7 生贄
「ダッガードの歴史を紐解くと白銀の髪を持つ少女にたどり着くわ。不思議な力を宿した世にも美しい少女。何世代かに1人生まれるその子こそ、ダッガード王家の始まりとされているの」
「それが始まりなら、どうして侍女は王女の力のことを知らなかったのでしょうか?」
「ウェルム団長、それはこれが知る人ぞ知る闇の歴史だからですわ」
「闇の歴史」
「ええ、人々が知っているのは表向きに作られた歴史でしかありません」
「不思議な力とはなんだ」
「浄化よ。物を浄化する力。人々を病から救い、自然には恵みと繁栄をもたらすあの浄化」
「教会で使われている浄化と同じ意味か?」
「ええ」
「白銀の少女、浄化の力、ダッガード王家、浄化の石、教会…」
「アズベル、そこに『ダッガードは無税』を足してみろ」
「教会からダッガードへの……え?え、単にルーン石を納入してるからだけじゃなく?」
「おそらくそれ以上の話だな。アイツらが自分たちの祈祷によって浄化された石だと奉っているものは娘の力で出来てる」
「神話だから真偽は不明だったけど。彼女はその生き証人ね」
「なるほど、お前が飛んで来るわけだ」
「歴史学者の性よ」
「やはりルーン石が王女の部屋にあったことには意味があったんですね」
ユーリヤルドがつぶやく。
「どうやって浄化する?」
「呪文のようなものを唱えるらしいわ」
「部屋に閉じ込める理由は?」
「白銀の少女が浄化の力を持つには2つ条件がいるの。日光に当たらないこと。そして純潔であること」
「それで地下の隠し部屋か」
「拐されたりしても大変だしね、そりゃあ必死になるわよね」
「でもそれならそもそも教会で預かったほうが話が早くないですか?」
「アズベル、何言ってるの?そんなことしたらダッガードには旨味がないじゃない。切り札を手放してどうするの」
「クロエ、初潮はなにか関係があるのか?」
「大アリよ…そこがこの話の闇も闇。覚悟してね」
「なんだ、焦らすな」
「白銀の少女の力は初潮が来たら消えるといわれているわ。でも問題は力が消えた後」
「どうなる?」
「殺されるわ」
「え?お役御免ではなく、ですか?」
「ええ、ユーリヤルド、違うの。彼女は殺されて…力を欲する者たちに食べられるの」
「え…食べ………?なぜですか?なぜ…そんな…」
沈黙を破ったのはウェルムだった。その言葉を発するのも苦痛だというように眉根を寄せている。
「消失した力はそれでも彼女の身体に残っている、とされているからよ。しかも口にすることで不老不死、全能、人智を超えるあれやこれや…まぁ絵空事の数々が得られると考えられていたみたい」
「バカバカしい。そこに教皇が関わっているということでしょうか?」
「ん〜そこが問題ですよね。ダッガードにとって一族繁栄の祖になるくらい大切で貴重な存在を簡単に外の人間に漏らすとは思えないんです。だから今回は何かの事情があって教皇の知るところとなったんじゃないかと…現に私も知ってたことだし」
「そしてダッガード国王はずいぶんマヌケだったと」
「金に目が眩んだか」
「王妃の散財も激しかったようですし、国の財政もかなり逼迫していたようです。教会への税が免除されているのにもかかわらずですからね」
「それにしたってバカバカしいにもほどがある。不老不死になったヤツをまず連れて来いって話ですよ」
「ほんとにアズベルの言う通り。生贄の少女の存在が史実だとしても、だからといってこの大陸でダッガードが支配国になったことなどない。彼らが他より飛び抜けて秀でたことなんてないのよ。でも彼らは信じていた。まさに妄信ね。
そしてそれらを得るために彼女の血、瞳、爪、皮膚、内臓…すべてを余すことなく…」
「よくわかった、もういい」
シャルルローゼの柔らかく微笑んだ顔が浮かんだ。
誰かと食事をするのが嬉しいとはにかんだ笑顔、置いていかれると涙を浮かべた瞳、抱き上げた時のあまりにも軽い身体、陽の光を浴びたことのない真っ白な肌、そして時々キラキラと光る白銀の髪。
彼女は自分の未来を知っていたのだろうか?いや、知っていたら正気ではいられなかったはずだ。
しかし未来を知ろうが知りまいが変わりはない。あの陽光も射さない、誰もいない部屋で1人で絶望の中…いや、違う、少女の中に見たものは絶望より残酷な…そう、諦めだ。
「ユーリヤルド、教皇に手紙を出せ」
「え?」
「喜んで迎え入れると」
「いいんですか?」
「ああ。但し、無事に帰れるかどうかは別だ」
「あ〜ちょっと待ってよお兄様、まさかとは思うけど教皇を?正気?ただじゃ済まないわよ」
「クロエ、よく聞け、教皇を乗せた馬車だって崖から落ちることはある。事故だ」
ライアンの顔に浮かぶその笑みに、もはや議論の余地などないことを全員が悟った。
しかし議論したいのか、ライアンを止めたいのかと問われたら、全員答えは否だった。
「兄上、どこへ?」
突然勢いよく立ち上がったライアンに驚く。
「シャルルに陽の光を浴びさせる」
「はい?」
「陽の光を浴びさせて浄化の力など今すぐ消してやる」
部屋から出ていくライアンの背にクロエが呟いた。
「なに?お兄様どうしたの?」
「クロエ姉様、兄上は王女のこととなると少々おかしくなるようです」
そう言い残してユーリヤルドとアズベルが跡を追って出て行った。
「どういうことでしょう、ウェルム団長。お兄様に限って…まさか…まさか…」
「私にもわかりませんが…でも…たしかに陛下は王女殿に対して…なんと言いますか、我々の知らない顔をされますね」
「へぇええぇ、ふふ、何にせよ珍しいものが見られるということですわね、少し滞在を延ばそうかしら」
〜〜〜〜〜〜〜
「入るぞ」
部屋に入ると、シャルルはちょうど起き上がり白湯を飲んでいた。
「熱はどうだ?」
「ようやく下がってきたようでございます。シャルル様のお顔のお色もよくなって」
「わかった。……シャルル、窓を背にしてこちらを向いて座れるか?」
ライアンはそう言って彼女の隣に腰を下ろした。
「いいか、これからほんの少しカーテンを開ける。外を見せてやりたいが、お前にはまだ早い。しかし今、どうしてもカーテンを開けて一瞬でもお前の身体に陽射しを浴びせたい」
「は…い」
ライアンの言っている意味がわからず、シャルルローゼは不思議そうに頷く。
(それでいい。意味なんてわからなくていい)
「目を閉じていろ…アズベル、カーテンを」
室内灯だけの部屋に陽射しが挿し込んだ。その柔らかな光は真っすぐにシャルルローゼとライアンだけを包み込んだ。
「あたたかい…これが太陽の光ですか?」
それはシャルルローゼが初めて感じた陽射しだった。背中がじんわりあたたかい。
「ああ、そうだ。太陽の光は生きとし生けるもの全ての源だ。その光はあたたかく我々を照らしてくれる。……よし、アズベル閉めろ」
「シャルル、目を開けていいぞ。医者から言われたと思うが、お前の身体と目を陽射しや外の空気に慣れさす必要がある。ゆっくり慣らしていけ。すぐに外で散歩もできるようになる」
「散歩」
「ああ、そうなったら朝から晩まで外で遊べ。好きなだけ太陽の陽射しを浴びろ。今少しの我慢だ」
「はい」
「ざまぁみろ、浄化の力などクソ喰らえだ」
シャルルローゼの部屋を出るなりライアンが毒づいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翌日、改めてシャルルローゼにクロエを紹介した。
「シャルル、今日の夜は皆で食事をとろう」
「皆で?」
「ああ、我らきょうだいとシャルルとでだ」
クロエと、ライアンの後ろに控えるユーリヤルド、アズベルがシャルルローゼに笑いかけた。
「でもその前に、私と今からお茶でもいかがかしら?」
「よろしいんですか?嬉し…光栄です」
「ふふ、いいのよ、気兼ねしないで……というか、かわいい!」
言うなりクロエがシャルルローゼに抱きついた。
「キャッ」
「おい、クロエ、いきなりなんだ」
「うふふふふ、だってなんて可愛らしいの」
「で、殿下の方がお美しうございます」
「やめて、クロエでいいわ」
「まぁいい、とにかくシャルル、またあとで」
「はい、ありがとうございます」
シャルルの頭に軽く手を置き笑いかけるとライアンは部屋をあとにした。
「ウソでしょ…お兄様ってあんな風に笑えたの?」
「クロエ様?なにか…」
「ううん、なんでもないわ、珍しいものを見たなぁ〜ってね。さて、とりあえず座りましょう」
〜〜〜〜〜〜〜
夜になり食堂に入ると既に席についていたクロエとシャルルローゼが立ち上がり膝を折った。
「ん?シャルルローゼ、なんだか雰囲気が違うな」
「あ、あの…その…クロエ様がお化粧と髪を結って下さいました」
恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「ああ、なるほどそのせいか」
「だって今日はシャルルローゼ様が初めて食堂で親しい人と食事をするのよ、記念の日だもの」
「それはそうですが…私なんか似合わないと申し上げたのですが」
「そんなことないわ、すっごく似合っているわ、ねぇお兄様」
「ああ、そうだな、シャルル、美しいぞ」
「「「えっ!」」」
クロエとユーリヤルド、アズベルが目を丸くしている。
「なんだ?」
「いいえ」「別に」「何もありません」
「なんなんだお前たちは。…そうか、食堂での食事は初めてか」
ここは紛れもなくダッガード家が食事をしていたであろう食堂なのだが。
食事の間中、シャルルローゼはとても嬉しそうに楽しそうに笑っていた。
驚くことに彼女の食事マナーは完璧だった。
「なにか失礼はありませんか?」
不安そうに尋ねる彼女にユーリヤルドが答えた。
「いいえ、何ひとつ問題ありません」
「良かった。クロエ様に教えて頂いたんです」
「教えるまでもなかったわ。既にちゃんと学んでらしたもの。お母様から教わったのよね」
「はい」
「そうか」
「あ、そうそうお兄様、ここにいる間、シャルルローゼ様に勉強をお教えしようかと思うの。いいかしら」
「勉強?」
「ええ、どうかしら」
「シャルルローゼはどうだ?」
「はい、今日少しクロエ様とお話させて頂いて。知らないことが多くて。学びたいと思いました」
(真っすぐだな)
華奢な見た目や控えめな話し方だが、本来の彼女はきっと意志が強く賢い女性なのだろう。その真っすぐな瞳をライアンは気に入っている。
「なら問題ない。学びは必ず自身を守ってくれる。励め」
「はい」
シャルルローゼは嬉しそうにクロエと微笑み合った。
その夜、ライアンはシャルルローゼの部屋を訪れた。
「今日は疲れただろう?」
「いいえ、嬉しいことばかりでした」
「そうか、なら良い。シャルル、こっちへ来てみろ」
窓辺へ手招いた。カーテンを開く。
「え…………これは…なんで…す…か」
シャルルローゼは窓の外に広がる夜空を呆然と見つめる。瞬きすら忘れたようだ。
「太陽が沈み月が我々を照らしてくれる時間。今なら外を見ても大丈夫だ」
「……………」
「どうだ、これが夜だ、夜空だ。そしてあれが月」
「夜…月…」
「そうだ。それはわかるか?」
「はい。本で読んだことはあります」
「そうか。真っ暗な空、星、月…夜空だ」
ライアンはひとつひとつ指差しながら教える。
「この下は庭園だ」
夜とはいえ所々に灯りがあり、草花の形はわかる…見慣れているライアンには。
「庭園…お花や草木がある?」
「そうだ。暗くて色はわからないが、色とりどり様々な花が咲いてとても美しいぞ。花はわかるな?部屋にもあるしな」
「はい。でも花瓶に入った花しか見たことはありません」
「ああ、そうか…またそのうち外で見せてやろう」
「………………本で読んで絵で見て、何度も何度も思い描いておりました……でもどうしてもよくわからなくて…これが夜…これが外の世界なのですね…想像していたものと全く違います…想像していたよりずっとずっとずっとキレイ…月、空、星、木、月、星……」
ライアンはシャルルローゼの頬をつたう涙をそっと指で拭ってやった。
「昼に見ればずっと先まで見渡せる。世界は広いぞ、シャルル」
「陛下……ありがとうございます…私に世界を見せて下さり……ありがとうございます…」
「礼を言うのはまだ早いな。昨日も言ったが、太陽の出ている時間に思う存分外で遊べるようになったら、その時また礼を貰い受けるよう」
「ふふ、はい」
その日はしばらく2人で夜の世界を静かに過ごした。