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2 腹心たち

「チェナ王国は白か」

「ええ、サラバド卿からの報告なので間違いないかと。そしておそらくプラトマルーナ王国とエバロナ王国も。先日の先王の葬儀の際、皆が教会税の愚痴をこぼしているのを耳にしたと申しておりました」

「ウェルム、よくやった。義叔母上とサラバド卿に礼を頼む」

「ありがとうございます」


 ウェルムの妻マリッサーナはチェナ王国出身で、彼女の父サラバド卿はチェナ王国でも3本の指に入る有力公爵だ。他国の情報を得るにあたり信頼できる相手と関係が持てるのはライアンにとって大きな強みだ。今回もウェルムは3日と経たず報告をあげてきた。


「陛下、やはりダッガードだけが」

「黒だな」

 ユーリヤルドとライアンのやりとりに、ウェルムが無駄とわかっていながらも形だけの抵抗を試みる。

「しかしまだ証拠はありません」

「ああ、そうだな。……ぜひご本人に聞こうではないか」

「万が一、白だったら?」

「我が領土が広がるだけだ」


「ダッガードが手に入ったら、今後は我々も教会に税金を払わなくていいんですかね」

「理由次第だろうな」

 アズベルの疑問にユーリヤルドが即答した。


「それにしてもダッガードとは近頃やたらと縁があるな。教会といい、あの女といい…とことんイライラさせてくれる」


(全くなんの因果か…)

 ユーリヤルドは心の中でため息をついた。


 ライアンの言う通りダッガード王国とはここ数ヶ月なにかといざこざが続いていた。

 国境線での兵士同士の揉め事、毎年新年に見直される輸出入の際の関税交渉もこじれたままになっている(新国王即位の混乱のせいでもあるが)。

 そして何よりライアンが口にした、あの女、だ。


 〜〜〜〜〜〜〜


 あれは、豊穣祭が終わり、風の冷たさを感じるようになった頃のことだった。

 父王の執務室に呼ばれた成人した子供たち(ライアン、ユーリヤルド、アズベル、アズベルの妹エマンダ)は父にしなだれかかるように座り微笑む若い女に絶句した。

 ダッガード国大臣の地位にある男の、まだ17歳の娘が第9番目の側妃になる予定だと告げられた。

 2人は互いに見初めあったのだという。


「わかりました」

 その一言を残し席を立つライアンに皆が従う。"家族"の会合は5分も満たず終了した。


「信じられない!第7側妃が暴れて以降、さすがのお父様もおとなしくなったと思ってたのに!」

 怒りをあらわにするエマンダにアズベルが皮肉を込めて言い返した。

「おとなしかったぞ、2年もな」

「しかもあの女、ライアン兄様ばかり見てたわ!お父様を好きだなんて絶対ウソよ!お父様なんてライアン兄様の足元にも及ばないもの。兄様を見て、絶対早まったと思ったんだわ」

「それはお前がライアン兄様を特別に好きなだけだろ」

「ええ、そうよ、その通りだわ。でもね、アズベル、知ってるとは思うけど、年頃の娘はみ〜んなライアン兄様に憧れてるのよ。私が睨みをきかせてなかったら兄様には毎日毎日どこかの女がしなだれかかってくるわ」


「まぁ早まったと思っていたかはどうあれ、不自然ではありますね。出自、年齢、容姿。普通に考えるなら兄上の婚約者候補です。それをわざわざ父上とは…」

「絶対何かありますよ」

 アズベルとエマンダきょうだいはライアンを兄様と呼び、ユーリヤルドは兄上と呼んでいる。


「俺より御しやすいと思ったのだろう。あの方の能天気さはもはや相手にナメられていることにすら気づかないほどか。

 まぁいい。ユーリヤルド、オーウェン将軍とウェルム、それにエヴァンとソファレアン様も呼んでくれ」


 ライアンの執務室に国軍総司令官オーウェン将軍、ウェルム、侍従長エヴァン、そして父王の第4側妃ソファレアンがやって来た。

 ライアンの腹心であるこのメンバーが一同に会するのはただ一つの理由のみだ。



「さて、状況が変わった。単刀直入に言う。ーー予定を繰り上げる」

「なにかあったのですか?」

「ウェルム団長、父上がまた側妃を迎えるんですよ、しかもそれが」

「ダッガードの大臣の娘ですって!17歳よ!」

 アズベルとエマンダの口調はまるで誰かの悪さを親に言いつける子どものようだった。


「ついに他国の女か」

 国王の異母弟であるオーウェン・ヤイール・ワグドゥナード国軍総司令官。

 自分の子ども達にさえ呆れられる王が在任して以来、それでもただの一度も他国からの侵入を許していないのはひとえに彼のおかげだろう。


 オーウェンは、若き頃より、クーデターを起こす疑いのある人物ナンバーワンと危険視されてきた。

 秀でた剣の腕も、戦略を立てる知能も、兵達をまとめ動かす人望も全てが規格外で異母兄とは似ても似つかない。

 彼自身、必要とあらば、と考えたこともないとは言えない。


 しかし彼の不幸はライアンを甥にもったことだった。

 天上に立つ者としての才覚を幼い甥の中に見つけた時には全身に鳥肌が立った。


 国を背負い、傭兵を含めれば数千数万それ以上とも言われる兵の頂点に立つ国王。

 その人物に必要なのは決断力とスピード。ただその2つだとオーウェンは考えていた。

 知能や剣の腕、人望などはそばに置く人選を間違えなければいくらでも補える。

 しかし決断力と物事を実行に移すスピード。それだけは、生まれ持つ性質や感性の分野であって努力や鍛錬でどうにかなるものではない。

 ライアンの能力はその2点において突出していた。


 もし異母兄もそれに気づいていたとしたら…生まれて初めてオーウェンの中で彼に対する同情がチラついた。


 ライアンの能力を認めた日からオーウェンにとっていつか頂点に立つ甥に仕えること、その来たるべき日の為に軍を整え備えることが最大の課題となった。

 そしていよいよそれが現実のものとなる日が近づいてきている。




 ウェルムが重い口を開いた。

「その方が正式に城に入られるのは?」

「3ヶ月後だそうです」

 ユーリヤルドが答える。

「となると…3ヶ月以内…子種を宿す前でないと…」


 ワグドゥナード王室には婚姻に関し決まり事がある。

【純潔の法∶婚姻までは清い関係であること】

 子どもを身ごもった際の血統を明確にする為で、つまりは婚姻後の子種しか王家の子と認めないということだ。

 側に上がる女性は婚姻前数ヶ月は月のものが始まる度、王室に報告しなければいけないほどだった。それはもちろん側妃にも適用される。



「おキレイなお身体のままダッガードにお帰り頂くのが一番ですね」

 皮肉たっぷりなアズベルの言い方に、しかし誰も異議を唱える者はいない。

「子種を宿してしまったら少々面倒ですね」

「少々どころではないな、ウェルム、腹立たしいほど面倒だ。ということで予定を早める。2週間後だ。待って3週間。それ以内には必ず父を討つ」


 既に何度も話し合い策を練ったことではあるが(ライアンとユーリヤルドに限っては何年も何年も)、それでもやはりいよいよだと言われると皆の顔に緊張が走る。


「ユーリヤルド、問題は?」

「ありません。数年をかけて既に政務の多くは殿下に移行済ですし、陛下のご政務はほとんど腐れ大臣達の領域。ヤツらの代わりを出来る有能な人物もその時を待っております」

「よし。ーーではウェルム、決行日の城全般の警備体制は?」

「第1・第2騎士団共に万全に計画済です。いつおっしゃられても対応致します」

「頼んだぞ。ーーエヴァン、側妃達の邸宅は?」

「それぞれご用意しております。いつでも出発して頂けます」


 父の没後、側妃達には速やかに王宮から出て行ってもらう。もちろん穏便に。その為にはそれぞれに移り住む場所を用意する必要がある。王室が持つ各地の邸宅をそれぞれに割り当てる手配等は全て侍従長エヴァンが受け持った。

 世話をみなければいけない側妃は今やソファレアンを含む3人だけなのだが。


「エヴァン、ご苦労。そしてエマンダとソファレアン様はくれぐれも社交界の対応を頼む」

「はい、おまかせ下さい兄様。ね、ソファレアン様」

「はい。ご心配なされませんよう」


 対外的には父王の死は「突然死」とする。しかし血塗られたワグドゥナード城の突然死など、噂好きな社交界の、特に婦人方の格好の的になる。

 それならいっそ、こちらの思いのまま噂をコントロールする。それがエマンダとソファレアンに託された任務だ。


 側妃の中では唯一子宝に恵まれなかったソファレアンは幼くして母が処刑されたアズベルとエマンダを我が子のように可愛がった。そして2人も彼女を母のように慕った。

 ソファレアンの賢明さと心の豊かさにライアンも強く信頼を寄せていた。



「そしてオーウェン将軍、混乱に乗じて他国が浮足立つことのないよう」

「全て織り込み済みだな。任せておけ」

「さすがですね、心強いことです」

 殊勝な物言いのわりに全く敬われてる気がしないのは、ライアンのその余裕と自信に満ちた不敵な笑みのせいだろう。

 腹が立つどころかゾクリと身体を電気が走るのはこの男に魅入られた者の運命(さだめ)か。


「ライアン兄様、俺は?」

「心配するな、父上を斬った瞬間から俺を殺したいヤツがわんさか現れるぞアズベル」

「やる気満ち満ちです。命に代えても守りますから」

「皆の準備が整っているなら決行は2週間後で大丈夫そうだな。またユーリヤルドから合図を出す。各々頼んだぞ」


 そして全ては計画通り実行され、ライアンはついに国王の座に就いたのだった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜


 (あの日から1年経らずで、ダッガードに進軍とは…まさに兄上らしい新国王の門出だ)


「ユーリヤルド、ダッガードの地図だ。それと…オーウェン将軍を呼べ」

「はい」

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