は無事に再会した兄弟達にホッと安堵もされたが、止血のために巻かれた龍のシャツが血まみれになっていたのですぐ紗枝に捕まった。
「翔ちゃん、どうしたのよその傷!」
「ちょっとな……」
「ちょっとじゃないわよ! 診せなさい!」
「いや、大丈夫だって……!」
「あっちゃん、良ちゃん!」
「了解!」
大の男二人に取り押さえられて翔は悲鳴をあげながら診察を受ける。どうやらかなりやせ我慢していたのだろう、骨の一、二本はいってそうだ。
もちろんすぐに治る体質ではあるらしいが、しばらく安静には違いない。
それを気の毒に思いながらも、確かに治療しておかないわけにはいかないので、啓吾は秀に命じた。
「次男坊、お前さっさと救急箱探してこい。紫月はともかく三男坊は治療しとかんわけにはいかん」
「分かりました。さすがに今回は僕も少し翔君にやらせ過ぎましたからね」
「どこが少しだ! 兄貴の性でこっちは散々な目にあったんだからな!!」
「散々な目に遭ったのは大半が君の油断の性でしょう? 僕は君を利用しましたが、危険な目に遭わせようなんてそんな鬼みたいな事をした覚えはありませんよ」
あっさりと答える秀に翔は唸り周囲にいた者達は苦笑する。だが「利用したという点ですでに危険な目に遭うことは決定していたのでは」と、純は相変わらず的を得た事を考えていた。
そして啓吾は抱えていた紫月を柳に渡すと踵を返した。
「紗枝、念のために三男坊と紫月の傷全部診とけ。俺は龍のとこに戻る」
「そういえば龍ちゃんはどうしたの?」
「ここのラスボスと会談中だ。それと末っ子、こいつを持っといてくれ」
重力でふわりと純の手に一冊の書が収まる。
「天空記……」
「帰ったら読むから絶対失くすなよ」
その次の瞬間だった。天宮兄弟と啓吾がいきなり膝を下り苦痛に顔を顰る!
「くっ……!!」
「翔ちゃん!?」
「なんだよこれ……!!」
ありえないほどの圧迫感が翔の体を襲う! そしてその傍らで本を持ったまま純も倒れた!
「純君!!」
「龍……兄さ……!!」
沙南の呼び掛けにも純は目がどこかをさ迷っているようで応答しない。
「くそっ……!! なんだよ……!!」
「……!! 兄さんですか……!!」
遠くで龍に何かが起こったことを啓吾も秀も感じる。体全体に感じる圧迫感に堪えながらも、ただこのまま流されるわけにはいかないと啓吾は意識を必死に留めた。
その頃、塔の中では散り散りになりそうな意識の欠片をかき集め、龍は己の中で目覚めようとした力を必死に取り押さえていた。
その目の色は黄金に輝き始めていたが、そんな変化に龍は気付いていなかった。
「天空王、まだ君が覚醒するのは早いみたいだ。先に目覚めなければならないのは三つ目の天、西天空太子だからな」
「弟に手を出すな、お前達の狙いは最初から俺だろう?」
そう告げた龍に夜叉は笑みを浮かべた。いま自分の目の前に出て来ようとしている王の片鱗を見たからだ。
「天宮龍の意志を押し破って出て来ようとするとは恐れ入るよ。だが私の前で出て来られるのも少々困るのでね」
「くはっ……!!」
見えない力に叩き付けられて龍はそのまま意識を失った。
そして夜叉は割れた窓ガラスから地上へ飛び降りると、近くで天宮兄弟と啓吾が呼吸を乱しているのを見つける。
「驚いたよ、天空王が覚醒し掛けただけでここまで影響を受けているとはね」
ゆっくりと歩み寄ってくる夜叉に全員が構える。そしてそこには龍の姿がない。
「龍はどうした……!!」
「眠ってもらってるよ。殺すとうるさいのがいてね」
それにピクリと秀は反応する。
「それにしてもやはり時は近いようだ。二百代前の怱々たる顔触れが揃ってるとは」
「あっ……!」
「あいつ……!」
柳と紗枝の表情が変わる。過去に見たことがある。それは紗枝にとって、夢に現れたことのある顔だとすぐに理解出来たから。
「私の事が分かるようだな、柳泉。また出会えて嬉しく思うよ」
「くっ……!!」
表情を歪めた柳の前に呼吸を乱しながらも秀が守ろうと前に立つ。それに夜叉は嫌悪感を覚えるが、翔の傍にいた紗枝を見るなり口元に笑みが浮かぶ。
「そして紗枝殿、君との因縁がこの現代でも続いていたことを嬉しく思うよ」
「残念だけど私は最悪だわ。あんたは私の夢の中では最低な男としてでしか登場しない。それを現代で見るとますます不愉快だわ」
容赦なく紗枝は自分の苛立ちをぶつけた。やけにこの目の前にいる男を消し去りたい衝動にかられる。
何となく自分じゃない誰かが自分を支配しようとしている気がして……
「その凛とした態度は現代も二百代前も変わらないようだな。楢原はもちろん、世界の権力者達が君を手に入れたいと思うわけだ」
「あら、私を手に入れようとしている理由も二百代前ってわけ?」
「ああ、君は沙南姫様と同じくらい価値ある女神様だったからね。その覚醒が近くなって来ている今、出来るだけ平和的に権力者達は事を進めたいらしい」
「だったらもっといい男が迫って来るなら私も考えるわよ? だけど龍ちゃん以上じゃないと相手にもしないけどね」
それは世界広しといえども滅多にいないのではないかと啓吾は思う。森あたりもそりゃ厳しいなと苦笑した。
「私もそう言われた記憶があるよ」
「そうでしょうね、あんたからは全く女に惚れられる要素が見当たらないもの」
夜叉はピクリと表情を歪めた。容赦ない紗枝の罵倒を笑って流せたらそれはそれで立派だろうが。
「……覚醒もしていない自然界の女神が私の前に跪ずかないとはな」
「私の敵に回ってるのに服従させられるわけがないでしょう?」
「ほざくなっ!!」
見えない力が紗枝に襲い掛かろうとしたが、啓吾が紗枝を抱えて横に飛び翔を反対側に重力で飛ばした。
「馬鹿野郎っ! あそこまで挑発すんな!」
「……した方がいいのよ」
「えっ?」
何言ってるんだと啓吾は紗枝の顔を覗き驚く。彼女の目の色が緑の光を放ち始めていたのだから……
「きっと怒りで夜叉王子は本来の姿を表す。そして三つ目の天が覚醒する……」
「お前何言って……!!」
紗枝はそっと啓吾に手を重ねる。
「天空王の記憶の封印が一つ解けてしまった。ならば彼を支えるためにも自らの意志で覚醒すべき。
沙南姫を守りたいと天空王が願ったように、西天空太子にもその思いはあるでしょう?」
そして事態は彼女の言葉通りに動き始める。
「許さんぞ……!! 今こそ貴様ら天空族を根絶やしにしてくれる!!!」
「なっ……!!」
夜叉の目がカッと見開くとその姿はみるみるうちに鬼の姿へと変わっていく。
「あっ……!!」
「柳さん、しっかりしてください!!」
「だ、ダメ……体が!!」
その姿を目にした途端、柳は立つ力を失った。紫月を抱きしめたまま、その禍々しいオーラにあてられる。
「ならば柳泉! 我が前に平伏すがいい!!」
「うわあっ!!」
「秀さん!!」
柳を庇い、秀は背中に裂傷を受けその場に崩れる!
「次は沙南姫!!」
「沙南ちゃん! 逃げろ!!」
「沙南お姉ちゃん!!」
「死ぬがいい!!」
その間わずか数瞬。翔の脳裏に二百代前のあの光景が流れる。沙南姫が刃に貫かれたあの光景が……!!
「うわあああああ!!!」
翔が叫んだ瞬間その場から爆風が生まれる!
場所はハワード科学研究所。
その日、自らの意志により西天空太子は覚醒した……
何だか龍さんが覚醒しかけたことで皆にいろんな影響が……
さすがは悪の総大将、その影響力も半端じゃないようです。
そして今回は紗枝さんの二百代前の正体が判明、どうやら自然界の女神様だったらしいです。
だけど性格とか態度とかあんまり変わってないらしく……
う〜ん、こんなにかっこいい女神様っていていいのか?
ですがそんな彼女の言葉通りついに翔が覚醒!
彼の力は風! そりゃもう荒れ狂うことでしょう!
せっかくの見せ場なんだから頑張ってよ、翔!