第百四話:年長組の乱闘
翔と紫月とは別行動をとっていた龍達は、高原の後釜候補達を一網打尽にすべく証拠を掴むため、横浜港最大の倉庫へと向かっていた。
しかし、やはりというべきか、そう簡単に目的地へと近付かせてはくれない。翔達が暴れてくれたことによって警戒が多少は緩んでも、相手も大将を守るために重要ポイントからは離れられないようだ。
その様子を目的地近くの、少し高い倉庫の屋根の上から一行は見下ろしていた。
「さて、目的地は目の前だけどどうする?」
「そうですね、突撃隊長は置いて来てしまいましたから次は僕が行きましょう」
「秀、だったら俺も行こう」
「兄さんもですか?」
龍の案に一行は耳を傾ける。
「ああ、俺とお前が真っ正面から突っ込めばいやでも敵は出て来るさ。それこそ倉庫内からもな」
「なるほど、大将自ら出ていく戦なんて普通はありえないもんな」
「分かりました。でしたら啓吾さん達は中の掃除と、おそらく後釜達が揃って出て来るかと思いますのでよろしくお願いします」
「ああ、分かった」
そして、龍は純の頭にポンと手をおいて穏やかに告げた。
「純、沙南ちゃんを頼んだぞ」
「うん!」
「夢華も守るから大丈夫だよ!」
「ああ、よろしくね」
元気よく告げてくれる夢華の頭も撫でてやり、啓吾に目を向ければ気にせず行ってこい、と顔に書いてあった。
「沙南ちゃんも危険な真似はしないでくれよ」
「極力気をつけるわ」
実にいいコメントである。啓吾は銃でも持たせてみたら面白いかもなと考えるのだった。
「柳さん、無茶しないで下さいね」
「秀さんも気をつけて下さい」
こちらは甘い空気が漂う。柳は絶対的な信頼を秀に寄せているためきっと大丈夫だろうと思う。それでも危険な場所に行ってしまう秀を心配する気持ちがなくなってはくれないのだけど。
そんな気持ちを秀は汲み取って、柳とコツンと額を重ねる。
「大丈夫ですよ。君を心配させないように出来るだけ早く片付けてきますから」
「秀さん……」
すると龍の咳ばらいが一つ聞こえてその甘いムードは中断する。秀は一行を見遣ると沙南に目隠しされた末っ子組と、紗枝に慰められている煤けた啓吾、そして相変わらず赤くなっているうぶな龍がうつる。
「秀、そろそろ仕掛けたいんだが……」
「ああ、すみません。では行ってきます」
龍と秀は屋根から飛び降りると、一気に地上は騒がしくなった。
「ほら、さっさといくわよ」
「はあ〜なんだか今日はダメだ俺……」
「ダメじゃないよ! お兄ちゃん!」
「夢華……」
「龍お兄ちゃんはお兄ちゃんより断然素敵なんだもん! だから仕方がないんだよ!」
力説して精一杯励まそうとしてくれる妹の言葉は、嘘がない分だけ非常に凹まされる。しかも自分でも分かってる分だけ痛い……
「啓吾、仕方ないみたいだからさっさといくわよ」
「ああ……もう盾でも何でもしてくれ……」
龍達の方に流れていく戦力を確認して、啓吾達は目的の倉庫まで走った。
「さて、俺達の相手はざっと千人ってところか?」
「そうですね、翔君の方に雑魚は流れたはずですから少しは腕が立つ相手ぐらい出てきますよ」
「そうか、だったら後から翔に文句の一つでも言われるかもな」
「それはさっさとこちらに合流できない翔君の自業自得というものです」
「しゃべるんじゃない! この状況が分かってないのか!」
龍達の周りには銃やナイフを持った兵、おまけに戦車や火炎放射機まで持ち出されている始末である。それでもまったくこの二人は動じていなかった。
「全く、自分達が法を侵していることを棚にあげて人の言論の自由を奪おうとするとは」
「そうですね、ですがそれに大人しく従う必要なんてないでしょう?」
「当然だ。むしろ俺達に危害をなそうとする思想の自由を奪ってやれ」
「かしこまりました」
龍がそう命じた後、秀は言論の自由を奪おうとした男の顔面を殴り飛ばして思想の自由を奪う。
「撃てェ!!!」
その声を皮切りに二対千の大乱闘が始まる。
「死ねぇ!!」
「遅いですよ」
ナイフを振り下ろして来た大男の攻撃をひらりとかわし、軽く飛び上がって後頭部を蹴り飛ばして、立っていた敵を巻き添えする。
それから次々と秀に向かってくる敵を一撃叩き込んで即倒させ、火炎放射機を構えているアメリカ兵に突っ込んだ!!
「燃え散れ!!」
英語で叫んだアメリカ兵は火炎を浴びせて黒焦げにしようとしたが、秀は予測通りと微笑を浮かべて浴びた炎を拳に集中させると、
「お返ししますよ!!」
「うわあああ!!!」
秀が返した炎が火炎放射機に直撃して大爆発を起こし、傍にいたものは一気に吹き飛ばされた!
「秀は派手にやってるな」
もちろん遠慮などいらないが、と心の中で呟いて、戦車を片手で持ち上げている大将はひょいとそれを投げて敵を片付けていく。
弟達が毎回かなり派手に暴れてくれるので、自分は出来るだけあっさり敵を片付けようと心掛けているのだが、相手にとっては龍が一番性質悪く感じている。
なんせ、秀や翔にはまだ襲い掛かろうという気力が持てるのだが、龍は最初の数人をあっさり倒した後、煩わしいと威圧してくるため動けなくなるのだ。
そんな相手に軽く戦車を投げ付けてくるので、相手にとってはたまったものではない。龍に殴られて倒れたものより、泡を吹いて倒れるものの方が多いのである。
「さて、あとは百人ぐらいか」
「ひっ!!」
もう逃げたいという表情の敵が多数だが、龍はとりあえず片付けておこうと一歩踏み出したとき、敵の後ろからやんちゃな蹴撃が聞こえて来た。
「天下無敵の三男坊、只今参上!!」
「うわあああ!!」
百人があっという間に地に伏せられていく。龍はやれやれと腕を組み、秀がやっと来たみたいですね、と微笑を浮かべた。
「兄貴達ひでぇよ!! こっちの方が面白そうじゃんか!!」
予想通りの反応に龍と秀は苦笑する。
「すまないな、お前が遅いからついね」
「そうですよ翔君、君が遅いのがいけませんね」
「ちぇっ、まあいいや。まだメインディッシュは残ってるんだろ? 早く行こうぜ」
「いや、お前は行く必要ないな」
「えっ?」
次の瞬間、秀の回し蹴りが翔の左頬に決まる。それに翔は驚くが、秀は優美な笑みを浮かべて告げた。
「おやおや、翔君ともあろうものが、兄の不意打ちもよけられないとは随分弱くなりましたね。僕はそんな弱い子に育ては覚えはありませんよ?」
「何言ってるんだよ! まさか二人とも偽者なのか!?」
「口を閉じろ。俺は弟に化ける人形まで弟と呼ぶ趣味はない」
「龍兄貴!!」
そう口を開いた瞬間、秀は翔に向けて炎を放った。翔は声もなく燃やされて倒れる。そして、燃やされた人形の背後の倉庫から中年の男が歩いて来た。
「弟をあっさり燃やすとは非情だな、天宮秀」
「偽者の人形だと分かっていて遠慮はいらないでしょう? 黒澤先生」
龍と秀の前に政治家の黒澤が現れた。部下一人連れて来ていないとは恐れ入るものだ。
「なるほど。だが、どうしてすぐに偽者だと分かったのだね?」
「翔君と一緒に行動している女の子がいないからですよ。それに翔君のことをもう少し勉強した方がいいですね。兄さんがあれだけ翔君を威圧したにも関わらず、口を閉じもせず声を発した。傍にいた僕でさえ冷や汗を流したのに翔君が堪えられるはずがないんですよ」
秀は手で汗を拭った。そして、龍が口を開く。
「黒澤、とりあえずうちの文明的な生活を奪ったあんたにはいろいろ聞きたいことがある。抵抗しなければすぐに楽にしてやるから洗いざらい吐け」
「一体何を……!!」
これまでにない威圧感が黒澤を襲った。彼の背筋に悪寒が走り、その場に膝を折る。
「余計なことはしゃべるな。俺の質問にだけ答えろ」
いつも以上の威圧感を放つ龍に、自分でも知らない真実があるのではないかと秀は思うのだった。
今回のバトルは龍と秀の二人でした。
性格や特に恋愛面に置いては対称的な二人は、
やはり喧嘩も個性があるようです。
作者も書いてて秀が過激なのは分かりますが、龍兄さんはさりげなくを心掛けている割にはひどいというか……
戦車を投げる男が派手に戦わないと心掛けてるって……
いや〜性質悪いわ龍兄さん。
ですが、政治家の黒澤に会ってなぜかいつもより龍兄さんがキレてる模様。
高原の後釜ならたいしたことがないと秀の調べでは分かっていますが、何故か様子が変ですよ、龍兄さん。
一体何に繋がるというのでしょうか?