第百十八話:ドーベルマン
海岸に不良集団が伸びきっている……
数では圧倒的に不良集団の方が有利であったが、たった六人のキレた大人達が暴れた結果、誰一人として起き上がってくるものはいなかった。
「あ〜すっきりしたわ!」
人の命は奪ってないものの発砲、及び誰の援護がなくとも不良達を叩きのめしてしまった紗枝は、それは爽快と非常に満足そうな笑みを浮かべた。
その暴れっぷりに啓吾は自分のことは棚にあげてつっこむ。
「紗枝、お前やりすぎだろ」
「誰の性でストレス溜まってると思ってるのかしら?」
「うっ……!!」
ニッコリ笑ってはいるものの、まだ啓吾に対しての機嫌は直っていないらしい。紗枝は青筋を立てて不良達が乗っていた車に乗り込んだ。
その様子を見ていた秀は、何となく紗枝らしくないので啓吾に尋ねる。
「啓吾さん、紗枝さんに何かしたんですか? やけに荒れてた気がしますが……」
「ああ、半分以上俺の性だな。だが、あまりつっこむなよ? 男は女の涙と怒りには死んでも勝てない生き物だからな」
それだけで何となく秀は察する。紗枝は秀が生まれたときから姉だったのだから。
「そうですね、特に紗枝さんの場合は大変そうですからね」
「全くだ。お前が紗枝の恋人役をやれなんて案を出してくれたおかげで、俺が守らなければならないものが一人増やされたんだからな」
「すみません、僕達にとって紗枝さんは姉なんでどうしても守りたいんですよ」
盾に出来るのなんて啓吾さんぐらいだ、と付け加えると、面倒は嫌いなのに……、と啓吾は肩を竦めて返した。
しかし、全てを守ろうとする龍の負担を減らしたいのも、紗枝を守りたいと思うのも数少ない二人の共通点でもある。
「次男坊、出来るだけ早く紗枝を利用しようとしている奴らを調べとけよ? じゃねぇと、俺がしばらく自由に他の女に手を出せなくなる」
「それもそうですね。啓吾さんが一生独身なのは構いませんが、僕と柳さんの邪魔をされるのは願下げですし」
「心配するな、その前にお前には柳はやらん!」
「見苦しいですよ啓吾さん。柳さんは二百代前から僕のものなんですから、いい加減に諦めたらいかがです?」
また柳を巡って二人の争いが始まる。まるで嫁に出すのを猛反対する父親と婿だ。そして、そんな二人を止めなければならないのが婿の父親なのである……
「秀、啓吾、いつまでやってるんだ。そろそろ行くぞ」
龍が促せば、二人はまだいろいろぶちまけたいことはあるものの、状況が状況なので無理矢理それを抑えた。
今日はその一言で止まるのだからまだ良いのだが、本当に秀が柳を嫁にもらうと挨拶に行った日には、さすがの龍でも止める自信はないらしい。
そして、車の数が二台しかないため、必然的に誰かがバイクに乗らなければならなくなった。
「次男坊、バイクの運転は?」
「出来ますよ」
「じゃあ、お前がバイクに乗れ」
「啓吾さんは?」
「俺は少し休む。龍、悪いが運転頼む」
「分かった」
そういえば、なんだかんだと今日は力を使ってるな、と龍は思った。さりげなくいろいろなところで気を遣っていれば、今後のためにも少しは力の回復も必要なのだろう。
しかし、疲れてるならさっきの喧嘩に参加しなければ良かったのでは、と秀は心の中で突っ込んでいることは言うまでもない……
スプリンクラが作動する部屋。その性でパソコンは使い物にはならなくなっており、紫月は深い溜息をつくことになったが、それ以上、呆れ果てそうな言動をする少年がここにはいる。
「三回回ってワン!」
「するわけないでしょう!」
「うわあ!!」
翔は横に飛んで一突きされるのを回避した。それによって部屋の標本の数々が犠牲となる。
ハワード医学研究所室長室。そこでは大型ドーベルマンと翔が攻防を繰り広げていたが、またかなり厄介な犬を相手にしなければならなくなっていた。
もちろん、見た目からしてとても犬という大きさではなく、額には殺傷能力の高い角付きだ。しかもさすがは警察犬として扱われているため、動きまで申し分がない。
何度も噛み付かれそうになっていた翔はさすがというべきか、今のところ噛み付かれても刺されてもいない。身のこなしだけは本当に天下一品だ。
ただし、彼はストンと紫月の前に着地すると、少々困った表情を浮かべて彼女に尋ねた。
「あれどうすれば良いと思う?」
「カッコイイとこ見せるって言ってませんでしたか?」
「火を吐く犬なんて秀兄貴より性質悪くないけど最悪じゃねぇか!」
「じゃあ、秀さんは何なんです?」
「存在そのものが灼熱地獄だ! 柳姉ちゃんはなんで秀兄貴と付き合う気になったのか……」
「秀さんの独占欲が灼熱地獄より熱いものだからじゃないですか?」
「あっ、今の秀兄貴に言ってやろ」
「構いませんが、姉さんの身に危険が及ぶので私は一応止めておきますから」
目の前の問題から相変わらずそれた会話を繰り広げる高校生組だが、それでもきちんとドーベルマンの攻撃をかわしているのだから立派である。
「紫月、薬品でも浴びせてみるか?」
「さっき突っ込んだこの部屋の薬品では効果なかったじゃないですか」
「ってことは、薬品なんてきかねぇってことか?」
「でしょうね。硫酸浴びて平気なんですから」
「う〜ん、んじゃ、すっごい爆発が起こりそうなものを作るとか」
「秀さんじゃないんですから、むやみにやらない方がいいと思いますよ」
特に翔がやれば自分の身も危なくなりそうだと紫月は思う。研究所を丸まる爆破されては自分が助かる確率は極めて低いのだから。
「だったらどうしろって言うんだよっと!」
突っ込んで来たドーベルマンを跳び箱ように飛んでかわし、無駄に空中で一回転ひねりを決める。いっそのこと水に足でもとられて転んでみたら懲りるのではないかと思うが、翔のバランス感覚は天宮家一だ。
楽しんでるのか焦ってるのか、本当にこの少年の緊張感のなさはどうにかならないかと思う。
「どうせ、さっきのグリフォンと一緒で生半可な攻撃は効かないんです。渾身の一撃くらい入れてみたらいかがですか?」
「渾身の一撃かぁ、俺はそういうの集中力がなくてさ……」
「油断もする上に集中力もないんですか!?」
「なんかすごく見下されてる気がする……」
「事実です!」
紫月はきっぱりと言い切った。
いつも加減して喧嘩して来た結果がこの始末である。おもいっきり一般人に殴り掛かれば簡単に殺人者になってしまえる力の持ち主なので、仕方ないといえば仕方ないのだろうが……
「はあ、やっぱり翔君は翔君なんですよね」
「ん?」
「龍さんみたいに威圧して終わらせることが出来れば、こんなのすぐに切り抜けられると思ったんです!」
ドーベルマンは紫月に向かって火を吐き出す。それはスプリンクラですぐに消されたが、ずっとこの調子ではさすがに面倒だ。それに夏といえども、夜中に水の浴びっぱなしは風邪を引く原因にもなる。
「龍兄貴ねぇ……っと!!」
そう呟いて向かって来たドーベルマンの角をかわし、右腹部に強烈な蹴りを一撃お見舞いして壁にたたき付ける。
それでもいつもならとっくに骨ぐらい砕けている力で蹴り飛ばしているのだが、効果はあまりないらしい。怒りの唸り声だけ上げてこちらを凝視する。
「……翔君、やはり私がやります。きっと今までの戦いから、龍さんの力でも一撃で仕留められないように改造されてるんです。なので翔君は」
「やだね。俺は喧嘩好きなんだ、簡単に引き下がれるかよ」
「あのですね……」
「俺は敵前逃亡は嫌いなんだよ!」
こういうところは非常に頑固である。まぁ、自分の攻撃が効かないとなって簡単に諦めたら天宮翔とは言えないが……
「だったらどうするんですか?」
「龍兄貴の真似をする!」
「はっ?」
「さっきの人形みたいな見た目と動きだけじゃねぇ、最悪な兄貴を見せ付けてやる!」
翔はニヤリと笑った。
龍達は不良を片付けようやくハワード医学研究所へ。
紗枝さんの機嫌は相変わらずのようで……
だけど啓吾兄さんはちゃんと守ることにはした模様。
紗枝さんのことを解決しないと他の女性に手を出せないという理由は彼らしいですが……
そして、ドーベルマンと戦う翔君。
普通なら一撃で倒してきても今回は簡単にはいかない模様。
紫月ちゃんいわく龍基準に合わせてるので翔の攻撃が効かないのではとのこと。
まあ、翔君もかなり強いですが彼を止める二人の兄はさらに強くないと兄としての威厳がないですからね……
威圧感と黒さは一生かかっても翔が追いつけるものではないと……
そんな翔が龍の真似をする?
一体どんなことになるやら……
そしてカッコイイとこ本当に見せられるのか??