第百十六話:一番の気苦労者
ハワード医学研究所中央一階。
あまりの追撃者の数に一旦休憩と翔と紫月は小さな薬品庫に隠れていた。
だが、少年のお目当てのものはやはりなさそうではあるが……
「……腹減ったな」
「薬品ならありますから飲んだらいかがですか?」
「飲めるか!」
相変わらずのやりとりである。しかし、水道だけはあるので水分補給は出来そうだ。走り回っていたので喉も渇いていた。
「それより大丈夫なのかよ紫月」
「ええ、私の力の回復は兄さんの次に早いですからもうすぐ動けます」
確かに目の色も元に戻り空気と言えばいいのだろうか、疲労が消えていってる感じはある。回復が早いというのは本当なのだろう。
それから翔は紙コップに水を入れて紫月に差し出し、紫月は礼をいってそれを飲む。
「そういやあんまり詳しく聞いたことねぇよな、篠塚家の力って」
「今まで見て来たとおりだと思いますが?」
「力自体はな。だけど目の色が変わったり、今みたいにやけに疲れたりしてると心配になるだろ?」
「……心配してくれるんですか?」
「ん? 当たり前だろ?」
あまりにもあっさり答えられたので紫月は目を丸くした。
「どうした?」
「いえ、その……心配だと言ってくれた人はいなかったもので……」
どちらかといえば不気味だと言われてきたのだ。なので心配などと言われると調子が狂ってしまう。
「そうか? で、とりあえずどれだけ使ったらまずいんだ?」
「そうですね……目の色で判断するのが一番はやいですかね……」
「ああ、そういや白光してたもんな」
あれがサインかと翔は納得する。確かにいつもより強い風の力だったなと。
「はい、簡単に説明すれば私達兄弟は目の色が変わってるときは力を解放しています。もちろんそれが短時間の場合ならばここまで疲れることもありません。
ですが先程のように解放している力をさらに強めた場合、巨大なエネルギーを扱うわけですから肉体にも負担がかかってきます。なので時として動けなくなるというわけです」
もちろん休めばすぐに力は戻ると付け加えれば、ふむふむと翔は頷いた。
「なるほどな。だけど純や秀兄貴も同じような力を使えるようになってるけど、何で平然としてるんだろ?」
「そうですね……あくまでも推測ですが、やはり私達より体力があることが原因ではないかと」
「ふ〜ん、じゃあ俺が西天空太子になったら紫月はもう疲れなくても済むかもな」
「何故です?」
「俺が紫月を抱えて飛べばいいだろ?」
「なっ……!!」
また人を乱す言葉をストレートにぶつけてくる。しかも秀と違って、相手がどういう反応をするのか考えていないだけ性質が悪い。
「そしたら、俺達もっとどこでも遊びに行けるし! 紫月とデートなんて高校生活を謳歌してる証拠だよなあ」
「何言ってるんですか! それに翔君は力を手に入れたりなんかしたら暴走するから嫌です!」
「そこまできっぱり言わなくてもいいだろ? それとも照れてるとか?」
「翔君!!」
暗さの性であまり分からなかったが、紫月は珍しく頬を朱く染めていた。
一方、ようやく千葉に到着していた彼等の兄弟は……
「おいおい……不良どもの最近のたまり場は波止場付近が流行してるのか、土屋警視」
「少年課と交通課に聞いてくれ。むしろ彼等に聞くのが一番早いだろうが」
森の問いにもっともな答えを土屋警視は返した。一行は船を乗り捨てるなり早速不良集団に囲まれていた。
「まだ車やらバイクやら乗ってもいい年頃ではないだろうに」と、社会のルールを守ってる龍は思うわけだが、彼等にそれを説いたところですぐに聞き入れてくれるなら警察は苦労しないとのこと。
しかし啓吾は「龍の説教ならここにいるもの全員正座させて聞かせられるかもな」と苦笑していた。
「おい、お前ら何してんだよ」
ざっと百人くらいいるのだろうか、不良集団の適当な位置にいそうな金髪少年は尋ねて来た。
「末っ子組、なんて答えるのがベストだと思う?」
「う〜ん、難しいよねぇ?」
「今から翔兄さんと紫月さんを助けに行くじゃダメかな?」
「そうだよな、俺もそうとしか返せねぇな」
まともに考えるとそれしか浮かばない。余計なことを言って余計な面倒など遭いたくもない。
それは森も同じらしく、彼の好みの女がいなかった性か軽く金髪少年をあしらった。
「とりあえずさっさと道を開けろ。じゃねぇと撃ち殺すぞガキども」
「ハハッ、自衛隊のコスプレなんていい年して馬鹿だよなぁおっさん!」
「んだと……!?」
「森、ガキの挑発になど乗るな。お前が馬鹿なのは今に始まったことじゃない、諦めろ」
「淳〜!!」
土屋のおかげか森は矛先を変えた。本当に土屋がいてくれて助かったと気苦労性の龍は思う。
「だけどよ、そんなおっさんに付き合ってるお前らも頭おかしいんじゃねぇの!?」
「ハハッ、絶対そうだ!」
「しかも警視とか言ってたよなぁ?」
「元とかじゃねぇ? だけどおもちゃの手錠とか持ってたりしてさ!」
「うわあ〜きしょ〜」
不良達は大爆笑を起こすと土屋はパサリと上着を脱いだ。やれやれと思いながらも宮岡は柳にカメラを預ける。
「あの……先輩」
龍は何となく嫌な予感がしたが、不良達はさらに最悪な会話をし始めた。
「だけどさ、お姉ちゃん達は美人揃いだから頭悪くても楽しめそうだよな!?」
「わかんねぇぞ? そっちの方はすごかったりしてさ!」
「おいおい、どうせやるならまだやってない子の方がいいって!」
「どっちみち回すんだから一緒だって!」
秀、啓吾、紗枝からとんでもなくどす黒いオーラが発せられる。特に秀と啓吾はまずいなんてものではない。
「……末っ子組、ちょっと今から教育に悪いことするから、お前達は沙南お嬢さんと柳守って船の中にいろ」
「うん!」
さすが素直な末っ子組は啓吾の言う通り、沙南達を引っ張って船に避難した。
だが、さすがに止めないわけにはいかないと龍はキレた大人達を宥める。
「おい、お前達、安っぽい挑発に乗るんじゃない」
「ああ、兄さんは参戦する必要などありませんよ。この程度のクズなど燃やしますから」
「次男坊、半分寄越せ。ああいったガキはちゃんとした教育をすればまっすぐ育つんだからよ」
「啓吾さんが教育するんですか? あまり期待できませんね」
「妹達は俺が育てたんだが?」
「反面教師でしょう?」
相変わらずの応酬を繰り広げることでさらに二人は淀んでいく……
そしてその傍らで紗枝は無表情で一番照準がぶれにくい銃を抜いていた。
「紗枝ちゃん、さすがに銃を発砲するのは……」
「龍ちゃん、バカ兄を見てみなさい。手榴弾とショットガン使う気満々よ」
龍は目を見開いた! さすがにそれは危険過ぎる!
「淳、良、お前らもやるのか?」
「一応警察なんでね。千葉県警にちゃんと少年達を更正させるように連絡しとくよ」
「それより森と同類のバカにされてキレないほど俺は寛大になる気はない」
三人の男達に至ってはもう言葉にならなかった。
昔からの付き合いなのでわかる。この三人が揃って喧嘩を仕掛けて来た不良グループが解散しなかったことなど一度もないのだ。
それにどうすればと悩む龍に、励ますつもりで微笑を浮かべながら秀は告げた。
「兄さん、どのみちこいつらもハワードの差し金でしょう。それに足も欲しかったところですから丁度良いでしょう?」
「おい、新たな罪状が……」
「龍、俺は今日は休みだ。だから黙認するから気にせずに暴れろ、罪状などこいつらに全てくれてやればいい」
「土屋先輩……」
土屋にそう言われては、もう戦う気満々のメンバーを止めることなど出来ない。
「やっちまえ〜!!」
不良達は勝ち目のない喧嘩を仕掛けるのであった。
そして、もう知らんと龍も船に乗り込んで脱力する。
「すみません、龍さん。また兄がご迷惑をおかけして……」
「そういってくれるのは柳ちゃんだけだよ……」
唯一このメンバーの中で気の休まる言葉を柳はかけてくれるのだが、それでも龍は深い溜息を吐くしかない。
「はああ……なんだかこのメンバーに翔が加わったら本気で平穏な生活に戻れない気がして来た……」
「大丈夫よ龍さん! 皆、こんな無茶苦茶な生活でも龍さんさえ前を向いててくれるなら問題ないんだから!」
「僕もいつもより楽しいよ!」
「夢華も楽しい!」
沙南達なりに慰めてくれてるはずなのだろうが、どうも素直に喜ぶことが出来ない。
龍はこのメンバーの大将にされていることにかつてないほどの気苦労を感じているのだった……
翔と紫月ちゃんは一旦休憩。
篠塚家の力の説明を聞きつつ、翔は天然で口説いています(笑)
一応、彼も秀さんの弟ですからね。
まあ、それより紫月ちゃんといられて楽しいってことなのでしょうが……
そして不良に遭遇した龍達テロリスト集団(笑)
挑発されるなと言いつつ挑発される土屋警視、さすがは森の親友です。
宮岡さんも二人が暴れるならという感じで参戦します。
ですが……秀と啓吾兄さんは絶対怒らせちゃいかんだろ……
もう、ね……うん……
紗枝さんも普段はこの程度ではキレませんが、今日はストレス溜まってますから……
龍、ガンバレ……