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8 死神王

 その日、城はピリピリと張り詰めた緊張感に包まれていた。


「警備は問題ないな、ウェルム。外からも協力者の侵入があるかもしれん、ぬかるなよ」

「御意。王女殿下には指一本触れさせません。それにしても我々の懐に飛び込んできて、本当に欺けると思っているのでしょうか?」

「まずは無事城を出られるかどうかを心配すべきだがな」


 そうして夜の帳が下りた頃、ついにボルダー教皇一行が到着したのだった。


「ワグドゥナード、すまないが今夜はもう遅い。城に泊まらせてはもらえないか」

「ええ、もちろんでございます猊下」

(もともとそのつもりで来たのだろう。なるほど夜中の間にシャルルを連れ出すつもりだったか)


「猊下、お探しの品はなんでしょう?よろしければこちらでお持ちいたしますが」

「ああ…おそらく執務室に置かれてあると思うのだが。問題なければ私が探しに行くが」

「そうですか…それは助かりますね。こちらも何かと仕事が立て込んでおりまして。では執務室に一番近い部屋をご案内させましょう。お探しものをされるのにも便利でしょうから」

「気遣いすまぬな」

(なんとわかりやすいことか)

「それと、我々は明日の早朝にも出立する予定だ。暇な身ではないのでな。見送りは不要と心得よ」

「かしこまりました」

(俺から逃げられると思っているのか)


 〜〜〜〜〜〜〜


「な、なんだこれは」

 シーツをめくりそこにあったぬいぐるみを見てボルダーが目を見開いた。


「ふははは!探し物はそれではありませんでしたか?あなたから贈られた物だと聞きましたが、教皇猊下」


 今や主のいなくなった独房のような地下の隠し部屋にライアンの笑い声が響いた。

 シャルルローゼがどうしても要らないと言いはったぬいぐるみは、シーツをかけるとちょうど彼女が寝ているような膨らみを作った。


「ワグドゥナード…なぜ……どこだ、あれはどこだ!あれは私のものだぞ」

「あれ、とはなんのことでしょう」

 その声は地を這う毒蛇のごとく静かな殺気を纏っていた。


「とぼけるなっ!早く渡せ!私はあれが生まれた時からずっと面倒を見ていたのだ。あれは私のものだ、今さら横取りなど許さんぞ!」

「面倒をみた?こんな地下部屋に押し込んでおいて何が面倒をみただか」

「あ、そうか、なるほど、わかったぞ、初潮か!来たのか!」


 ライアンの比類なきと呼ばれる美しい顔面が嫌悪で歪む。


「そうか、もう殺ってくれたのか?それにしたって横取りは許さんぞ、ワグドゥナード。私はいつもあれを見るたびどこから食べてやろうかとゾクゾクしていたのだ。そうか…ついに私が全能の力を得る時が…なんだその目は?ふんっ、どうしてもと言うなら腕の一本くらいやらんでもないがな。あれの指でもしゃぶって…ヒッ!」

 喉元で剣先が光る。

「な、な、なにをする…」


 ドタッドタッドタッ

 ボルダーの側仕え兵達が、自らの剣を手にする間もなくアズベルの足元に倒れた。


「ワグドゥナード、よせ、わかった。なんならもう少し分けてやっても」

「黙れ、鬼畜がっ」

「な、な」

「鬼畜猊下殿、生憎、白銀の娘は疲れて眠っております。毎日毎日陽光の下で遊び回っておりましてね」

「!!!なんてことだ…やめろ…嘘だ」

「それと申し訳ありませんが…もはや純潔でもありません」


 もちろんどちらも真っ赤な嘘だ。しかしライアンは憎悪の限りを込めてニヤリと笑ってみせた。


「いい味だった」

「貴様、なんてことを!ぐぅっ」

 剣先が肌に突き刺さる。

「ま、待て、ワグドゥナード。わかった、あれはやる、おまえに全てやろう。代わりに子どもを差し出せ」

「なんだと?」

「白銀でなくても構わん。あれの子どもなら多少は力があるかもしれん。ワグドゥナードそれで手を打と…」


 大きく見開いた目が一瞬で焦点を失った。ライアンの剣は喉を貫通し、堪らず振られたアズベルの剣は背中から心臓を貫いていた。

「シャルルローゼだ。あれ、ではない」


 ワグドゥナード前国王の突然死。

 国と命を奪われたダッガード国王。

 今やワグドゥナード領となった元ダッガード王国の渓谷下で粉々になって見つかった教皇専用馬車ーー教皇の遺体を回収するのは難しいとワグドゥナード王国から教会へ伝えられた。


 新国王即位からわずか1年余り。まとわりつく死の香りに、人々はライアンを『血塗られた城の死神王』と呼び怖れた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜


 ダッガード王国併合に伴う多岐にわたる仕事もいよいよ佳境に入り、ライアンは日々忙殺されていた。しかしその中でも朝食と夕食は必ず皆でとった。


「考えてみれば我々が揃って食事をするのは今が初めてですよね」

「ほんとだわ、たしかにアズベルの言うとおりね」

「幼い頃はそれぞれ別に食べていましたよね。兄上やアズベル、エマンダとは最近になって共に食事をとることはありますがクロエ姉様となると。いっそ初めてではないですか」

「父上の生誕のお祝いの席にも姉様は来られなかったですもんね」

「可能な限り近づきたくなかったのよ…女性達にね。でもそう考えると、こうしてきょうだいで集まることが出来たのはシャルルローゼ様のおかげね」

「え?私ですか?」

 突然自分に話が回ってきたシャルルローゼの顔が真っ赤になる。


「フッ、シャルルはすぐ真っ赤になるな」

 ライアンの言葉に彼女は両手で頬を隠し俯いてしまった。

「ハハハ…すまん、すまん、からかったわけではない。可愛らしいと思っただけだ。気にするな」


 ライアンの無自覚なシャルルへの愛情表現にきょうだい達の間で視線の会話が飛び交う。

(無自覚なの?本気で無自覚なの?)

(完全な無自覚でしょう)

(兄様がまさかこんなに甘いなんて)


「そ、それより私の方こそ図々しくこうしてこの場にご一緒させて頂いておりますこと、申し訳なくもありがたく思っております」

「は?やめろ、シャルル、自分を卑下するような言い方はするな。俺が良いと言っているのだ、何も気に留めることはない」

「…はい。ありがとうございます」


 クロエは知っていた。そうやってライアンが彼女を受け入れている態度を示すたびに、シャルルローゼがそっと涙を拭っていることを。


 シャルルローゼは日に日に誰の目から見ても健康的になっていった。

 陽の光を浴び、煌めく星を眺め、花や草木の香りで身体を満たし、鳥たちの囀りは心に優しく語りかける。

 そうした毎日は、美しくも真っ白で冷たい雪のようだった肌に、薄っすらとピンク色の生命を与え、みずみずしさと艶やかさは眩しいほどだった。


 ことあるごとに大きく開かれる瞳も、楽しそうに笑う声も可愛らしく、そのコロコロと変わる豊かな表情は周囲の者…とりわけライアンにあたたかい安らぎを与えた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜


「明日から数日、城を空ける」


 ある日の夕食でライアンがそう伝えると、シャルルローゼの表情が一気に翳った。

「クロエ、兵は残していく、頼んだぞ」

「ええ、お兄様。私の護衛もアズベルほどではないけれどそれなりに腕は立つわ。ご心配されませんよう。お気をつけていってらして下さいませ」

「ああ…フッ…シャルル、そんな顔をするな、いくつか領地を回るだけだ、すぐ戻る。クロエもいるし心配するな」

「はい」


(心配じゃなくて)

(お淋しいのですよ)

(兄様がまさかこんなに鈍感なんて)


 〜〜〜〜〜〜〜


 コンッコンッ

「入るぞ」

「陛下」


 夕食後、ライアンがシャルルの部屋を訪ねた。2人は時折こうして寝る前の時間を共に過ごす。

 いつかユーリヤルドにその理由を問われたライアンはあっさりとこう答えた。「シャルルといると1日の疲れが取れる」


「庭園を歩いてみるか」

「よろしいのですか?」

「ああ、シャルルが疲れていなければ」

「私は平気です。陛下の方がお疲れかと」

「そうだな、少々疲れてはいる。そして明日からはもっと疲れる。その前に少し息抜きだ。つきあってくれるか?」

「はい、もちろんでございます」


「夜の庭園を歩くのは初めてです」

「そうか、これからは時々歩こう」

「はい……花の香りを昼間より強く感じます…ふふ、声もよく響きます」

「ああ、たしかにそうだな」


 まだ長く歩くにはシャルルローゼの足の筋肉は十分に発達していないため、一度の散歩に医師から許されているのは数分程度。それでも2人は今日は何があったか、どう過ごしたかなど他愛もない会話で笑い合った。


「さぁ戻ろう」

「……はい」

「フッ、そんな残念そうな顔をするな。また戻ったらいくらでも散歩はできる」

「はい…キャッ…陛下?」

 ライアンがシャルルローゼの身体を抱き上げた。

「お姫様はもう今日は十分歩いただろうからな」


 〜〜〜〜〜〜〜〜


 視察へ出かけたライアンが戻ったのはそれから5日後のことだった。

 シャルルローゼとクロエに迎えられ、久々に5人で食事をし、ライアンは自室へ戻った。


「ユーリ、クロエを呼べ」

「はい」


 何事かと入室したクロエに告げた。

「クロエ、ワグドゥナードに戻るぞ」

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