第百二十五話:IQ数値
ダニエル・フランという男は何とも言えない雰囲気を纏う男だった。
科学者というなら眼鏡に白衣のようなイメージを少なからずとも翔は持っていたが、どちらかといえばこの目の前の青年はどこかの事業家といった方が頷ける容姿だ。
だが、宮岡や秀が情報戦で苦労したというほど今回の相手は一筋縄とはいかないらしい。
「あいつが黒幕か」
「ええ」
いつものような応酬を繰り広げている余裕はない。相手が椅子に腰掛けているとしても隙がないことを肌で感じていた。
するとダニエルはフッと微笑を浮かべて切り出す。
「相変わらず二百代経っても君達は二人で私に向かってくるな」
「なんだ? あんたも夢に捕われてるのか?」
「いや、夢ではなくこれだよ」
ダニエルは傍のテーブルに置いてあった一冊の分厚い本を立てると、二人は目を見開いた。
ずっと自分達を縛り付けている書のタイトル、そして自分達の二百代前の記録が記されているという天界最古の記録書……
「天空記……!!」
「おや、実物を見たのは初めてか?」
「ああ。兄貴達に見せたらしばらく書庫から出てこないだろうよ」
「そうか。君の兄は二百代の時を経ても相変わらず勤勉のようだ」
ダニエルは口元に手を当てクスクスと笑った。
そんなことまで天空記には書いてあるのかと少々疑問を持つが、あの二千ページぐらいありそうな分厚さなら、個人の列伝にまで話は及んでいそうである。
なんせ天界最古の歴史書であり、お伽話とも取られる内容だとは聞いていたのだから。
「さて、とりあえず二百代前の話は置いておこう。まずこちらからの要求は君達の力をハワードに預けてほしいのだがやはり拒否するかい?」
「分かっているのならわざわざ尋ねないで欲しいですね」
「ああ、そうだな。だがハワードにもいろいろあってね、一応形式的な質問をしないわけにはいかないんだよ」
「そのいろいろと言うのを聞きたいですね」
「話してもいいがまた過呼吸を起こすんじゃないかい?」
紫月は眉をひそめる。どうやら自分達の行動はある程度監視されていたのだろう。
「まあ、それでもいいと言うなら」
「良いわけねぇよ」
翔は紫月の前に出た。守ると決めたから、もうあんな表情を見たくないと思った少年の背中は少しだけ広く見える。
「紫月、情報なんてこいつをぶっ飛ばして兄貴達から拷問受ければ嫌でも吐くさ。だからまずはぶん殴る!」
翔は突っ込んで行き高く飛び上がって拳を繰り出すが、それを座ったまま片手で簡単に止められた。
「えっ、翔君!?」
「従者を守るのもやっぱり変わってない。しかし……!!」
ダニエルはあいた手で懐からナイフを取り出すと軽く翔を切り付けた!
「うわっ……!!」
「翔君!!」
なんと、全く傷など付かないはずの肌に数ヶ所の浅い切り傷が付く!
「西天空太子に覚醒もしていない君じゃまず私に勝てはしない」
「くそっ……!! 何で……!!」
切られた腕を押さえて翔はダニエルを睨み付ける。
「随分不思議そうだな。今まで血を流したことなんてなかったのかい?」
「一般人に傷を付けられたことなんてなかったんだよ」
「そうかい、だが簡単なことなんだよ。君達の肌に傷を付けられる力を持つ者なら可能というだけの話だ」
「翔君!!」
紫月は力を解放し翔の前に立つと、見えない空気の刃を風で弾き飛ばした!
後ろの壁には見事な切断の痕が刻み込まれる。
「なるほど、従者はある程度の力を解放できるのか」
「紫月!」
「大丈夫です。翔君は動かないで下さい」
白銀に輝く目を翔に向けたあと、紫月は緊張を緩めずダニエルと対峙した。翔の攻撃を簡単に止めてしまえる相手なら、とてもじゃないが勝機は低い。
気配で兄達が近付いて来るのを感じてはいる。それまでの時間に自分達が出来ることをやるべきだ。
「ふむ、従者もすぐに技の性質を見抜くとはいい頭脳を持ってるようだ。君達二人は実に面白い研究材料になるな」
「んだと!?」
翔が再び攻撃を仕掛けようとしたが紫月はそれを制した。そして紫月は一息ついて話始める。
「……ダニエル博士、あなたの最高傑作の実験に天宮翔を使うつもりですね」
「そうだ。その情報は僕をマークしていた新聞記者から洩れたのかい?」
「ええ、隠すつもりもなさそうだとの意見でしたが」
「ハハハ……そうだな、なんせ僕以上に優秀な頭脳を持つものなら有り難いからね」
一体何のことだと翔は全く話が見えなかったが、紫月が視線で何も話すなと告げる。
「天宮翔、君が私のデータバンクに侵入し多くの情報を盗み出す頭脳の持ち主だとは普段の言動からは気付かなかった。
しかし、君がそれを隠していたことがよく分かったよ。まさかあの裏社会でとんでもないネットワークを作り上げていた張本人だったとはね」
「お前何言って……」
「……翔君、一体何をしたんですか?」
有り得ないぐらい冷たい表情を紫月は浮かべて翔を見下ろす。しかし、翔には本当に何がなんだかさっぱりわからない。
「いや、紫月何がなんだか」
「言い訳無用! 裏との関わりを持っていたなんて……私をずっと騙していたんですね!」
「だから紫月!」
その瞬間、紫月と翔の間にダニエルが入る。全く目で追うことが出来なかった!
「天宮翔、従者に隠し事をするのも今日でおしまいだ」
「うわあ!!」
首を掴まれ、おもいっきり体を壁に叩き付けられると、手首に何やら鉄の装置をはめられた。見た目は太い手枷というところだが、赤い点滅を見る限り時限装置にも思われる。
そして翔は兄以外の男の目に初めてゾクリとした。殺気と嫉妬が混ざったような目。恐怖感があるわけではないが、背筋に何かが伝う感じがする。
「IQ数値が私以上に高いものがこの現代に存在するとは思わなかった。それも二百代前、私に傷を負わせた小僧だともな……」
「くっ……!! は……なせ!!」
翔は必死にダニエルの腕をはずそうとするが、その力に敵わない。まるで高原を相手にしたときと同じだ。
そして紫月を見れば地面にふさぎ込み立ち上がろうともしない。
「小僧、篠塚家にとってこの世界の裏社会とは憎むべきものだ。それに関わってるお前を助ける気力など起こるはずもない」
「くっ……!!」
首の骨がへし折られるのではないかというぐらいさらに力は強まる。そして赤い点滅はついに青いランプへと切り替わって止まった。
「さあ、現代科学の最新兵器を稼動させて貰おう」
「うわああああ!!!」
体中に強力な電気が走り抜ける! 塔自体が揺れ始めたかと思うと外には数体の巨大武装ロボットが起動した。
「ハッハッハッハッ……!! これぞ最新科学兵器!! 最高の頭脳を手に入れ、おまけに戦闘能力まで高い!!」
「かかりましたね、ダニエル博士」
「なっ!!」
風の力を最高クラスにまで上げた蹴りを紫月はダニエルの後頭部に決めて吹き飛ばす!!
「くっ!!」
翔は手首にはめられた手枷を粉砕すると同時に、最新科学兵器のロボット全てが各部から爆発を起こし崩れ去っていく!
「何だと……!!」
「ダニエル博士、あなたより本当にIQ数値が高い者からの伝言があります」
紫月は微笑を浮かべる。
「うちの三男坊みたいに油断してると痛い目に遭いますよ。二百代前と同じようにね」
翔はそれを聞いた瞬間、本当に最悪な兄だと改めて思うのだった……
さて、ダニエル博士強い!
なんせ天下無敵の翔君に傷を負わせたんですから!
そんな敵が出て来るなんて翔も紫月も思ってはいなかったのでしょう。
そして翔が本気でまずくなりましたが一気に形勢逆転!
最新科学兵器ロボットは稼動せずに爆破、おまけに紫月ちゃんからとんでもない伝言が!!
そうです、やはりあの次男です!
あの腹黒い次男が何も考えてないわけがありません!
次回その策略の全貌が明らかに!!