第百十三話:新たな疑問と解決の糸口
白髪にブルーの目をした解剖マニアは翔と紫月を見て非常に満足そうに笑った。
「会うのは二度目だね、天宮翔君」
「おっさん誰だよ」
アメリカ兵の肩に担がれたまま、翔は気だるそうに尋ねた。
「私はロバート・ディアス。このハワード医学研究所の室長をしている。君達とはハワード国際ホテルで会ってるが覚えてはいないかね?」
「記憶にないね。俺は兄貴達と違って人の顔すぐに記憶しねぇから」
「そうかい。だがこれから君を解剖するんだ、覚えていて損はないだろう?」
関わりたくないなと高校生二人は同時に思った。何故にこう解剖マニアという人種は人の心理を乱そうとするのだろう。
「おっさんな、俺はただ丈夫なだけで人体の構造は一般人と一緒なんだよ。人体の造りも理解してない医者がメスを持つ資格なんてないんじゃねぇのか」
おそらく龍のセリフをそのまま引用したのだろうが、やはり龍が言ってこそ重みがありそうな言葉だと紫月は思う。
すると今度は檜山がしゃしゃり出て来た。いかにも解剖マニアだと分かりそうな表情で翔を見上げてくる。
「小僧、銃弾に当たっても死なない人間、魔法が使える人間がこの世にいくらいるか知っとるのか?」
「知らないね。数えたければ自分で数えろ」
「わしが知る限りでは八人じゃよ。お前達の兄弟だけじゃ」
「そうかよ、随分狭い世界だね」
「じゃからお前達の体を切り刻むことで新しい可能性が見出だすことが出来るのじゃよ!
狭い世界が広がるとはそういうことを言うんじゃ」
「はっ、余計マニアになってるだけだろ。メスを自分の趣味に使ったらろくな死に方しないぜ?」
本当に龍が言えばなあと紫月は思う。あと十年もすれば少しは重い言葉になるのだろうけど。
「ふふ、小僧も医者になれば分かる。お前達の兄とて人を切ることを楽しむ心がないわけではあるまい?」
「否定はしません。きっとあなた達みないなのを切り裂けるなら兄は喜んで執刀してくれますから」
というより今の状況を啓吾が見たら、間違いなく解剖医以上に解剖するんじゃないかと翔は青くなる。それも悪意たっぷりにだ。
そして、そこに秀が薬を持って黒い笑みを浮かべているような気がするのも起こらないと言いきれない。いや、この事態が片付いたら秀なら絶対やる。
そんなやりとりにロバートは笑みを浮かべ、そして促した。
「二人ともなかなか頭の回転は早そうだ。さあ、早速オペ室に行こうか」
二人はアメリカ兵に担がれたまま研究所内に入る。そろそろ暴れたいと紫月を見るが、彼女はまだダメだと首を横に振った。
先程まで逃れることを考えていたのに何が彼女の関心を引き、そして一体何を企み始めたのかと思うが、勝算のない喧嘩をするタイプではないので大人しくしておくことにした。
一方、クルーザーで翔達を取り返しに動いていた龍達はといえば……
「そこのクルーザー! 停止せよ!」
「停止しろと言われて停止するかよ!」
「頑張って! 森お兄ちゃん!」
「オウッ! お嬢ちゃんに華麗なテクニックを披露してやるから惚れるなよ!」
「うんっ!」
「そうはっきり頷かなくてもなぁ……」
「ほえ?」
森と夢華のコントが繰り広げられながらも、今現在一行は空と海から追撃されていた。
「水上警察か。どこからの圧力がかかってるんだ?」
「警視総監の命令だ。ああ、裏にいろんなのが絡んでるみたいだな。おまけにハワード」
ノートパソコンで宮岡はすぐに敵の裏事情を調べあげた。一体どうやって調べてるのかと女性陣達が問えば、企業秘密とニッコリ笑う。
「そうか。だったら構わない、思う存分蹴散らしてくれ」
「蹴散らすって、いいのか淳行警視」
一応同じ警察なんだろと啓吾は笑うと、土屋は穏やかな表情で答えた。
「ああ構わないよ。警視総監がどんな責任を取らされようと俺には関係ない。寧ろ上の椅子がさっさとあいてくれた方がいい」
「冷静な口調で恐いこというよな……」
「そうかい? 一般市民に危害を加えようとする警察は警察と思ってないだけだよ。
かといって、俺は上の体制を変えようとする警察官じゃないから、上のくだらない失態を願ってるんだけどね」
そして土屋は小型の大砲を手にとった。
「秀君、空と海、どっちが好きだい?」
「海をいただきます。最近あまり撃ってないのでしょう?」
「そうだね、デスクワークばかりだったから」
そして二人は照準を合わせると、追撃して来たものは一瞬のうちに消え去った。
それをすごいと末っ子組は手を叩き、沙南と紗枝はさすがと称賛し、柳は大丈夫かしらと後方を心配そうに見れば宮岡が脱出ぐらい出来ていると告げた。
だが、その賑やかな中から離れて何やら考え込んでいる大将に啓吾は気付く。
「どうしたんだ、龍」
「ああ……」
腕を組んで眉間にシワを寄せているということはまた気苦労を背負い込もうとしているようだ。
「黒澤をSATに引き渡す前に紗枝ちゃんのことを尋ねてみたんだ」
「紗枝のこと?」
「ああ、高原老の後釜を狙うものなら俺達の力ももちろんだろうが、菅原財閥の力も手に入れたいはずだと思ってね。
しかし、紗枝ちゃんのことに関しては楢原の独占。十年前に紗枝ちゃんのお父さんを狙ってた者達の動きとしてはあまりにも大人し過ぎる」
「そう言われてみればそうだな」
楢原のあのあまりのしつこさを見て来た性か、龍に言われるまで楢原以外の後釜候補達の事を啓吾はあまり気にしていなかった。
啓吾は龍の隣に腰を下ろして手摺りに背を預ける。
「それで、黒澤はなんて?」
「菅原財閥は俺達さえ手に入れれば、日本と共に手中に収めさせてやると言われたそうだ」
「どこにだ?」
「……世界最高の権力者達にだ」
「何だと……!?」
啓吾は低く呟いた。そして龍はさらに続ける。
「そう楢原以外の後釜候補達が言われたのなら俺達を捕らえることに全力をあげるのは分かる。だが、楢原にはそれを言わなかったのかと思ってね」
「多分言ってないんじゃねぇの? お前達が手に入れば菅原財閥も手に入る。ならば自動的に紗枝を手に入れることも可能だろ」
「ああ、だが何故言わなかったと思う?」
「何故って……」
考えてみればそうだ。楢原だけにその情報を伝えていないとなると、何かあるのかと感じてしまう。
「ハワードが楢原に手を貸したのは、紗枝ちゃんを手に入れることによって菅原財閥を、そして楢原が高原老の後釜になることによって日本の実権を一気に手にしようとしたとは予測できる。
なにより紗枝ちゃんが人質に取られては俺達も簡単には手出しできなくなる」
龍の話の筋道は通っている。楢原のような小物ではさすがにこの日本の頂点に立てる資質はないことは明白。
うまく利用してハワードは日本の力を全て手にしようと試みたとは分かる。
「だが分からないのはここからだ。宮岡先輩が菅原財閥のコンピュータで調べた結果、とんでもないことが判明したらしい」
「何だ?」
「菅原財閥の内通者は楢原を介して世界一の権力者達と繋がっていた」
「なっ……!!」
言葉にならなかった。啓吾にとってそれはあまりにも衝撃的過ぎた。
「内通者にとってのメリットはいろいろあるだろうが、分からないのは権力者達だ。
奴らにとって菅原財閥など小さく、楢原など高原老の後釜になれなければただの小物。しかし、奴らの力で楢原は釈放されているのも事実だ」
「おいおい……ますます分からねぇよ。奴らは本気になれば菅原財閥はおろか日本全て手中に収める事なんて余裕だろ?
それがなんでこんな訳の分からないことをしてるんだ?」
「だから悩んでるんだ」
「まあ、そうだろうけどさ……」
啓吾のもっともな質問にもっともな返答が帰ってくる。
確かに奴らが関わってるとなれば、眉間にしわも寄せたくなるだろうなと気持ちも分かるが……
そんな苦悩している二人を見て、宮岡は相変わらずよく考え込んでるなと思いながら二人に近づいた。
「龍、とりあえず紗枝ちゃんの件はもう少しこっちで探ってみる。その前にまずは翔君達を助けなければならないだろ?」
龍の前にノートパソコンを差し出し、二人は画面を覗き込む。
「これは……」
「ハワード医学研究所の館内地図と所員データ、おまけに檜山との繋がりまで出て来た」
「本当にスゲェ……」
二人は止まった。そして一つの糸口を見つける。
「良二、お前なら医学研究所のコンピュータのデータ全て手に入れること可能か?」
「まあ……おいおい、お前らなぁ」
宮岡は二人の企みに気付く。
「すみません先輩。この研究所には世界一の権力者達と繋がる解剖マニアがいるんです。力を貸していただけませんか?」
画面に写るのはロバート。今回の騒動の疑問を解決する唯一の手掛かりだった。
さあ、解剖前の翔君と紫月ちゃんですがまだ大人しくしています。
何やら紫月ちゃんが企んでいるみたいですが……
そして長男組は新たな問題に直面!
高原の後釜四人、ハワード財団、そして世界一の権力者達って……
もうどれだけの敵が湧いて来てるのですか!?
しかも権力者達は楢原の後ろ盾だったと……
だけど何でわざわざ楢原の後ろ盾に?
それに楢原を釈放したのも彼等?
そして菅原財閥とも繋がってたり?
おまけに紗枝を楢原に嫁がせるつもりだったにも関わらず、
「天宮兄弟を捕まえれば菅原財閥を手中に収めさせる」と楢原には言ってないようで……
う〜んとそりゃ龍も啓吾兄さんも悩みますよ。
だけど手掛かりは案外近くにあるもの。
宮岡記者、期待してますよ!