3 隠し部屋
「いや〜予想以上にあっけない終わりでしたね」
酒で顔を真っ赤にしたアズベルがご機嫌で第一声を発した。
ダッガード侵攻を決断してから僅か半年足らずの今、ライアンと腹心たちは元ダッガード国王の執務室で祝杯をあげていた。
「それもこれもチェナ王国との小競り合いのおかげです、ウェルム団長」
「いいえ、ユーリヤルド様、サラバド卿の提案を受けて下さった陛下のご英断です」
「ウェルム団長、今日くらい我々も叔父に戻っていいんじゃないか」
笑いながらオーウェンがウェルムの肩を叩いた。
「チェナ王国からの戦争の要請はこれ以上ない吉報だったな」
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時に国王は意図的に戦争を起こすことがある。
それは、貴族の力を削ぐ為であったり、自らの失策により財政が苦しくなった為であったり、或いは単に求心力を高める為であったりする。
そしてその戦争は相手国を急襲するものもあれば、逆に事前に相手国と取り決めを行い終結の段取りをしてから始めることもある。
戦争を始めたはいいが、逆に攻め込まれ自身の安全が脅かされては元も子もない。
その全ては国王とごく一握りの側近のみの間で決められる。
ウェルムとサラバド卿を通じてチェナ王国から提案されたのは小規模の戦争だった。
それをライアンはふたつ返事で了承した。これほどのカモフラージュがあるだろうか。
チェナ王国と国境付近で戦争をしているワグドゥナード王国が、裏では着々とダッガード王国侵攻の準備をしているなど誰が想像できよう。
事実、執務室で2国の戦況報告を受けていたダッガード国王は、自国の王都へ毎日少しずつ入り込み身を潜めているワグドゥナード軍兵士がいることなど思いもしなかった。
そして戦争が終結したようだと報告を受けた翌朝早朝、目が覚めた時には既にダッガード王城はワグドゥナード国軍に囲まれていた。
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「それにしても国王が背に矢を受けて絶命するなど恥さらしもいいところだ。末代まで笑われるぞ」
「もはや末代の心配はいらないんじゃないですか」
「根絶やしにした我々に感謝してもらいたいくらいだ、な、ユーリ」
「しかし兄上、教会との繋がりを知る者がいなくなってしまったんですよ、証拠を探すのが一苦労です」
「そもそもあるかどうかもわからない証拠ですしね」
ウェルムがユーリヤルドの意見に同調する。
「案外すぐに見つかるんじゃないですか。腰抜け国王にそんな複雑なことをする知能なんてないですよ」
しかしアズベルの見立ては大きく外れ、教会との繋がりを示す証拠はなかなか見つからなかった。
「もう1週間になりますね、陛下。証拠が隠されていそうな場所は探しているつもりですが」
「まぁ気長にやるしかない。そればかりをしているわけにもいかないしな」
そうなのだ。証拠を探すのも大事だ。しかし今は自国の領土となったダッガードの機能不全に陥っている内政を正常に戻すこと。それが第一なのだ。
朝食を済ませ、食堂から執務室に向かう廊下でも彼はユーリヤルドが山のように抱えている書類に次々と目を通していく。
執務室に入ったところで、ライアンの足が止まった。
「陛下?」
「誰か入ったか?」
「え?」
「昨日俺が執務室を出てから、この部屋に誰か入ったか?」
「いいえ、私は入っておりませんし、誰も入っていないはずですが…」
「見ろ、敷物の位置がズレている」
「え?あの敷物…ですか?ズレて…いますか?」
命を狙われることが当たり前のような幼少期を過ごしてきたライアンの勘は恐ろしいほどに研ぎ澄まされている。ちょっとした変化や微妙な違い、ふっと感じた違和感。彼は自分の感じたそれらの感情を絶対にそのまま流したりしない。必ずその場で立ちどまるよう自分に課していた。でなければ、次の瞬間、命を落としているかもしれないからだ。
その敷物はズレていなかったかもしれない。しかし確実に誰かが触った気配があった。彼はそう感じた。
はやる気持ちを抑えて、彼らは夜中を待つことにした。
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「残念だがそこにあった宝石は全てこちらで没収している」
ライアンの低い声が響いた。
同時にアズベルがその者の首に剣先を突きつけた。
まだ朝と呼ぶには光ひとつない時刻。静かに執務室の扉が開けられた。持っていた紙袋を床に置き敷物をめくる。そして仕掛け扉になっている床板を外した。
「ヒッ」
ぽっかり開いた入り口の脇で、剣先を突きつけられた侍女が声にならない悲鳴をあげた。
そこはライアン達が一番最初に見つけた隠し部屋だった。執務机の下の敷物。それをめくると仕掛け板がある。
部屋へ降りると、そこには輝く宝石がいくつも置かれていた。しかしライアン達が探す証拠類は見つからなかった。
国王の机の下の隠し部屋。ありきたりすぎて驚きすらなかった場所だ。
「この袋に盗んだものを入れて帰るつもりだったのか」
言いながらライアンは、女が持ってきていた紙袋を掴むとーーそれを頭から被せてやろうと思ったのだがーー思いのほか重く底が破けた。中身がゴロゴロと散らばる。
リンゴなどの果物、パンが数個、そしてスープが入った瓶が2本。
床に散らばったそれらは物語っていた。
この下に、これらの食料を必要とする者が…生きている者がいることを。