第百十九話:翔は翔
それは翔が中学一年の頃の話だ。二人の兄は相変わらず優秀で、なんで自分はこんなに……、とちょうど翔は反抗期を迎えていた。
そんな翔を秀や沙南は、面白いからやらせておきましょう、とか翔君も年頃だからね、と相変わらず楽しんでいたが、久々に帰国した龍は翔の反抗期に案外ショックを受けたらしい。
一時期、育て方を間違えたかな……、とまで悩ませたことは翔は知らない。
しかし、何も解決できないままアメリカに戻ることが出来るはずもない龍は、根競べで翔に勝ち、翔に反抗の理由を聞き出した。
「……だってさ、皆が兄貴達ばっかりすげぇって、俺は同じ兄弟なのに全くダメだってさ……」
「それで反抗してたのか?」
「面白くない! 兄貴達と比べるなってんだ!」
ずっと抱えてきたものが爆発して涙ながらに言う翔の頭に、龍はポンと手を置いて撫でてやる。きっと言葉にはしないが、それ以上のことも翔は言われて来たのだろう。
「確かに面白くはなさそうだよな」
「兄貴には俺の気持ちなんか!」
「ああ、いくら心理学をかじっても多分、一生お前の気持ちをすべて言葉には出来ないね。情けない医者だろう、俺は」
「そんなことねぇよ!!」
「なんだ? 俺のことを慰める必要なんてないぞ? 医者のくせして弟の気持ち一つ論理的に説明出来ないんだしな」
「でも……!!」
必死で否定しようとしてくれる翔に、龍は穏やかな表情を浮かべた。
「翔、お前は確かに俺達に劣るところはあるさ。今はそれを認めろ。だが、それはけっしてお前がダメだということじゃない」
「えっ?」
翔はどういうことだという表情を浮かべる。
「翔、お前は多分誰よりもでかくなる才能を持ってる。なんせ兄弟の中で一番破天荒な癖に優しいからな」
「……それって褒めてるのか?」
「褒めてるさ。お前は一番俺に似てるんだしな、それをけなしてどうする」
「それだったら秀兄貴の方が似てるんじゃ……」
「いや、あいつは俺以上に頭の回転が速いからな。俺とは違った意味ででかくなるさ。多分純もな」
苦笑いを浮かべてしまうのは、この頃すでに秀が裏社会に浸っていてどんどん黒くなって来たからだが……
「だからお前はゆっくりデカくなれ。誰かに比べられてもお前はお前だと胸を張ってろ。何よりお前が反抗ばかり続けても、沙南ちゃんには一生勝てる気がしないだろう?」
「そうだよな……兄貴達でも勝てないもんな……」
既にこの時期には、沙南も天宮兄弟全員掛かりでも勝てない存在と化していた。
もちろん、龍に至っては彼女が生まれたときから頭が上がらない立場だった気もするが……
翔は俯いてしばらく考え込むと、そのままポツリと龍に告げた。
「兄貴……」
「ん?」
「……ゴメン」
「ああ」
その翌日、龍は心置きなくアメリカに戻っていったわけだが……、その半年後に龍が帰国したとき、翔は反抗はしないもののすっかり翔らしく育っていたため、また別の意味で龍は悩むことになる……
心のままに育ってしまった自分に似た弟の躾についてだ……
ふわりと翔の空気が変わった。ドーベルマンと静かに対峙する。それだけでも普段の翔らしくない。だが、まるで龍のような視線で真っすぐドーベルマンを射抜き、少しずつプレッシャーを掛けていく。
「掛かってくるな、そのまま大人しくしておけば見逃してやる」
翔は静かに告げて一歩だけ前に出る。何となく感じる威圧感、確かに龍には及ばないがやはり兄弟、どこか似ている。
「そうだ、そのまま縛られておけ。動くな、動けば一撃で終わらせる」
さらに一歩翔は前に詰め寄る。しかし、ドーベルマンは好都合と襲い掛かって来た次の瞬間! 翔は目を見開き叫んだ!
「動くな!!」
「えっ!?」
ガクンと紫月は膝を折りドーベルマンはビクリと体を震わせると、翔の拳が顔面に入って薬品のガラスケースまでぶっ飛ばされる。
けっして渾身の一撃ではない。しかし、それは今まで以上動きを鈍らせる。
「……よし、そのまま大人しくしてろ」
再度告げて近寄れば、ドーベルマンは本能が告げるのかガタガタと震え出す。意識を手放したいのだろうがそれが出来ないのは、まだ目の前の少年が兄ほどの威圧感を発することが出来ないから。
最悪の龍と言ってたのはこういうことか、と紫月は思う。すると翔は大人しくなったドーベルマンの首筋に触れると、
「寝てろ」
ガツンと一撃を叩き込んでようやく気絶させた。何となくバツが悪そうな表情を浮かべているのは、やはり自分の未熟さを感じてしまうからで。
そんな翔を見て、紫月は一つ溜息をつきながらいつもの調子で告げた。
「……翔君、出来たんですね、龍さんの真似」
「う〜ん、だけどやっぱり兄貴みたいにはいかないよな。兄貴だったら最初に動くなって言った時点で泡ふかせてるし、殴る必要なんてないだろうし」
紫月に手を差し出して立たせてやりながら翔は反省する。しかし、紫月はそんな必要はないと首を横に振って告げた。
「いいんじゃないですか? 翔君は翔君なんですし。なにより、いつもそんな戦い方してたら龍さんに失礼です」
「おい……」
「だから、突撃隊長は突撃隊長らしい方が良いということですよ。確かに翔君が龍さんみたいになってくれれば私の苦労も減りますが、翔君らしさが無くなるのも寂しいものですよ?」
「紫月……」
「特にこれからの策においては」
「そっちかよ!」
少し嬉しくなったのにやっぱり紫月は紫月らしい言葉しか掛けてくれない。まあ、彼女にそれ以上を望むのも無理かもしれないが。
「とりあえず、パソコンも壊れた以上ここにいても無意味です。さっさと脱出しますよ」
「それは困るよ」
喧騒が治まるのを待っていたのか、ロバートは幾人もの部下を従えてやって来た。その登場に翔も紫月も関わりたくないと同時に思う。
ただ、相手は相変わらず卑猥な笑みを浮かべて、その顔は解剖の欲望に満ちているのだけれど。
「君達がこの研究所で、暴れるだけ暴れた損害分を返してもらわなければならないからね」
「そういうのは俺達の保護者に言ってくれよ。それにどっちかといえば、俺達に対する迷惑料の方をいただきたいとこだけどな」
全くだ、と紫月も頷く。それにもともとこちらは拉致されてここに来ているのだから、損害も何もなくさっさと解放して欲しいものだ。
そんな威勢のいい高校生組にロバートは苦笑し、さらに卑猥な表情をこちらに向けて来た。それにはさすがの二人も嫌悪感は隠せなくなる。
「そうかい。ならば強制的に押さえ付けるしかないようだね」
「やれるものなら」
「やらせてもらおう」
ロバートがカチッとポケットから取り出した装置のボタンを押した途端、スプリンクラが突然神経ガスに変わる!
「うっ!」
「二度もやられてたまるかよ!」
翔は紫月を抱え、窓を蹴破って飛び出したその直後、
「くらえっ!!」
「うわっ!!」
外にもすでに待ち構えていたようで、さらに神経ガスを浴びせられる。そして、足元にはネットが張り巡らされており、二人は再度上空に吊り上げられる!
「くそっ……!!」
ヘリを落としてやりたいが力が入らない。いや、落とすにしても下は医学研究所だ。爆発の危険性を考えるとやるわけにはいかない。その時だ!
「翔!!」
「紫月!!」
自分達を呼ぶ声がする。ちょうど龍達がハワード医学研究所に到着しのだ!
その声にギリギリ意識を保っていた紫月は秀を視界に捉え、髪からピンをはずしてネットの穴にそれを通した。
「秀さん……!」
紫月は何とか風の力を使ってピンを秀の手元まで飛ばした。
二人は再び夜空を飛ばなくてはいけなくなった……
翔が龍のような戦い方が出来たのかあと作者も驚いていますが……
まあ、兄弟で一番似てるのは龍と翔だったりします。
なので、翔なりになんだかんだで尊敬している龍の戦い方も少しは真似たいという思いがあったのか、今回は少し翔らしくない戦いではありましたが……
だけど紫月ちゃんの言う通り、「翔は翔のままでいい」と言われたのは嬉しかったりもしています。
昔は比較とかされて反抗期があったらしいので(笑)
そして、龍達がせっかく助けに来たのにまた移動。
本当に手のかかる三男坊の冒険はまだ続くのであります(笑)