第百二話:レーザー砲
「せいやっ!!」
「うわあああ!!」
秀に投げ飛ばされた蟻地獄という名の戦場で、翔はかつてないほどの大乱闘に生き生きとしていた。
次々襲い掛かってくる暴力団やアメリカ兵、おまけに砲弾まで降り注いでいるが全くの無傷で相手を薙ぎ倒していく。その動きは軽くとも一撃はとても重い、それでもまだ本気で戦ってるというわけではないが。
「はっ!」
「ウゴッ!」
「グハッ!」
その少年に劣らず、空手と風の力を融合させた技を繰り出す紫月も次々と相手を地に伏せさせていく。その動きは風に舞う踊り子のようだ。
だが、紫月は銃弾が当たれば怪我をするということは分かっているのか、どちらかといえば銃を持ったものが襲い掛かってくる。しかし、風の力で弾道を逸らしているため全くの無傷である。
「このガキャ!!」
「うわっと!」
流石にチェンソーはまずいかも、と翔は振り回される刃を避ける。それでもジェイソンの面でも被ってくれたら映画のワンシーンみたいなのに、と思う余裕はあるのだが。
「死ね! 小僧!!」
「やだね!」
胴体を切断しようと振り回して来たチェンソーの刃の上を飛び、翔は柄の部分に拳を叩き込むと動き続けていた刃が吹っ飛び倉庫のシャッターを突き破った。
そして、さらにチェンソーを振り回していた男の頬を殴り付けて吹き飛ばす!
「ば、化け物だ!!」
「化け物、化け物ってうるせぇよ!! せめてテロリストと言え!!」
そういってまた相手を叩きのめしていく天下無敵のテロリストは、ついに大将を見つけた。紅蓮連合会会長の所木が出て来ていたのである。
「ツルッパゲ!!」
大柄でスキンヘッドの所木を見るなり翔は叫んだ。相変わらずな少年に紫月は吹き出す。しかし、相手は大物なのか、翔の低レベルな発言など気にしてはいなかった。
「止まれ、天宮翔!」
「やだね!」
「ならば……」
所木は銃を構えたが、翔は気にせず突き進んでいく。しかし、紫月は所木が向けている銃を見てはっとした!
「翔君! よけてください!」
「えっ?」
紫月が叫んだと同時に銃の引き金を引けば、銃口から発射したのはレーザー砲だった。
「あぶねぇ……」
間一髪、翔の髪を少し掠めた程度で無傷ですんだ。しかし、地面に綺麗な切り口を入れて周りが焦げ付いている。あと一瞬、紫月の忠告が遅れていたらさすがに危なかったかもしれない。
それから紫月がふわりと風を纏って舞い降りて来た。当然彼女は未だに無傷である。
「生きてましたか」
「ああ、助かった」
この一帯にいた紅蓮連合会もアメリカ兵も十分弱で数百人が翔と紫月に倒され、残りはこのメンバーを取り纏めていた所木のみとなった。
「ですが、本当にいつも油断ばかりしますね」
「いや、どうみてもただの銃かなと」
「実験で当たってみますか?」
「紫月……お前ホント秀兄貴に影響されて来たよな」
「秀さんならよけろなんて言わずにそのまま突っ込ませてますよ」
否定出来ないあたり、いかに秀が黒いのかよく分かる。おまけに当たって死ぬようならそこまでですね、と鼻で笑うような兄だ。紫月にはそこまで影響されてほしくないと思うのだった。
「それより、あなたが持ってるレーザー砲、ダニエル博士からのプレゼントですか?」
「ああ、その通りだ。このレーザー砲ならばいくら天宮家といっても死ぬ可能性があるとは聞いているが、こちらの目的はあくまでもお前達兄弟の捕獲だ」
ニヤリと笑うと金色の前歯が一本覗く。なんで暴力団とかやくざのイメージには金色が出てくるんだろう、と翔は思うが、とりあえず相手の要求をちゃんと聞いておくことにした。
「それで、俺達を捕まえて何がしたいんだ? 表も裏も牛耳るのに俺達みたいな一般市民じゃ役に立たないぜ?」
「うちのものもアメリカ兵も十分弱で壊滅させたのにか?」
「ああ。だってあんたのとこ弱小だろ? 高校生二人にやられるぐらいの」
所木はぴくりと眉を動かす。一応、高原二代目を狙う位置にいる権力者に弱小というのはさぞカンに障ることだろう。
だが、所木の目的はあくまでも翔達の捕獲だ。この程度で取り乱すわけにはいかない。
「弱小か……確かに天宮家にとってはそうかもしれない。だが、お前達兄弟の力があれば日本の権力は愚か世界もとれる!
どうだ? その力を私の元で使わないか? 世界の全てを自分の思うままにしてみたいだろう?」
所木は翔を誘惑する。翔一人の身が手に入るだけでもかなりの力が手中に収まる。そして、ゆくゆくは長男の龍の力を手に入れればいい。
長年この裏の世界に身を置いて来た性か、龍の写真を見た瞬間、手に入れなければならないと直感的にそう感じた。
楢原と繋がりが深いと聞いていたダニエルが、龍さえ手に入れば天下をも手中に収めることが出来る、と内密に漏らしてくれたことも翔を見ただけで分かる。
「世界ねぇ……」
「そうだ。毎日お前の思い通りの生活になるぞ?」
「そうか……じゃあ紫月、俺に毎日三食うまいもの食わせてくれて一緒に遊びに行って、しかも兄貴達の説教から庇ってくれるか?」
「料理ぐらいならしてあげます、遊びも気が向けば付き合います。ですが、龍さんのお説教から翔君を庇う理由が見当たりません」
「だよな。ってことだから俺の思い通りにならねぇから力は貸せないね」
「なっ!?」
「それともかわりに兄貴達の説教聞いてくれるのか? おまけに秀兄貴の拷問も受けてくれるのかよ」
あまりの内容にさすがの所木も混乱した。世界を手に出来るというのに、なぜか翔の望みは権力や金ではなく、食と兄達のことなのである。
しかもそれをあまりにも平然として言われては、返す言葉が見つからなくても無理はないのだ。
「まっ、それ以前にあんたに力を貸すなんてゴメンだね。俺を絶対服従させられるのは龍兄貴と沙南ちゃんだけだ!」
「ふざけるな!」
「おっと!」
翔は横に飛んでレーザー砲をかわした。所木がキレるのも無理はないが、もともと自分達に危害を加えてくるものに力を貸すつもりはない。
「われ、あんまり調子にのんじゃねぇぞ」
「そうですね、調子にのると油断しますし」
「おい、そこだけ同意するなよ」
「事実だから仕方がありません。それよりあのレーザー砲、さっさと破壊するか所木を倒すなりしてください。さすがに私はレーザー砲なんて当たったら無事ではすみませんから」
「へいへい。要するにツルッパゲが撃つより早く動けばいいんだろ?」
「なっ……!!」
首筋に衝撃が走った瞬間、所木はその場に倒れた。まさにレーザー砲が撃ち込まれる前に、翔は所木を悶絶させたのである。
始めからそうしてくれたらいいのに、と紫月は一つ溜息をついた。ただ、見事な動きには感心するが。
「そういうこと出来るんじゃないですか」
「へへっ、見直したか?」
「少しは」
「ん? もう少し文句ぐらい言われるのかと」
「言ってもいいですけど、その前に面倒を片付けてからです」
翔が後ろを振り返るとそこには今この場所にいない龍の偽物が立っている。姿形はそっくりでも、あの風格がないことから明らかに偽物だとは分かるのだが……
「おいおい、よりによって何で龍兄貴の偽物なんだよ……」
せめて秀だったらまだ遠慮なく戦えるのに……、と翔は思うのだった。
今回は翔と紫月ちゃんしか出てはいませんが、本当この二人の掛け合いってコント風……
まあ、秀さんと柳ちゃんは本当にラブラブしてますからいいかなあと。
むしろ翔君が愛を囁き始めたら龍さんや啓吾兄さんがこう言うはずです。
「自分達でも治せるか分からない難病だ」と……
そして、あっさり高原の後釜を狙っていた紅蓮連合会の所木は退場。
しかしそれもつかの間、龍の偽物が相手をしてくれそうです。
ある意味絶体絶命のピンチだぞ、翔!