第百二十八話:記憶の断片
襲い掛かって来た人やロボット、そして最新科学兵器の残骸や建物の崩壊などに巻き込まれながら、ようやく啓吾は塔の傍までたどり着いた。
先程から紫月の意志がやけに弱くなって来ている。それに微かな焦りを感じながら啓吾は一気に浮き上がろうとした時、悪の総大将も駆け付けた。
「啓吾!」
「おお、さすが追い付くの早いな」
「巨大ロボが多くの兵器を潰してくれたんでね」
にしても早過ぎやしないか、と啓吾は心の中で思うが、龍の実力を知っているのであえてつっこまない。悪の総大将はいつでも無敵だ。
「だが、ちょうど良かった。一気に上がるぞ」
「すまない、頼むよ」
そして啓吾は重力をコントロールすると、その体はふわりと浮き上がり、そこから一気に加速して塔の最上階の窓ガラスを蹴破って二人は侵入した。
その派手な登場をした二人の顔見て夜叉は少し眉を顰るが、すぐに微笑を浮かべた。
「ようこそ天空王、そして啓星」
あんまり歓迎されたくない面だな、と啓吾は直感的にそう感じた。なんとなく胸の奥が妙に苛々する。
そして、窓ガラスが派手に割れた音を聞いて翔は意識を取り戻した。
「……兄…貴?」
「翔!」
「紫月!!」
二人は翔と紫月の元に駆け付ける。啓吾が紫月に対して心配そうな表情を向けるのは当たり前だが、珍しく龍は医者としての顔を翔に向けていた。
龍はシャツを脱いで深く斬られていた腕にそれを巻き付けて止血する。他にもいくつかの裂傷が見られたが、翔ならなんとかなるとの診断を下した。
そして紫月の方を見れば小さな傷がいくつか見られる。夜叉の攻撃からは完全に庇いきれなかったようだ。
「……わりっ、紫月が」
「ああ、分かってる。力を使い果たして気を失ってるがお前より軽傷だ」
「そっか……」
大怪我じゃなくて良かったと翔はホッとした。そして翔達に怪我を負わせたであろう人物と龍は対峙する。
「翔、あいつは何者だ? 俺はてっきりダニエル博士がいるかと思っていたが」
「そのダニエル博士だよ。今の姿は二百代前の夜叉王子だけど……」
「そうか。啓吾、一度翔と紫月ちゃんを連れてここから離れてくれ。こいつと一対一で話したい」
「待て、三男坊と紫月の二人掛かりでこの様なんだぞ。いくらお前でも!!」
それ以上言葉を発することを止められた。龍を取り巻く空気が逆らうことを良しとしなかったからだ。
「すまない啓吾、こいつからは全て聞き出さなければならない。いくら俺達が今だけを生きたいと願っても必ず二百代前の事情が絡んでくる。
だからこそ全てを知っておきたいんだ。これから先のために俺達がどうすればいいのか」
何よりもう、二百代前の出来事を切り離せないところにいるのだと龍はそう感じていた。
「……啓吾さん、あのテーブルの上の本、引き寄せてくれ」
翔に言われ、夜叉の傍らに置かれた本を引き寄せる。そしてそのタイトルに啓吾は驚く。
「天空記……!!」
「啓星、君はしっかりそれに目を通すことだ。君がこの現代への転生に巻き込んだのは妹達だけではなく、自然界の女神様もなんだから」
「啓吾、早く行け」
「分かった。三男坊、歩けるか?」
「ああ」
啓吾は紫月を抱えると、翔と自分の重力を操って割れた窓ガラスから飛び降りた。
それからその場は静かになり大将同士の会談が始まる。
「天空王、立ち話もなんだ、その椅子に掛けたまえ」
「悪いが敵に椅子を勧められてたやすく腰を下ろせるほどお前を信用してないんでね。これは破壊させてもらう」
拳で一撃椅子を殴って粉砕する。すると何かの回路がショートしたようでパチパチと火花が散った。やはり何かしらの罠が仕掛けられていたようだ。
「ほう、さすがというべきか。二百代前の記憶を全て消し去っているというのに、注意深さは変わっていないらしいな」
「この程度の罠に引っ掛かるなんてうちの三男坊ぐらいだ」
「そうだな。しかし、西天空太子は私に傷を付けたよ」
夜叉はシャツを捲り腕を見せる。かなり古い斬り傷だが、相当深く斬られたのだと分かる。
「この傷は二百代前に西天空太子によって付けられた傷だ」
「二百代前?」
「フフッ、さすがに混乱するだろうが事実だ。私はこの現代に転生したと同時に、この傷を持って生まれたということだよ」
「何だと!?」
常識では有り得ない。生まれながらに何かの障害を持って生まれた子供ならこの世の中ではいくらでもいる。
それに例は少ないだろうが、前世の記憶をもったまま生まれて来た者というのも、まだそういうこともあるのかと龍は納得している。
しかし、前世に付けられた傷をそのまま持って生まれてくる者など、どう考えてもホラ話としか思えない。
「柳泉がこの手に入った後、南天空太子が柳泉を私から奪い、そしてその援護に来た西天空太子に付けられたのがこの傷だ。
だが、奴は私に深手を負わせただけですぐに軍を引き上げた」
「命を取られなかっただけ戦場に立つものならマシだと思うべきだ。どれだけ優秀な医者でも、死んだ人間を生き返すことは出来ない」
そう龍が告げた途端、夜叉は苦笑し始めた。
「くっくっく……!! 天空王、やはり記憶のない君と話すのは実に面白いよ」
「だからわざわざお前の話を聞いている。何より勿体振られるのは好きではないんだ。
お前達が言う過去に俺の所為で天界が無に帰し、そして俺がお前達に怨まれなければならない理由をさっさと答えろ」
龍は低い声で尋ねると夜叉は笑い止み、そして今まで隠していたのであろう、恐ろしく冷たい視線を龍に向けた。
「天空王、お前達が天を支配していたように他の民族もそれぞれの役割があった。
その中で我々夜天族は夜の世界を、つまりお前達と対になる世界を支配していたのだ」
お伽話のような内容だが龍はそれを黙って聞く。
「だが、一人の姫がお前に恋い焦がれたことから我々の力のバランスは崩れ始めた。それが太陽の姫君、沙南姫だ」
龍の心の奥底で波が立ち始める。脳裏には一人の少女が何かを告げようとしているのを感じたが、それはすぐに消えた。
「天界において太陽、つまり光の存在は主上と並び称されるほどの存在だった。私達夜天族はおろか、他の民族も沙南姫を手中に収めようと争ったが惹かれ合うお前達を邪魔出来る者などいなかった」
「……それがなぜ怨まれる原因となる」
色恋の事情だけで過去の自分が他民族に迷惑をかけていたというなら、この現代でここまで面倒な事に巻き込まれる理由としてはあまりにも馬鹿馬鹿し過ぎる。
それにいくら沙南のためといっても、世界そのものを滅ぼしてまで彼女との愛に生きようとしたとは思えない。
だが弟達は「邪魔な奴なら無意識で排除してるじゃねぇか」とぐらい言うだろうが……
「……本当に思い出せないのか、天空王」
さらに冷たい視線が龍に向けられる。一際脳裏で少女が叫ぶ。ダメだと、聞いてはいけないと、そして……
「……なんでだ」
龍は低く呟く。鎖が一つ壊れる。
「どうして沙南姫が俺の前で刃に貫かれている!!」
龍の脳裏にはっきりとその映像が焼き付いた……
やっと翔と紫月ちゃんの元に長男組が到着!
夜叉にやられてボロボロの二人でしたが救出された模様。
うん、どんなに深い傷でも兄達が医者だから治してくれるぞ!
そして龍と夜叉の会談が始まります。
二百代前のことがつらつらと話されましたが、
どうやら太陽の姫君だったらしい沙南姫が深く関係しているみたいで。
だけど話していくうちに龍さんの様子に異変が!?
全く記憶になかった二百代前、彼の前で沙南姫が刃に貫かれている!?