第百話:意外な参戦者
「ええ〜っ!? 自宅謹慎!?」
「よかったね龍さん、久しぶりにゆっくりできるじゃない」
柳と沙南の反応の見事な対比に医者三人組は苦笑するしかなかった。
しかし翔は末っ子組に「自宅謹慎とは仕事を休んで自由を満喫することだ」といかにも間違った知識を植え付けてようとしているので、見事に龍からげんこつを落とされたわけだが。
「だけど兄さんが医者クビになったら篠塚家の家計は本当に火の車よね。生活費とかどうしよう?」
「大丈夫ですよ、姉さん。例え兄さんが稼げなくなっても私が頑張りますし」
「夢華も頑張るよ!」
「お前らな……なんで俺の自宅謹慎はそこまで悲観的になるんだよ……」
「だって兄さんだし」
「兄さんですからね」
「お兄ちゃんがんばって!」
妹達の言葉に啓吾はひどく惨めになった。家長って大変なんだなと純はその煤けた背中を見る。
しかしそれはそれで構わないというのが天宮家の次男坊である。
「柳さん、心配しないで下さい。例え啓吾さんが路頭に迷うようなことになっても柳さんは僕と結婚すれば問題ありませんし」
「秀さんっ!!」
「次男坊!!」
柳は真っ赤になりまた啓吾は暴れ出す。秀と啓吾の応酬を見ながら紫月はふむと頷いた。
「やっぱり男性に求められるのは生活力なんでしょうか」
「かもな。だけど秀兄貴って汚職を平然とやってのける政治家より性質の悪い稼ぎ方してるだろ?」
「いえ? 汚職政治家は善良な国民を騙して自分の懐に利益が入るようにしてますけど、秀さんは法は侵しても人の道を外れたりはしてませんから」
「ふ〜ん、意外とまともなのか」
法を侵してる時点でどうなんだろうと純は首を傾げるが、自分も小学生ながら前科数十ぐらい余裕であると思いつっこむのをやめた。
そして秀と啓吾が家に被害を出し始める前に龍は二人の間に入る。
「啓吾、秀、そろそろやめろ。お前ら最近やり過ぎだ」
見てみろと宙に浮かんだ物の数々とやけに暑くなってきた室内。二人はとりあえず力を解放することだけはやめたが、啓吾の機嫌は完全には落ち着いてはいなかった。
「龍はいいさ。開業資金ぐらい稼いでそうだし、医者じゃなくとも稼ぎ口はいくらでもありそうだしな」
「すねるな。それに俺だって医者以外になれる職業なんて思い付かん」
「全格闘技の世界チャンピオンになれるんじゃねぇの?」
「いいわねそれ。龍ちゃん、スポンサーにはなってあげるから」
「あっ、じゃあ僕は兄さんのマネージャーになります」
「あのな……もう沙南ちゃん、こいつら何とか言ってやってくれ」
しかしその話を聞いて沙南も目をキラキラさせて答えた。
「龍さん、皆で応援してるから!」
「頑張って龍兄さん!」
「龍お兄ちゃんファイト!」
こういった人間の集まりである。「だって龍さんには頑張ってもらわなくちゃ!」と沙南が言われればどうにもならないのだが……
「とにかく! そんなことにならないためにもまずは高原老の後釜を全て叩くこと、それとそいつらを操ってる可能性のあるダニエル・フラン博士を絞める! 最低これだけのことはやらなければならない」
「だけど高原の後釜四人を一つずつ潰していくのは面倒だよな」
「その点は心配いりませんよ、啓吾さん。四人を一遍に集める場所、そして一網打尽にする作戦はもう実行に移してますからね」
秀はニッコリ笑った。こういった表情をするときはあまり心配はいらないのだろう。
「だけどダニエル博士の勤める科学研究所はやっぱり殴り込みになるのか?」
「ああ、さすがに接点が全くないからな。相手に指示だけ出して自分は傍観者でいる、敵ながら見事だけどな」
「それがですね兄さん、宮岡さんが面白い情報を提供してくれたんですよ」
「先輩が?」
「はい、ダニエル博士は最新の科学兵器を開発することもそれを実験することもお好きなようなんですよ」
またもや満面の笑みを浮かべる秀の考えを読み取ったのか、あまり感心しないなと龍は一つ溜息をついた。
「……まさかその実験を受けてたつと?」
「はい、それが以外ダニエル博士を引っ張り出す手はありません。ですが、うちには科学兵器ぐらい平然として受けてくれる悪童がいますからね」
「ちょっと待った! なんで俺なんだよ!」
名前が出てないにも関わらず、翔はテーブルの上にガンと音をさせて身を乗り出す。しかしそれを平然として受け流すのが天宮家の参謀長官だ。
「天宮家の突撃隊長でしょ。最新科学兵器ぐらい何とかしてきなさい。それにもし何かあったとしても君のことは忘れませんよ」
「勝手に殺すな! それに人を実験台にしようとしてるだろ!」
「いえ? 科学兵器は危険な代物ですからね、冗談じゃ済まされないこともありますよ」
「最悪か!」
翔が文句の一つも言いたくなるのは分かるが、それでもその優美な笑みを崩す事なく続ける。
「だけどダニエル博士に君の名前で挑戦状を送り付けてやったら喜んでくれましてね、ちゃんと準備してくれてるみたいなんですよ」
「おい待て! なんで俺の名前で送ったんだよ!」
「まあそれはいろいろ事情がありましてね、兄さんや純君に迷惑かけるわけにはいきませんし」
「そうですね、確かに翔君の方が相手も舐めてかかってきそうですし」
「なんで紫月まで納得してんだよ!」
「それは秀さんの判断がベストだと私も思いますから」
あっさりと紫月にまで告げられると翔は撃沈した。何となく啓吾も翔が不敏にも覚えてきたが、本気で秀が弟を相手の手にかけさせるほど冷徹な兄ではないだろうと思う。
それでも命が削られるような思いぐらいはさせるのだろうが……
「それで秀、どこに行けばいいんだ?」
「はい、日本三大貿易港の一つ、横浜港ですよ。さらに正確にいえばその周辺の薬品工場とは名ばかりの武器工場になりますけど」
「へ〜、そんなとこで暴れたらまたでっかい損害になりそうだな」
「翔、船を沈めたりするなよ。ただでさえも環境汚染が問題になってるんだからな」
「いくら俺でもあんなでっかいもの沈められるか!」
「お前ならやりかねん!」
それには末っ子組も頷く。沙南や紗枝もそれには苦笑する。
「とりあえず兄さん、ダニエル博士が指定して来た場所に高原の後釜達も戦力を集結させるように手筈は整えてあります。今夜十時、一遍に叩き潰しに行きましょう」
「ああ」
そう話がまとまると純と夢華は今のうちにお昼寝してくると自室へ戻っていった。いつもなら末っ子達は家にいろと言ってるところだが、今回は絶対反乱まで起こして付いてきそうなので龍はこの作戦に加わることを承諾していた。
教育には悪いが二人とも足手まといにはならない。何より今回は自分達の傍にいた方が安全だとも思う。
「じゃあ、今回は私も参戦するわ」
「あっ、紗枝さんが行くなら私も!」
「えっ? それはさすがに……」
「龍ちゃん、楢原に殴られたにも関わらずあいつがまたうろついてるなんて私が許すと思う?」
「いや、だけど……」
「許せないわよね? 当たり前よね? この手で叩きのめしてやらないと気が済まないに決まってるわよね?」
「は、はい……」
龍が迫力負けしてる……と高校生組は意外な光景を見た気がした。
「それに心配はしないで頂戴。弾よけがいるから」
「おい、お前俺を盾にする気か?」
「どうせそれぐらいしか役に立たないんだからいいじゃない」
啓吾はまたも撃沈した。確かに啓吾の役目ってそれくらいだよなと妹達も納得している。だが、問題はもう一人の少女だ。
「沙南ちゃん、絶対危険なんだ。ここで待っていなさい」
「家が安全なんて保証はないわよ。だから私もいくわ」
「だけど何が起こるか分からないんだから」
「だから行くんでしょ? 相手は大君の後釜なんだよ? また私が一人でいるときに人質になったらどうするの?」
一歩も引くつもりはないと沙南の目は物語っている。どうやら込み入った話になるだろうなと二人をリビングに残して他の者達は退出していった。
「だいたいみんないつも狡いよ。私のことは置いていっちゃうんだもん」
「それは沙南ちゃんが大切だからだろう? 誰もが君には危険な目に遭ってほしくないって思ってるから」
「危険でもいいの! それでも皆と一緒にいたいの! お願い龍さん、連れていってよ。心配ばかりして待ってるのだって辛いんだから!」
沙南の目に涙が溜まり始める。彼女が泣くなんてことは生まれてから幾度となく見てきてはいるが、こんなに辛そうに泣きそうになってる顔なんて初めて見たかもしれない。
「……全く、主のそういった表情は反則だよ」
「じゃあ……」
「危険な場所には近付かないこと、俺の傍からはなれないこと。約束してくれるね?」
真剣に告げる龍に沙南はパアッと表情を明るくした。
「うん! ありがとう龍さん!!」
やれやれとは思いながらも、沙南が笑ってくれたことに龍は穏やかな表情を浮かべるのだった。
ついに百話になりました!
いや〜我ながら頑張った(笑)
さて、今回は医者達の自宅謹慎話から始まりましたが相変わらずの一同です(笑)
何より篠塚家の妹達はなかなかたくましいですね。
兄が路頭に迷っても紫月ちゃんが稼ぐ……
啓吾兄さんより稼ぎが良くなりそうな気もしますが……
そして戦いは港、そして工場と暴れがいのある場所にいっていただきますよ!
相手の戦力はかなりのものですがはたして天宮家に及ぶのか!?
だけど翔、今回は君が一番の犠牲者になります。
あなたの兄の黒さが君に絶体絶命のピンチをさらしてくれますよ(笑)
でも頑張れ、君はやられキャラなのだから!