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9 選択

「ワグドゥナードへ?」

「ああ、ようやく戻れそうだ」

「死神王の異名が知れ渡っていたようで、各地の領主達も協力的でしたしね」

「死神王!?」

「アズベル、余計なことを言うな」

「そうです。死神王の圧政を覚悟していた彼らの話に誠実に耳を傾ける。兄上の作戦勝ちです」

「ユーリ、舌を切られたいのか。

 クロエ、お前には感謝している。お前がいたおかげでシャルルが淋しい思いをせずに済んだ」

「そこなのね」

「なにか言ったか?」

「いいえ」

「まぁお前がロイドと結婚する時は十分祝いをやろう」

「!!なぜ知ってるの?」

「見ていればわかる。ただの王女と護衛ではないだろ」

「全く…お兄様は…人のことには恐ろしく鋭いわよね。なら言わせてもらいますが、ワグドゥナードに帰るとなるとシャルルローゼ様はどうされるおつもり?」


「シャルル?」

「たしかにクロエ姉様のおっしゃる通り、それは重要な問題ですね。

 お生まれだけで申し上げるならシャルルローゼ様はダッガード王女で、一応は、使いたくない言葉ではございますが、捕虜でございます」

「だからなんだ」

「立場を明確にされるのがよろしいかと…ここでは皆シャルルローゼ様の境遇やお人柄に好意的な者ばかりですが、ワグドゥナードに戻ればそうはいきません」

「普通に考えればお兄様と時間を過ごしたり、食事を共にするなんて考えられないものね」

「その通りです」

「シャルルの立場ねぇ…」


「ざっと考えますと選択肢は3つです」

「言ってみろ、ユーリ」

「まず捕虜として城内の牢で幽閉」

「絶対に却下だ」

「2つ目、捕虜としてクロエ姉様の邸宅預り。表向きは幽閉でも侍女扱いでも良いかと」

「あくまで表向きね。私のところなら今と変わらない生活をさせてさしあげることができる。どうせ誰も確かめにも来ないし、皆すぐに興味をなくすでしょう」

「シャルルローゼ様に注目を集めないようにするなら姉様のところ一択ですよね」

「アズベルの言う通りです。そして3つ目、兄上との結婚」

「…………あ?」

「ですから、兄上と婚約するのです。勝戦国の王族が敗戦国の王女を娶るなどよくある話じゃないですか」

「お兄様の婚約者なら誰も何も言えないし」

「待て、シャルルはまだ子どもだぞ」

「子ども?お兄様、シャルルローゼ様はつい先日15歳になられたわ。15歳での婚約なんて珍しいことじゃない、王族ならなおさら」

「エマンダが婚約したのは12歳の時でしたよ」

 アズベルの言う通り、大のライアン好きなエマンダだが、実のところ彼女にはきょうだいの中で唯一婚約者がいる。


「エマンダの場合は相手の公爵令息も同年齢だっただろ。俺とシャルルでは年が離れすぎている」

「兄上、お言葉ですが、6つ違いなど離れすぎている範疇には入りません」


「ライアン兄様、ユーリ兄様、第4の選択肢を提案します」

「なんだ、アズベル」

「はい、俺がシャルルローゼ様と婚約します」

「はあ?」

「兄様が年齢を気にされるなら、俺が一番年齢は近いです」

「たしかにアズベルの婚約者でも、文句をつける者はいないですね」

「アズベルにケンカをふっかけるなんて愚の骨頂だものね」

「はい。けれどライアン兄様、もしそうなったら申し訳ないのですが、俺の婚約者と夜2人きりで散歩など今後一切、絶対、何があってもしないで下さいね。必要以上にシャルルローゼ様に近づくことは」

「却下だ」

「え?」

「アズベルとの婚約は却下」

「では…」

「保留にする」

「「「は?」」」

「俺の婚約者…かクロエのところへ移るか…保留だ。今日の話はここまでだ」


 実を言うとこれまでのユーリヤルド、アズベル、クロエの発言は全て3人で示し合わせたものだった。

 シャルルローゼへの気持ちを自覚しているのかいないのか、自覚していないなら自覚させるのはワグドゥナードに戻るタイミングでしかない、と以前より話し合っていた。

 まさかその答えが「保留」になるとは予想もしなかったが。しかしライアンにそう言われたら仕方がない。


「無自覚の壁は厚かったわね」

「しかしアズベル案は揺さぶりとして成功だったのではないですか」

「それにしてもまさか兄様が恋愛に関してこんなにポンコツだったとは」

「結論を待つしかないわね」


 〜〜〜〜〜〜〜〜


 コンッコンッ

「入るぞ」

「陛下!」

 シャルルローゼの顔が綻ぶ。自分に気づいた時の彼女のこの笑顔が好きだ。アズベルに「今後一切、絶対しないで下さい」と言われて浮かんだのもこの瞬間の笑顔だった。


「シャルル、こっちへ」

 カーテンが開けられた窓からはところ狭しと輝きを放つ星いっぱいの夜空と弧を描く月。

 初めて2人で見たのもこんな夜空だった。


 窓枠に腰掛けたライアンと向かい合って立つシャルルローゼの視線が合う。


「シャルル、ついにワグドゥナードに帰ることになった」

「え……………そ…うなんですか……」

「なんだ、その顔は」

 ライアンがシャルルローゼの鼻をクイクイッとつまんだ。

「陛下、お戯れは…」

「ハハハ、置いて行かれると思ったのか?」

「え?」

「お前はすぐに気持ちが顔に出てわかりやすいな……一緒にワグドゥナードに帰るぞ」

「……」

 どう言葉を返せばいいかわからない様子の彼女の手を取った。


「シャルル、俺と結婚するか?」

「えっ」

「ワグドゥナードに戻るにあたって、お前の立場をはっきりさせる必要がある。俺の中にある選択肢は2つ。俺の妻にするか、クロエに預けるか」

「クロエ様…ですか?」

「ああ。王城にいるよりずっと自由だ。誰もシャルルの立場など気にしなくなるだろう。それは俺もいいと思う。クロエとも仲良くやって…」

「私は…陛下さえよろしければ…私は…陛下のお側に……」

 握った手が震えている。


「シャルル、俺はお前に何も強いたくない。お前はもう十分辛い思いをしてきた。可能な限り好きなことをさせてやりたいと思っている。なのに年の離れた俺との結婚を無理に強いるのは…」

「違います、陛下、そうではありません」

「そうではない…?」

「陛下、私は陛下をお慕い申し上げております」

 震えていた手がライアンの大きな手を強く握り返してくる。


 真っ白でしなやかな手を見つめながら彼は続けた。

「シャルル、それは…そうだな、生まれたばかりのひな鳥は卵から出たとたん見たものを親と思うそうだ。つまりシャルルが俺を慕うのは…」

「ひな鳥と同じだとおっしゃるのですか?」

 微かに震える声に顔を上げたとたん、手にポツリと雫が落ちた。

「シャルル…」

 涙を見せまいと背けられた頬に手を当てる。


「陛下は私のことをわかりやすいとおっしゃったではありませんか?私の思いはわかりやすくはありませんでしたか?」

 そう言われて思い返す。


 地下の部屋で初めて会った時から自分のことだけを信じていた彼女を。

「世界を見せて下さりありがとうございます」と笑った顔を。

 城を留守にすると伝えたときの翳った表情を。

 そして何よりも自分が一番好きな笑顔を。

(ああ…そうか…そうだったのか…)


「私は誰かを好きになるということがどのようなことなのか…わかっていないのかもしれません。でも陛下をお慕いしている気持ちは本当です。他の方に親切にして頂いても、陛下を思うように思うことはありません。ユーリヤルド様にもアズベル様にもロイド様にも」

「ちょっと待て、なぜここにロイドが出てくるのだ?」

「ロイド様はクロエ様の護衛をされているので、時々お話しする機会はあります。陛下がお留守をされたときもとても親切にして頂きました」

「あいつめ、俺のいない間に…クロエの相手だからと油断していた」

「違います、違います、ちゃんといつもクロエ様もいらっしゃいます。それに、だからロイド様は関係ないのです。私がお慕い申し上げているのは陛下だけです」


「シャルル、聞いてくれるか?俺は……結婚はしないつもりだった」

「あっ……!も、申し訳ございません!私…勘違いをっ…なんてこと…」

「違う、違うんだ」

「申し訳ございません、なんて図々しいことを!お忘れ下さい、私ったら…なんてこと!」

 繋いだ手を振りほどき、ライアンの前から逃げようとするその細い腕を掴み引き寄せる。

「違う、シャルル、違うんだ、大丈夫だ、聞いてくれ」


 胸の中ですすり泣き始めたシャルルローゼを強く抱きしめた。

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