第百二十六話:作戦の裏側
全ての作戦は秀の私情から成り立ったものである。
文明的な生活が奪われた日の夜、秀と紫月は情報収集に追われていたのだが、
「気に入りませんね」
「どうされたんですか、秀さん」
ダニエルの写真を見るなりやけに不機嫌そうな表情になる秀に紫月は尋ねた。
いつもより情報が掴めないことに彼ながら苛立ちを覚えているのかと思ったが、どうやらそれだけではなさそうだ。
「さっき翔君に逆行催眠を掛けたんですけど」
「本当に掛けたんですね……」
食事のときに翔が話してくれた「夜叉王子が柳泉を手に入れて翔達が助けに行った」という夢が気になったようで、秀は本気で翔に催眠術を施したようだ。
柳泉、というより柳に関することになると本当に何でもやるのはさすがというべきか……
まあ、啓吾でもやるのであまりどうこう言うつもりもないが。
「ええ、前回のミス・セディの件もありましたからね。何よりハワードの重要ポストにいるものは夜天族の末裔の可能性が高いようですし」
「ダニエル博士も夜天族の末裔だと?」
「はい、それに博士自体が夜叉王子ではないかとね」
それで機嫌が悪いのかと紫月は納得した。確かにダニエル博士の二百代前が夜叉王子となれば、柳泉を奪ったという時点で秀の逆鱗に触れるわけで……
前世との混同はしたくないといいながらも、どうも柳のことに関すると現代も二百代前も関係ないようである。
「ですが、例えそうだとしてもこのままでは情報戦はこちらの負けです。何か手を打たないと……」
「……紫月ちゃん、ダニエル博士の最新科学兵器の情報はありますか?」
「最新かは分かりませんが、いくつか兵器についての情報は掲載されてましたよ」
その資料を渡して秀はそれを目で追っていくと、一つの可能性を発見する。
「……知能指数が上がってますね」
「えっ?」
「銃火器を除く兵器なんですけど、造られる年を重ねるごとに異常な速度で賢くなってるんですよ。
それはもう天才に追い付こうとせんばかりにね」
「ですが科学を追求しているならそれも有り得ることでは」
「ええ、その通りです。ですがこれを見るかぎり、ダニエル博士はより優秀な頭脳を求めていることは分かりますよ。それも彼以上のIQ数値を持つ頭脳をね」
そして秀は笑みを浮かべる。完全に悪いことを考えている表情だ。
「紫月ちゃん、博士自身の情報が掴めないのならば博士の兵器にちょっかいを出してやりましょう。
この兵器のダメ出しを翔君の名を使ってメールで送ってください。自分が完璧だと思っている兵器の数々に文句を付けられたとなれば、必ず乗ってくるはずですからね」
「良いですが翔君の名前で、ですか?」
「はい、いくつかの兵器に人の頭脳をコピーするものがありましたからね。最新科学兵器がもしそのパターンだったら保険ぐらいかけておきたいんで」
そしてその思惑は見事にはまったのである……
塔の外で起こった最新科学兵器が爆発を起こして崩れ去っていく。紫月はここまで細工していたのかと心の中では呆気に取られたが、秀だからこそ出来る所業だと思い直す。
そして一番何がなんだか分かっていない少年は呆然として紫月の方を向いた。
「紫月、一体……」
「翔君が破壊したんですよ。まさか全部破壊できるとは思いませんでしたが」
「へっ?」
本当に訳が分からない。そして紫月は事の顛末を語り始めた。
「ダニエル博士、最新兵器の情報を秀さんに掴まれた時点で失敗でしたね」
「何だと……!!」
「まず、訂正しておきましょう。あなたのデータバンクに侵入したのは天宮秀、翔君の兄です」
ピクリとダニエルは片眉を吊り上げる。そりゃそうだよなとここまでは翔も納得出来るが。
「南天空太子が? そんな馬鹿なことがあるはずがないだろう? あの男は確かにハワードが欲しがる秀才だと聞いてはいるが、私には遥かに及ばない低脳だ。
それに私の生み出した情報網でも天宮秀より天宮翔が、より優れたIQ数値を弾き出していた。
そして仮に天宮秀が裏社会にネットワークを作り上げたとしても、世界中の情報を混乱させることなど出来はしないだろう?」
さすがにそれは秀でも無理だ。それが出来ていれば情報収集に手間などかからなかっただろう。しかし、だからこそ逆手にとったのだ。
「確かに秀さんといえども出来ないこともあります。ですがあなたに送ったメールにウイルスを添付し、翔君があなた以上に天才だと思わせるような情報を提供することなら可能です。
天宮兄弟に関する情報の中で、ただ秀さんと翔君の名を入れ替えるだけで良かったんですから」
「えっ、ウイルス?」
「あっ、それは龍さん達には内緒にしておいて下さいね。きっと心配されますから」
いや、心配とかそれ以前の問題の方がでかいのではないかと思ったが、突っ込んではいけない気がして問うことをやめる。
「そしてあなたが翔君に関心を持ってくれたことでこちらは確信を得ました。
あなたの最新科学兵器はより高いIQ数値を持つものを使い完成するものだと。ならばこちらは当然それを提供するわけにはいきません」
それを聞いて翔はようやく気付く。秀や紫月がやけに自分の名前を使ってダニエルにメールを送っていた理由を!
「おい、まさか俺の名前使ってメールを送り続けてたのって……」
「はい、翔君のIQ数値が低いことを利用したのではないかと……」
「あんのクソ兄貴!!!」
翔は怒り叫んだ! つまり翔が天才だとダニエルに勘違いさせておき、いざ最新科学兵器が稼動しても性能を発揮させないために翔を利用したということだ。
だが裏を返せば馬鹿にもしたということである。
おまけに秀のことだ、兵器のダメ出しについても相変わらずな厭味をたっぷり含んだメールを送ったのだろう。
おそらくその性で翔はダニエル博士が造り出した対翔用の兵器に苦労させられたかと思うと、あの黒い兄を殴り飛ばしてやりたくなる。
しかし、そうだとしても理解できないことがある。
「だがなぜに爆発まで……!!」
「あの兵器が外部のコンピュータでも制御出来るものとしか考えられません。
私は科学に関しての知識はあまりないのでよく分かりませんが、おそらく翔君の意志を受け付けることで爆破する何かを仕掛けたのではないかと」
「そんな馬鹿なことがあるか! あれは私が生み出した」
「兄貴はお前が造った兵器にダメ出ししたんだろ? だったら最新科学兵器っていう情報を掴んだ時点で何か弄ったんじゃねぇの?」
自分以上の天才、つまり自分に理解できない現象を作り上げることも可能ということ。
そんな現実を突き付けられ、ダニエルは数秒間打ちのめされたが、それが笑へと変わっていく。
「フフッ、二百代前も南天空太子に柳泉を奪われたが、現代でもこけにされたということか」
空気が淀んでいく感じがする。その異様な感覚に二人は一言も発さず臨戦体勢をとる。
「そして西天空太子、やはり貴様も必ず私の邪魔をする」
「えっ……!!」
「おい!!」
ダニエルは皮膚に爪を立てるとその皮をおもいっきり引きちぎる! だが、二人が見たのはダニエルの真の顔。
「あの顔夢で……!!」
黒目黒髪の青年。二百代前、確かに二人はこの青年との因縁があった。
名を夜叉。夜天族の王子の顔だった……
はい、今回の秀さんの作戦の黒さはご理解いただけたでしょうか?
簡単に説明すると、ダニエル博士の情報が掴めないからダニエルが造った兵器にダメ出しして接点を作り、
そのダメ出しメールにウイルスを添付しといて世界のどんな情報でも秀と翔の情報が逆になるようにしました。
(プロフィールとかはならないようにはしたのでしょうが)
そして翔が天才だと思わせといて、
翔を使って最新科学兵器を稼動させようとしたところでそれを爆破させるという感じです。
本当にこの策で翔君はひどい扱いを受けています……
秀さんに見事利用されてるなあと……
ですがさすがにキレたダニエル博士が、ついに二百代前の夜叉王子として二人の前に!
いよいよ物語が盛り上がってくるのか!?