第百六話:十年前の事件
今回は15禁です。
不快な方はスルーしてください。
今から約十年前の事件である。当時の新聞では「患者受け入れ時に暴走トラックが激突、医師二人死亡」と掲載された。その現場にいたのが龍達の父親と紗枝の母親だった……
そして今、彼女は一つの情報を掴んでいた。その事件は計画的に行われた殺人事件だと……
「紗枝さん、ようやく二人きりになれたよ」
「この人形含めて三人でしょ。全く迂闊だったわよ、こんな時代に煙玉なんてお目にかかるなんて思わなかったわ」
紗枝は深い溜息をついた。自分を宙に浮かせて両腕を押さえているのは人形の楢原、そして今目の前にいるのが本物である。
紗枝は偽者に捕らえられてビルの屋上に運ばれていた。もといた倉庫から少し距離があり、あの煙玉の性で救助に来るのは少し遅くなるだろうなと思う。
それにしても同じ形をした嫌いな人間が二人もいるというのは実に不快だ。もちろん、この状況を招いた自分の自業自得ではあるのだけど。
「それよりさっきあなたの人形に質問したのよ。ハワードの件とダニエル博士の情報、そして十年前に私の実母を殺した奴の情報を教えなさいとね」
楢原はピクリと片眉を動かした。
「十年前、患者受け入れ中に龍ちゃんのお父さんと私の母はトラックにはねられて死亡した。本当にトラックがトラブルを起こしたために運転手の刑は軽くなったけど、警察の捜査で引っ掛かってたことがある」
「それは何だい?」
「菅原財閥を狙っていた者達が仕組んだ殺人事件の可能性、それが政治家の黒澤、紅蓮連合界の所木、医師会の檜山、そしてあなたの父親の楢原が関与していたってこと」
楢原は微笑を浮かべた。実に面白い推測だとその表情は物語っている。
「もちろん、これは警察の推測だったし何より証拠不十分、おまけに全員の関係性まで掴めなかったために闇へと葬られた情報よ。
だけど今回あなたたちが揃って出て来てくれたおかげで私の中では確信へと変わった。そして高原の後釜を狙うあなたたちのバックに存在しているハワード財団。
高原は少なくとも他国に日本を渡すことも天宮家を渡すのも拒んでいたのに、どうしてその後釜を狙うあなたたちにハワードが喜んで手を貸してくれてるのかしら?」
「ハハッ、そこまで考えているとは思わなかったよ。母への愛は強いね」
楢原は笑った。最後の言葉に紗枝は眉をひそめる。
「うん、紗枝さんの推測はほぼ当たりだよ。しかし、君の母親は運ばれた患者を助けるために亡くなったんだ。そして運ばれた患者は君の父親だっただろ?」
「……やはり父を狙ったってこと?」
「そうさ。それともう一つ、僕の父は君の母の婚約者候補だったからね。君の父親に取られたからその仕返しもあったんじゃないかな」
「だとしたらたいした怨みね」
「だけど亡くなったのは君の母で父親は今ものうのうと生きてるんだろ? 再婚相手もいるみたいだし?」
楢原は嘲笑ったが紗枝は思ったより冷静に答えた。
「新しい母は本当にいい人よ? 父が選ぶ理由もわかるしね」
「へええ、興味がてら聞いてみようか」
「ええ、今回の件と十年前の事件に真っ先に気付いてくれた人。素敵だと思わない?」
にこっと紗枝は笑った。そんな人でなければきっと自分は父親を嫌いになってたとまで思う。むろん、他にもいろいろな理由はあるけれど。
「だから楢原代議士、あなたにもあなたの父親にもたっぷり吐いてもらいたいの。十年前の件にもハワードが関わっていたのか、それに龍ちゃん達のお父さんも狙っての事件だったのかってね!」
紗枝の視線が楢原を貫いた。それに楢原は一歩後退するがすぐに状況は自分が有利だと認識する。
紗枝は今取り押さえられていて身動きが出来ない。おまけにこうしてしゃべっている間も立派な時間稼ぎだと気がついたからだ。
「紗枝さん、その話は後からゆっくり聞こう。それにもうすぐお迎えがやってくると思うがその前にこの前の続きといこうじゃないか」
卑下た笑みを浮かべる楢原に紗枝は心の中で舌打ちする。楢原から情報を聞き出すことも目的ではあったが、なにより自分の身を守ることも目的の一つだったからだ。
しかし、紗枝は慌てる事なく余裕たっぷりに問い掛けた。
「あら、また返り討ちにあいたいの?」
「その状況で抵抗できるならね」
「やっ!」
腕を伸ばして近づいてくる楢原に、まだ自由となっていた足を振り上げて蹴り飛ばし尻餅をつかせた。
だが挑発する言葉を吐いて逆上させるわけにはいかない。
「……なるほど、普通の男じゃ満足させられないと篠塚啓吾が言ってるのはこういうことか」
紗枝の表情が一瞬引き攣る。「あいつどれだけ好きなことほざいてるのかしら」と何となく怒りが込み上げてくる。
しかし、芋づる式に今回の敵を引きずり出した後でも、啓吾には暫く楢原を勘違いさせたままでいさせてくれと頼んだのは自分だ。龍達には十年前の事件については話していない。
ことのついでに真相が突き止められたらと紗枝が思っていたからだ。
そのおかげか楢原を出来るだけ自分に固執させて、天宮兄弟のことは二の次にさせているわけだけど。
「さて、じゃあ篠塚啓吾に化けてもらおうかな」
「はい」
楢原の人形は啓吾へと形が変わった。何だか無性に顎に頭突きでも噛ましてやりたくなるが、人形にやっても無駄なのだろう。
「啓吾に化けさせてどうするつもり?」
「Tシャツを破れ」
「はい」
勢いよく紗枝のTシャツは破られた。楢原が近づいて蹴るなら人形にやらせればいい、それも啓吾にやられてるとなればいくら偽者だとわかっていても心理的なダメージは与えられる。
最悪な趣味ねとは思いながらも、まだ彼女は焦っていなかった。
「防弾チョッキぐらい着てるわよ? おかげさまで暑くて仕方がないけど役に立ったわね」
さすがにこれは破れないでしょうと笑みを浮かべるが、それは裏切られる。
「それも破れ」
「はい」
まるでTシャツと変わらないようにあっさりと防弾チョッキも破られる。紗枝は奥歯をキリっと噛んで楢原を睨み付けた。
「……この変態」
「男はそういう生物だろう? さて、あと一枚だか僕は紳士だからね、出来れば大人しく自然の流れに身を任せてもらえれば嬉しいんだが」
「あなたのご都合主義の流れになんて任せたくないわね」
「そうかい、ならば仕方ないね」
「つぅ!!」
腕に痛みが走った瞬間、楢原は紗枝との距離を詰め寄り床に組み敷く。腕は偽者の啓吾に拘束され、足は楢原に完全に押さえられる。
「さあ、楽しもうじゃないか」
「やめっ!!」
するりと楢原の腕が紗枝の胸に伸ばされたとき、能天気な声が聞こえて来た。
「おお、今日は黒か。だけど紗枝、また胸でかくなったなら新しいものに新調した方がいいんじゃねぇの?」
ニヤリと笑う医者、篠塚啓吾はフェンスの上で見学していた。
はい、今回はまたまた意外な真相が出てきました。
龍達の父親と紗枝さんの母はトラックの激突で命を落としています。
しかもその件に高原の後釜を狙う者達が関与していたと……
それを知ったために紗枝さんは芋づる式に相手を引き出した後も、
啓吾兄さんにはそのまま恋人役をやらせていたとのことです。(じゃなければとっくに啓吾兄さん半殺しです)
出来るだけ自分に目を向けさせるためとの理由ですが。
もちろん、啓吾兄さんはこの件について了承してますよ。
だけど紗枝さんのピンチにここまで能天気な救世主っていないなあと…
「今日は黒か……」って、しかも「新しく新調しろ」って……
まあ、医者だし節操無しだから女性の身体なんて見慣れてるのでしょうね、啓吾兄さんは……