第百五話:銃
「いや〜本当、天宮兄弟がいると俺はなんにもしなくていいよな」
「……少しは働いて来たら?」
紗枝がそういうのも無理はない。
目的地の倉庫の侵入に成功していた一行は、純があっさりと数少ない内部の敵を倒してくれたため、今は高原の後釜達の不正の証拠品を確認中である。
しかも面倒だからと啓吾は軽く一服しており、何とも緊張感がなかった。
「それっ!」
純が軽く木箱を殴って穴を開けると、そこからは不正の証拠品がたっぷりと出て来た。
「うわあ〜銃がいっぱいだね!」
「すっご〜い!」
「末っ子、夢華、おもちゃじゃないんだから遊んだらダメだぞ」
「は〜い!」
実にいい返事である。龍あたりがいれば、この銃は戦争が起こってる国に売りさばいて金儲けをしているんだ、そんな大人にならないように、とでもいうのだろうが。
そして医者を目指す女子大生にも声をかける。
「柳、沙南お嬢さん、そっちはどうだ?」
「青酸カリにアヘン、あっ、これサリンじゃない!」
「この毒物も他国に売りさばくのかしら」
そう考えると何ともやり切れなくなる。この毒物は人の命を奪っていくものだから。
そんな二人の表情を見て、啓吾は煙を吐き出し問い掛けた。
「んじゃ、医学生達に問題。青酸カリの応急処置について述べよ」
紗枝はくすくす笑った。こういうところ啓吾も教育的である。
「えっと、青酸カリは水溶液状態で比較的強いアルカリ性を示すのよね。確か吐瀉させるときに大量の牛乳、卵白などを与えるとより安全。なければ水などを代用してとにかく吐かせることだったかしら」
「経口摂取でない場合では、新鮮な空気を呼吸できるようにすること。もちろん人口呼吸は厳禁よね」
「はい、正解。紗枝先生、ついでに医療処置について述べよ」
最近やってないだろとニヤリと笑う啓吾に、紗枝はぴくりと片眉を動かして簡潔に答えた。
「医療処置としてはね、経口摂取では催吐・胃洗浄・活性炭に下剤の投与などで体外への排出を促進させること。代謝性アシドーシスへの対処等対症療法も必須。
それとシアン化物の解毒処置。亜硝酸アミル吸入後、亜硝酸ナトリウム液の静注、さらにチオ硫酸ナトリウム液を静脈注射する。これらにより有毒なシアン化物イオンを比較的低毒性のチオシアン化物として代謝と排出を促す」
「おお、さすが医者」
覚えてるじゃねぇかと手を叩く。しかし実際のところ、青酸カリを飲んで病院に運ばれる前に死亡しているケースが多いのも事実。
一番はそれを殺人の道具として使わないことにはかわりない。
「だけど医学部の一年生にはちょっと早い内容じゃないかしら」
「いいんだよ。興味を持たせるのも指導医の務め」
「末っ子ちゃん達も目をキラキラさせてるけど……」
「ん?」
啓吾の傍に寄って来た末っ子組は久しぶりに医者らしい啓吾を見て感心しているらしい。
末っ子組が寄ってくれば煙草をやめて足で踏み潰す。
「お兄ちゃん! 夢華もお医者さんになる!」
「僕も! だからいっぱい教えて下さい」
「いや、俺は問題出しただけ……」
「だけどなんかかっこよかったもん! お兄ちゃんじゃないみたい!」
そりゃ医者としての顔付きと普段はかなりのギャップがあるからねぇ、と紗枝は苦笑した。十年後まで医者をやってれば聖蘭病院は面白いことになるのかしらと思う。
「ああ〜じゃあ、お前らまとめてうちの救命医目指せ」
「救命医?」
「そうだ。医療現場の中でもかなりきついが最も重要な場所だからな」
「確かにおっとり型の二人だけど状況を把握する力はずば抜けてるから向いてるかもね」
「ああ、ちなみに沙南お嬢さんも最初は救命でビシバシ鍛えてやるからな」
「よろしくお願いします」
まっ、その前に次男坊もこき使ってやるがなと最近の啓吾はそう企んでいた。柳とデートさせない対策の一環ではある。
だが、もしそんなことになったら秀は全力で拒否するに違いないだろう……
そんなことを考えながら末っ子組の頭を撫でてやり、啓吾はようやく腰をあげる。
「だけどこれだけのものがあれば充分あいつらを捕まえる材料になる」
「そうね。だけど口を塞がれる事実にもなりそうだけど」
隠れる必要もないと言わんばかりに、真っ正面から楢原はアメリカ兵達を引き連れてやってきた。他に所属している部隊がないということは、完全にハワードの力のみが彼のバックにあると証明していた。
「楢原……」
「紗枝さん、いずれあなたを案内しようと思ってたがまさか余計な客まで連れてくるとは思わなかったよ」
「あなたこそしつこいのね、すぐに釈放とは思わなかったわ」
「それはそこの篠塚啓吾より君を愛してるからさ」
「お兄ちゃん」
間違いなく何か言いたくなった夢華の口を塞ぎ、不思議そうに見てくる純の頭を撫でてやりながら目線で女子大生達の口を塞ぐ。
「事情はあとから話してやるから誰もつっこむなよ」
なんだ、つまらないという表情になる沙南と柳に啓吾はやれやれとは思いながらも、とりあえず純がさっき壊した箱の中から出てきた銃を拾う。
それから隣の木箱に入っていた銃弾をつめていきながら楢原に尋ねた。
「お前さ、一体紗枝のどこが気に入ったわけ?」
「全てに決まってるだろう? その美貌も知性も家柄もね」
「他には?」
「それ以上好きになる理由がいるのか? お前も所詮親の力がなければただの貧乏人だろ? 所詮財産目当てで紗枝さんと付き合ってるだけにすぎないんじゃないか?」
はい、そうです、なんて答えるんじゃないわよと紗枝がにっこり笑いかけてくる。そう答えたら面白いだろうなとも思うが、今後の関係のためにやめておいた。
「残念だけどさ、俺がこいつのこと好きな理由って別なんだよな」
「じゃあなんだい?」
「啓吾」
「ああ、ほら」
弾を詰め終わった銃を投げ渡すと、紗枝はあっさり引鉄を引いた。
「えっ!?」
「嘘!?」
誰もがその行動に驚く。楢原は思わず腰を抜かした。
「なっ! 何を!!」
「どう? うまいでしょ?」
にっこりと紗枝は笑った。それに啓吾は苦笑しながら答える。
「ちゃんと紗枝の全てを愛していますっていうなら当然知ってるよな? 紗枝が銃の扱い方がプロ級だってこともさ」
まっ、俺も見たのは初めてなんだけど、と内心驚いているのは隠している。龍とアメリカ留学中に身につけたスキルらしく、私の腕は百発中九十九発は外さない自信があるわよ、と昨日警察署帰りに話してもらっていたのだ。
それが楢原のこめかみの真横を掠めるほどの腕だったとは……
「私の全てを愛してくれるなら、例えあなたを撃ち抜いても後悔しないわよね?」
今度は冷たい表情をして楢原に銃口を向ける。本当、俺じゃあ手に負えない女だよな、と啓吾は他の拳銃にも弾を詰めながら思った。
すると楢原は英語で叫んだ!
「お前達! 紗枝さん以外のものを全て殺せ!」
「末っ子!」
「うん!」
純は飛び出し、真っ正面にいたアメリカ兵の顔面に飛び蹴りを喰らわせたあと、高く飛び上がって木箱の上から狙撃してくるアメリカ兵達を簡単に悶絶させていく。
「啓吾! 盾は頼んだわよ!」
「ああ」
重力の盾を作り出して紗枝と啓吾は狙撃してくるアメリカ兵達の銃を次々と弾いていく。そして弾が無くなれば、いつの間にか銃弾を詰めてくれている沙南達が啓吾達に新しい銃を投げ渡してくれた。
あまり危険なことはさせるな、と龍に言われていたが、本当に極力さけるという状態に苦笑するしかない。
しかし、そんな補給線に気付いたのか木箱の上からアメリカ兵達が沙南達に銃口を向けた。
「小娘ども、そんなところに隠れてどうする気だ?」
「えいっ!!」
「うわっ!!」
夢華が大量の水をアメリカ兵にかけて、倉庫の木箱の上を走り回って敵を倒していた純が最後の一人とおもいっきりそのアメリカ兵の腹部を蹴り飛ばした。
「ナイスだ末っ子組」
「えへへ!」
純も木箱の上から飛び降り沙南達の前に立つ。沙南を守ること、それが龍との約束だからだ。
「さて、残りは大将だけね」
紗枝は拳銃を持ったまま楢原に近づく。まさかこんなにあっさり片付くとは思っていなかったのだろう、楢原は腰を抜かしたまま後退する。
「さっ、あなたにはもう一度警察に行ってもらっていろいろと吐いてもらうわよ。ハワードの件、ダニエル博士の情報、それと……」
紗枝は冷たい目をしてすっと楢原に銃口を向けた。
「私の実母を殺したものの情報もね」
だが、そう告げた次の瞬間、楢原から煙が噴出し辺り一体の視界が遮られる!
「きゃっ!!」
「紗枝!!」
慌てて啓吾は前に進むが啓吾の腹部に蹴りが一発入りその場に膝を折る。
「お兄ちゃん!」
「全員動くな!!」
啓吾はそう叫んだあと、足音がした方向に走り出すのだった。
医者としては教育熱心な啓吾兄さんです(笑)
普段はとことん面倒でちゃらんぽらんな節操無しなのに……
だけど紗枝さんも銃の腕前がプロ級だったとは……
さすがはお嬢様なのか、護身術とか銃とかは身につけてるみたいです。
まあ、お兄ちゃんが自衛隊になってるぐらいなので、
妹は多少の影響を受けますよね。
だけど紗枝さんが吐いてもらいたい情報の中に「母を殺した」と出て来ています。
彼女は一体何を掴んだのでしょうか?