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天空記  作者: 緒俐
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第百二十二話:ありがとう

 ロバートが紫月の心をえぐる。出来ることならこのまま翔にはバレずに過ごしたかった。しかし、目の前にいる男は心の奥底に閉じ込めていた悪夢を思い起こさせる……


「ハッハッハ!! やはり所詮は小娘!! 兄のように平静でいられるわけにはいかないか!!」

「テメェ!! うわっ!!」


 ロバートに殴り掛かろうとしたが鉄格子の電圧に弾き飛ばされる。


「その檻は電圧が流れているといっただろう? 学習能力のない」

「うるせぇ!! 一体テメェは何なんだよ!!」

「解剖医さ。それともその小娘が実験体としてアメリカの研究所にいた頃の話でも聞くかい?」

「な、なんだと……!?」


 実験体という言葉にピクリと翔は反応する。今までそんなことを聞いたことすらなかったからだ。


「その様子だと兄からは聞かされてないようだな。篠塚四兄妹は私達の組織に捕獲されていたのだよ。二年間程だかね。

 そしてその二年の間、彼等は人類としては医学でも科学分野においても実に面白いデータを提供してくれた。

 だがやはり力の暴走とは恐ろしいものだ。当時十四歳だった篠塚啓吾は研究所を大破、多くの死傷者を出した」

「……!! しょ……!!」


 紫月は翔の手を握った。そして翔は振り返ればそこには初めてみる少女の表情がある。


 いつものようなクールで仕方ないといった呆れ顔でも、好戦的な笑みでも、時々しか見れない少し照れたような表情でもない。翔に向けられたのは何かに怯えて泣く少女の顔だ……


 トクリと心臓が波打つ……


「しかし!!」

「うわああああ!!!」


 翔は叫んで素手で鉄格子を握る! バチバチと辺りは電光に照らされる。


「バカなことを!」

「うるせぇ!! すぐに殴り飛ばしてやる!!」

「ハッハッハ……!! その檻はダニエル博士が君達天宮家のデータをもとに作ったものだ!! 壊せるはずなど……!!」


 その瞬間ありえるはずのない光景が目の前で起こる。鉄格子がグニャリと曲がり、そしてついには破壊される!!


「だあっ!!」


 豪快な叫びと共に翔は檻から飛び出すなりロバートをおもいっきり殴り付けた!!


「オラッ!!」

「グオッ!!」


 ロバートの右頬に強烈な一撃が入りその体は壁に穴を開けるほどぶっ飛ばされた!


「紫月!! 逃げるぞ!!」


 すぐに紫月を抱えてドアを蹴破り、施設内を走り回る!


「どけぇ〜〜!!」

「うわあああ!!!」


 電圧によって大きなダメージを受けていても翔は次々と襲い掛かってくる者達を容赦なく蹴り飛ばす!

 こんな場所からは一刻も早く紫月を解放したかった。あんな顔なんてもうさせたくはなかったから。


 だが追っ手の数が減ったところで翔の服をぐっと掴んできたことに気付く。


「はあはあ……」

「紫月、大丈夫……!」


 天宮の血が騒ぐ。過度の呼吸数、そして先程の状況……

 翔は近くの部屋に潜り込んで紫月をそっと壁に寄り掛からせて片っ端から引き出しを開けていく。


「袋! なんか袋!!」


 そして小さな袋を発見する。本来なら紙袋の方が良いのだろうが、ビニール袋を紫月の口に当てた。

 そして遠い過去、龍が教えてくれたことを思い出す……



「沙南ちゃん、何見てんの?」


 まだ幼稚園児だった翔はリビングのソファーに腰掛けて熱心に本を読む沙南に尋ねる。


「応急処置の本よ。私は将来お医者さんになるんだもん!」

「龍兄貴のお嫁さんじゃなくて?」

「両方なるの! だってお医者さんの奥様はなかなか旦那様と会えなくて寂しいんだもん! でも病院にいっしょにいればいつでも会えるでしょう?」


 とても小学二年生の女の子がいう言葉ではない。そこにちょうど龍が中学から帰って来た。


「兄貴おかえり!」

「おかえりなさい龍さん!」

「ただいま」


 中一にして身長が百七十センチに届いていた龍は迎えてくれる弟と沙南に笑顔を向ける。それからじっと見つめてくる沙南にどうしたのかと尋ねれば、


「龍さん、お風呂になさる? お食事になさる? それとも私?」


 首を傾げて言う沙南に龍は固まった。


「……沙南ちゃん、誰の入れ知恵かな?」

「森さん! 龍さんにこう言ったらお嫁さんにしてくれるって!」


 無邪気に答える沙南に「小学生に何教えてるんだ!」と、この頃からすでに保護者だった龍は同じ中学の森を後から絞めてやると心から思った。


 しかしそれを表情に出さないのはさすがと言うべきか……


「えっと、それはお嫁さんになったら言う言葉だからね。それより応急処置の本なんて引っ張り出してどうしたのかな?」


 とにかく話をそらせようと龍は沙南が読んでいた本に話題を切り替える。


「あのね、過呼吸の処置の勉強してたの」

「ああ、なるほどね。翔、お前も覚えろ」

「ええ〜!! 俺は医者にならねぇよ? 正義の味方になるんだ!」


 まさかこの当時、高一にしてテロリストになるなんて誰しもが思ってなかったが……


「だったらなおさらだ。正義の味方なら応急処置ぐらい身につけておいても損はない。いいか、過呼吸に陥った人にはこいつを使う」


 龍は鞄の中からクッキーが入った紙袋を取り出した。明らかに女子生徒からの贈り物だろうが、講義中の龍にそのことを突っ込むのはやめておく。


「そしてこれを過呼吸を起こしてる人の口にあてるだけだ」

「えっ? それだけ?」

「そうだ。もちろん処置する人間が騒がないこと、相手を落ち着かせることが大切だけどな」

「ふ〜ん、だったら俺も出来るかな?」

「翔君が一番下手くそでしょうね。普段から騒いでばかりですし」


 宿題を済ませてリビングに入って来た秀は、小学三年生にしてすでにその美しさで周囲を騒がすほどの容姿だった。

 だが、この時すでに天宮家の皮肉担当だった気もするが……


「秀兄貴! 俺だってそれぐらい出来るぞ!」

「嘘おっしゃい。純君をしょっちゅう泣かせているじゃないですか。

 子守もろくに出来ないほど落ち着きがないのに応急処置が簡単にいくはずがないでしょう?」

「そんなことないやい! 俺は助けるんだ!」

「だったらちゃんと覚えてなさいね、患者の前では何があっても落ち着くと」

「そうそう、それとな翔……」


 龍はニッコリ笑って告げた。



「紫月、ゆっくり吸え……ゆっくり吐け……大丈夫だ……」


 いつになく落ち着いた声が室内に響く。龍が教えた通りに翔は処置を施す。


「大丈夫だ……大丈夫だからな……」


 何度も何度もそれを繰り返す。カチカチと時計の音が響く静かな室内でただ紫月が落ち着いてくれることを待つ。


 龍の言葉が頭に響く。「大丈夫だと心からお前が告げればきっと伝わるさ、だからその時は誰よりも大きな存在でいろ」と。


 それから数分が過ぎて早かった呼吸は落ち着いていく。少し頭がくらくらするが、自分を守ろうとしてくれる腕にホッとする。


「翔……君……」

「おう」


 紫月は袋を当ててくれていた腕をすっと下ろさせて、そのまま腕を掴んでいた。そして言葉は紡がれる。


「……ごめんなさい!」


 まっすぐ涙は流れてくる。まだ小さな震えはおさまりそうにはない。冷静に考える自分はもういるのだけれど、心は自分ではないほど正直だ。


「……ごめんなさい!!」


 足手まといだ。翔は自分の性で無茶までしてるのに、今の自分は怪我もしてないのに立ち上がる力もない。


「紫月違うだろ?」


 ふわりと紫月は温かい腕に包まれる。


「助けてもらったらありがとうっていうのが礼儀だろ?」


 そういってニッと笑みを浮かべるのが翔だ。


「ほら、ちゃんと言わねぇと龍兄貴から礼儀とはって長ったらしい講義されちまうぞ? 医者の癖してそういうところまで堅物でさ」


 全くなぁとぼやく翔の気遣いが有り難い。翔のこういうところが好きだと思う、だから一緒にいたいと思うのだと……


「翔君……」

「おう」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして!」


 満足な笑みを翔が浮かべた途端、二人のいた室内に追撃者達が入って来た!


「見つけたぞ小僧ども!」

「やべっ!! 行くぞ紫月!!」

「ちょっと! 翔君!?」


 紫月を抱えて翔は宙を飛び相手を蹴り倒す。


「どけどけ〜!! 天宮翔の御通りだぁ!!」


 場所はハワード科学研究所、大乱闘がまた始まる……




はい、今回ちょっと篠塚家の過去が明らかに!


十二年前に篠塚兄弟はアメリカのとある研究所に捕獲され、その二年後に啓吾兄さんの力の暴走によってその研究所は大破したとのこと。


ロバートはこのことをハワード国際ホテルで龍達と会ったときに話しています。

つまりこの件は龍と紗枝さんは知っていますが、他の皆さんは知りません。


「秀に知らせるな」と啓吾兄さんが第二章の終わりに告げているのは触れてほしくない過去だからこそ。

紫月ちゃんでさえ辛い記憶なのに、さらに記憶がはっきりしている柳ちゃんにとってはそれはもう消し去りたい過去です。


またいずれこの話には触れていくことになります。


さあ、翔と紫月ちゃんが運ばれていたのはなんとハワード科学研究所!

そんな要塞で次は何が起こるのか!?




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