第百一話:行動開始
今宵の横浜港は異様な空気に包まれていた。ただ暴力団関係者が銃やらナイフを持ってうろうろしている、それだけならまだドラマでもよくありそうな光景なのかもしれない。
しかし、何故そこにアメリカ兵やら戦車やら、おまけに上空には軍用ヘリまでが混ざっているのかと問われたら首を傾げてしまうところだ。そして、その現場に一般市民を近寄らせないように何故か出動してるのが自衛隊と警察。まさに横浜港は戦力の巣窟と化していたのである。
だが、自衛隊や警察の包囲網をあっさり抜け、工場の屋根の上に本日の主賓達は相手の戦力を確かめるべく蟻のような者達を見下ろしていた。
そして、ここには場の空気を読んでいない勘違い少年が一人いるわけだ。
「夏の夜の港かぁ、う〜ん、俺みたいな爽やか少年には似合う場所だよな」
「どこが爽やかなんです? 爽やかという言葉の定義を勉強してから使いなさい」
次男坊から相変わらずな毒舌が翔に浴びせられ一同はくすくすと笑う。これから殴り込もうというのに、実に緊張感のない一行である。
「とりあえず相手は準備万端みたいだな」
「ええ、だけど下にいる蟻数百匹が邪魔ですからね。翔君一人で片付けて来て下さい」
「えっ!? マジで俺一人でやっていいの!?」
「はい、構いませんよ。紫月ちゃんも参戦してくれるとさらに早く片付けられるんですが」
「分かりました。翔君が船を沈めないように面倒は見ておきますから」
「おい……」
「事実でしょう?」
今日は港が使えないようになっているのか、入港してくる船も出港する船もいない。しかし、港に停泊している大型船がいくつも見える。まるで壊して下さいとでも誘惑されているかのように並んでいた。
もちろん翔もわざわざ壊すつもりはないが、壊さないという保証がないため、それ以上何も言えなかった。
「それと念のために全員発信機は付けておいて下さい。相手がこの前のように僕達のうちの誰かに化けられては困りますからね」
「ああ、そういえば柳と次男坊に化ける人形がいたんだっけ?」
「ええ、啓吾さんに化けてくれれば抵抗なく殺れますけど、柳さんに化けられるとね」
「ああ、だがどうせなら俺の前にお前に化けた人形でも出て来て欲しいな」
互いに本物でも構わないがと笑っているのは確かで、龍は深い溜息をついた。なんでこの二人はいつもこうなんだと額に手を当てる。
「とりあえず翔、油断して紫月ちゃんに迷惑かけるなよ?」
「三男坊、紫月に何かあったら海に沈めるからな!」
「だからなんでそんなに信用ないんだよ……、ぐれるぞ!!」
「でも翔兄さん、不良達より僕達の方が罪状多いよ?」
「純……」
末っ子の鋭いツッコミに翔はがっくりと肩を落とすと、クレーンのように後ろ襟首を秀に掴まれて宙に足が浮く。
「じゃあ、翔君」
「えっ?」
秀は大きく振りかぶり、まるでボールを投げるかのように翔を蟻達の元に放り込んだ!
「いってらっしゃい!」
「うわあああっ!!!」
容赦なく投げられ、しかも翔自体を相手にぶつけて倒してるあたり、秀は本当に利用出来るものは何でも利用する性質である。
乱射される銃や砲弾の嵐にあっている翔に、まず当たっても死ぬことはないと分かっていても啓吾は同情した。
「……次男坊、お前本当に容赦ねぇよな」
「あれくらい何とか出来ないと突撃隊長なんて務まりませんよ。では紫月ちゃん、翔君の面倒よろしくお願いします」
「紫月、お前も無茶するなよ」
「翔君次第ですね。龍さん、すみませんが兄をよろしくお願いします」
そう言って一礼すると、紫月は風を纏って急降下していった。
「紫月がどんどん次男坊みたいになってきてる気がする……」
「僕としては優秀な妹を持つのは大歓迎ですよ」
「いいなぁ、紫月お姉ちゃん。秀お兄ちゃんがお兄ちゃんになってくれるなんて」
「夢華ちゃん、大丈夫ですよ。夢華ちゃんもすぐに本当の義妹になるんですから」
「えっ! 本当っ!?」
「はい、早く可愛い義妹になってくれると僕も嬉しいですからね。ねっ、柳さん」
「えっ、えっと……!!」
「次男坊、こんな時まで口説くな!」
しかし、紗枝はふと考え込んで啓吾に告げる。
「だけど啓吾、どのみち夢華ちゃんは秀ちゃんの義妹になるじゃない。純君の」
「これ以上俺を煤けさせるな……」
一番確定していそうな未来に啓吾は煤けていく。沙南も柳も確かにそうよね、と納得しているわけで。
「だったら龍お兄ちゃんは夢華のお父さんになってくれるの!?」
「お父さん……」
「だったら嬉しいな! 夢華、龍お兄ちゃんのお父さんみたいなところ大好き!!」
実に無邪気な笑顔に負けた二人目の犠牲者が生まれた。
「ゆ、夢華ちゃん……!!」
「ふふふ、お腹痛くなりそう……!!」
秀と女性陣は必死になって笑いを堪える。少なくとも龍をここまでへこました十二歳の少女はいない。
「兄さん、そう落ち込まないで下さい」
「秀……」
「そうよ、龍さん。それだけ夢華ちゃんにとって龍さんは魅力的だってことよ!」
「だけど沙南ちゃん、弟と同い年の女の子からお父さん……」
気持ちは分からないこともないが、とりあえず立ち直ってもらわないわけにはいかない。
「ほら、龍ちゃんも啓吾もちゃんとなさい! 帰ったらいくらでもグダ巻いてくれていいから」
「ああ。龍、さっさと帰って飲むぞ」
「そうだな……」
本当に大丈夫かと思いながらも、翔と紫月を除く一行は別行動を開始した。これが今回のトラブルの原因になるなんてまだ誰も予測していなかった……
一方、港一帯を包囲していた自衛隊の中にとある人物がこの横浜港に来ていた。
「なんか気にくわねぇな」
「菅原隊長、今日は妙な気を起こさないで下さいよ」
不良自衛官と名高い紗枝の兄、菅原森が今回この場所に出動していたのである。
そして、森の部下はいつも暴走する上官を止めなければならないわけだが……
「吉田、おかしいと思わねぇのか? さっきからドンパチやってる音しか聞こえてこねぇんだぜ? それなのに自衛隊は横浜港の包囲、一切の介入を禁ずるなんてよ」
「それが上からの命令ですからね! アメリカ軍が出て来てるから手を出すなって言われてるなら仕方ないですよ」
「だから余計に気にくわねぇんだよ!」
「ちょっと隊長、どこに行くんですか!」
銃を担いで森はジープから飛び降りるとニッと不敵な笑みを浮かべた。
「戦いにだよ」
「だからお前は破滅的馬鹿だと言ってるんだ」
「あぁ、なんだと!? んっ?」
森は目を丸くした。彼の目の前に二人の男が現れる。一人は警視、もう一人は新聞記者だ。そして警視はさらに続ける。
「どこかの国で野垂れ死にしてれば、世の中の女性から深く感謝されただろうにな」
「淳、良、どうしてお前らがここに?」
森の目の前に現れたのは土屋と宮岡だった。久しぶりにこの三人が合流したのである。
はい、ついに長いバトルが始まります。
まずは秀に投げ出された翔が相変わらず可哀相ですが……
まあ、紫月ちゃんもいますから大丈夫でしょう。
今回の主役は彼等ですからね、頑張ってもらいますよ!
だけど一番可哀相なのは龍兄さん……
夢華ちゃんに見事沈められています(笑)
お父さんみたいで大好きって……
無邪気な笑顔で言われて怒れず……
まだ若いのになあ、龍兄さん。
そしてついに紗枝の兄さん、菅原森が登場!
土屋警視に「破滅的馬鹿」、「どこかでのたれ死んだ方が世の中の女性のため」とまで言わせる不良自衛官です。
戦車で天宮家にやって来た経歴まで持つ彼ですが、土屋警視と宮岡記者とどんな行動を起こしてくれるのかお楽しみに!