第百二十話:主
檜山はすぐにエレベーターに乗り込んだ。ドーベルマンが倒され、翔と紫月が別の場所に移動させられたのだという。
しかも次に移動させられた場所も告げず、ロバートもこの研究所から姿を消したということは解剖は彼一人が行うということ。
「好き勝手にはやらせんぞ……!!」
檜山は部下を従えて外に出た瞬間、テロリスト一行に鉢合わせたのである。
「お前達は……!!」
「おやおや、こんなところで兄さん達の医師免許を剥奪しようとした黒幕の登場ですか」
「なっ! なんで貴様らが!!」
「弟を助けに来たんだが入れ違ったようだ。だが、ちょうどいい。お前からもいろいろ聞きたいことがある。大人しく話してもらおうか」
「生意気な!! お前程度の医者など!!」
その瞬間、檜山の周りにいた部下達が数秒でぶっ飛ばされ、啓吾と秀が非常に黒い笑みを浮かべて檜山を取り押さえた。
「おいおい、誰に向かって口きいてるんだ?」
「全くですね。兄さんが話せと言ってるんですから、あなたは大人しく話せばいいんですよ」
「ひっ……!!」
檜山の顔が引き攣る。それを見た一行は、気の毒というのはこういうことをいうんだろうな……、と心の底から思った。啓吾と秀の最悪タッグに敵う精神の持ち主などそういるものではない。
だが、やはりどこかおかしな方向に会話が行ってしまうのがこの一行の特徴である。
「なんだか秀兄さん達、水戸黄門の助さんと格さんみたいだね」
「うん! じゃあ、龍お兄ちゃんは御老公様?」
「ん? だけど俺達テロリストなんだろ? 正義の味方ってわけじゃないよな?」
「でも、龍ちゃんの御老公様って結構はまり役よね?」
末っ子組と菅原兄妹の会話に龍は一つ咳ばらいする。悪の総大将やら御老公やら、これ以上妙な称号を付けられてはたまったもんじゃない。
それより、まずは秀達が取り押さえている檜山に尋問するのが先だと、龍は一行に促した。
「皆、すまないがちょっと席を外していてくれるかい? こいつは解剖マニアなんでね、あまり話は聞かせたくないんだ」
「龍ちゃん、私は」
「お前はダメだ」
「どうして?」
いつもなら一緒に話を聞く立場になっていた紗枝を啓吾は止めた。
「まだ苛立ってる奴にこいつの話なんか聞かせたら、お前は間違いなく撃ち殺すだろ? そうさせないためにもお前は聞くな」
「そんなこと……!!」
「紗枝ちゃん、後から全て話すから。それにこいつは俺が片付けるから譲ってくれないかい?」
龍は笑った。そうやって笑われると紗枝が何も言えないことをきっと分かっているのだろう。本当に敵わないな、と思いながら紗枝は仕方ないと了承した。
「分かったわ。だけど、どうせならワインのおいしい店で聞きたいわね」
「了解、連れてくよ」
「龍、俺も」
「啓吾は自腹切れよ」
間髪入れずに龍は答える。悪の総大将とはいえども、湯水のように資金が湧いてくるわけではないのだから……
「秀、お前はすぐに情報を手に入れて」
「大丈夫ですよ、兄さん。紫月ちゃんがばっちり手に入れてくれたみたいですからね」
秀はニッコリ笑って宮岡に視線を向けると、宮岡も満足そうな笑みを浮かべた。
「ああ、これだけあれば充分だ。龍、さっさとそいつを締め上げて翔君達を追うぞ」
紫月が連れ去られる直前に投げてくれたピンに、ダニエルの研究データはもちろん、世界の権力者達の情報までが入っていた。
さすがは紫月というところか、よく調べあげている。
「分かった。じゃあ皆、十分だけ待っててくれ。俺も久しぶりに本気で尋問してやる。余計なことを答える時間も与えはしない」
「なっ……!!」
龍の後ろ姿を見ただけで全員が声の届かない場所まで避難した。それは一緒に尋問に加わるはずだった秀や啓吾もである。
「啓吾さん、聞かなくていいんですか!?」
「そういう次男坊こそどうなんだよ!」
「僕は宮岡さんを手伝うからいいんです! それにあんな殺気立った兄さんの傍なんかにいたら、いくら檜山でも同情しますよ!」
「分かってるなら言わせるな! 俺達の悪の総大将は人類どころか天界最強なんだからな!」
随分な言われようだが、誰も否定できないのが龍の恐ろしさである。
そして、有り得ないほどの殺気を放った龍はやれやれと思いながらも檜山を見下ろした。その目に射抜かれ、檜山はさらに震え上がりその表情は真っ青になった。
「さて、では答えてもらおうか。まず十年前、紗枝ちゃんの父親を狙ったために、俺の父親と紗枝ちゃんの実母が亡くなった事件のことは覚えてるな」
コクコクと檜山は首を縦に振る。否定をしようものなら今すぐにでも殺すと言わんばかりの声に、檜山の目には涙まで浮かんできた。
しかし、こういう時は甘くない龍はさらに追い打ちを掛けていくかのように低い声で問う。
「その件に黒澤、所木、楢原、そしてお前が絡んでると聞いた。この事件はお前達の私利私欲のためにやったのか? それとも世界一の権力者達からの命令で動いたのか?」
叩き付ける殺気は容赦ない。虚言などを発しても無意味だと思い知らされる威圧感に、檜山は恐怖のあまり狂ったかのように事実を吐き出した!
「全ては菅原の血筋が十年前の事件の原因じゃ……!!」
「血筋?」
一体どういうこと何だと龍は話が見えなかったが、彼はとんでもない情報を叫んだ!
「そうじゃ!! 天空記などというものに権力者どもが縛られているから我々はあの男を狙うように命じられた!! だが、結局は娘が!!」
次の瞬間! 突如、ハワード医学研究所は大爆発を起こし檜山は瓦礫の下敷きになる!
龍には大したダメージはなく、すぐにそこから抜け出したが、瓦礫の隙間から飛び出ている檜山の手を発見して龍は彼の名を叫んだ!
「檜山!!」
話はまだ終わってはいない! 今、檜山は「天空記」と言った。それが答えというならば聞かなければならない!
しかし、さらに爆発が起こり檜山は完全に瓦礫の下に埋もれる。まだ間に合うかと龍は駆け寄るが、それを邪魔するかのように次々とコンクリートの残骸が降って来る! これでは近付くことも出来ない!
「くそっ!!」
「龍!!」
龍の上に巨大な瓦礫が降ってきたところを啓吾が重力で体を引き寄せる。
「啓吾!」
「話は後だ! さっさとこの場所からはなれるぞ!!」
一行は爆発のおさまらないハワード医学研究所をあとにした。
そして、その様子をまた一人の女が彼女の主と共に見ている……
「やり過ぎではありませんか……」
花びらを纏った和装姿の美女、桜姫は背を向けている彼女の主に告げた。しかし、主は口元に笑みを浮かべて答える。
「あのような小物がいくら消えようと構わぬ。それにまだ天空王としての記憶もない者に、真実のかけらを伝えても仕方ないだろう?」
「ですが、夜叉王子の口から沙南姫が天空王の性で亡くなられたと告げられていらっしゃたようでしたが……」
けっして桜姫は表情を崩すことはない。しかし、彼女の若干の変化に主は気付いていた。
「そうか、夜天族の末裔らしい……。だが、所詮夜天族は色恋沙汰の怨みと天空王が天界を一度無に帰したことに対する報復をこの現代で行っているに過ぎない。
だが、我々はその程度の因縁とはいかないだろう?」
主は桜姫の方を向くなり彼女に歩み寄る。
「桜姫、今回の結末次第で天はまた大きく変わる。お前はその時どうする?」
「……全ては天が目覚めた時に」
「フフッ、お前らしい答えだ。だが、二百代の時を一番待ち焦がれていたお前がまた散らぬ事を私も願おう」
主がその場からふわりと消える。そして、桜姫は少しだけ表情を崩したあと、花びらを残してその場から消え去った……
龍達テロリスト御一行様は相変わらずな御様子です。
末っ子組が「水戸黄門みた〜い!」と言ってしまうほど、秀と啓吾兄さんは龍を立てています(笑)
だけど龍の御老公様ぶりはとても温和ではありません(笑)
殺気は叩き付けるわ、威圧するわ、本気で尋問すると言ったら助さんと格さんが逃げ出しますから(笑)
だけどそこで檜山を尋問してるとまたもや「天空記」の存在が!?
しかも何か紗枝さんにあるみたいな事を言い残して瓦礫の下敷きに……
そして出て来た桜姫と彼女の主。
何かを意図するような短い会話をして消えていきましたが……
さあ、一体どんな展開が訪れるのでしょうか!!