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16 物語

 あれは忘れもしないユーリヤルド12歳の時のことだった。書庫でライアンに声をかけられた。


「話がある。来い」

 連れて行かれたのはなんとライアンの部屋だった。

 兄弟ではあるが彼の自室に入るのは初めてのことだ。躊躇うユーリヤルドを見てライアンが笑った。

「何をしている、入れ」


「あの…話って」

「ああ。お前に相談したいことがある」

「は?」

「お前の意見が聞きたい」

「……」

「婚約しろと言われた。ユーリヤルド、どう思う?」

「…………は?婚…約?」

「そうだ。相手はベリーナ公爵家の娘だ。どう思う?」

「あの…まず、その前に…なぜ僕に?なぜ僕の意見なんか」


 緊張と混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになっているユーリヤルドの目を真っすぐ見据えてライアンが言った。

「お前はよく人を観察している。そして人の顔色を読むのも上手い。お前なら俺が気づいていないような部分を知っているんじゃないかと思ったからだ」


(僕を見ていてくれた?)

 母親のせいで城中の大人に背を向けられ厳しい目を向けられるようになってから、人の顔色を見て行動するようになった。そうすることでどう振る舞えばいいのか決めた。幼い自分にはそれ以外にここで生きていく方法がわからなかった。


 好きでやっているわけではない。むしろそんな自分が情けないと思ったこともあった。なのに、ライアンはそれを理由に自分に相談を持ちかけてきたのだ。自分なんかの意見を聞こうとしているのだ。


 全身に震えが走った。


「殿下、公的な意見と私的な意見、どちらがよろしいですか」

 その言葉にライアンがニヤリと笑った。

「まずは公的な方だ」


「かしこまりました。婚約には賛成です。殿下にとってこれ以上なく有益だと思います。殿下は」

「おい、殿下じゃなくていい」

「え…あ…はい。では、兄上…はもうすぐ15歳になられ成人です。成人の王位継承者として婚約者がいるというのは立場を強固にするものでありますし、それが我が国3大公爵家のひとつであるベリーナ公爵令嬢となると更に兄上の立場は盤石なものになると思います。ベリーナ公爵は少々強引で物言いも厳しく一部の貴族には煙たがられていますが、他の2家の当主に比べて王族への忠義心は厚いですし不正も嫌う。そんな彼を慕う貴族も多い。そしてそれらの者達の方が、彼を煙たがる一部の連中より王室にとって有益です。何よりベリーナ公爵家の持つ…」

「わかった。そっちは概ね皆同じだな。ユーリヤルド、私的な意見を聞かせろ」


「はい。婚約には反対です」

「………なぜだ」

「兄上が将来…思うほど遠くない未来だと考えますが…されようとしている事の足枷にしかならないからです」

 とたん、ライアンの目の奥が光ったように見えた。視線に射抜かれ鼓動が激しくなる。

「俺が何をしようとしていると?」

「それは…口に出してよろしいものなのかどうか…」

「言ってみろ」

「父上の身に関する、とだけ」

「フッ…ははは!ユーリヤルド!やはり俺の目は間違ってなかった!最高だな!なぜわかった?」

「兄上が好んで読んでいらっしゃる本で」

「やっぱりな。わざとだ」

「え?」

「お前が俺の読んだ本に興味を持っていることに気づいた。それならわざと読ませてやろうと思ったんだ。そして俺の考えを推測させ、推測したものをお前がどう扱うか見たかった」

「………」

「よくわかった。お前の言う通り婚約は断ろう」

「えっ!え、あ、え、兄上、そんなことをしたら大変なことに…」

「知ったことか。お前の言葉で確信を得た。この婚約は不要だ。お前の言う通りそれより何より俺には大事なことがある」

「でも…」

「ユーリヤルド、俺の参謀になれ。俺の側仕えをしろ」

「兄上の参謀って!僕なんかに」

「お前なら出来る。いや、お前にしか出来ないかもな。ユーリヤルド、お前の気が変わるまででいい。いいな?」

「…はい。わかりました」


 〜〜〜〜〜〜〜


(そうだ。あの時、兄上は言った「お前の気が変わるまででいい」と。深く考えたことはなかったが…そういうことだったのか。まさか今さらその意味がわかるなんて)


「おい、あれは…シャルルは何をしている?」


 考えに耽っていたユーリヤルドの耳にライアンの声が響いた。

 そうだ、今は過去に浸っている場合じゃない。


 〜〜〜〜〜〜


 突然シャルルローゼが城へ向かって走りだした。アズベルがその後を追いながら、「大丈夫です、そのまま」とでも言いたげに手で合図をしている。


 ライアンはその場に行きたい気持ちを抑え待った。

 戻ってきたシャルルローゼは何かを大切そうに胸に抱えている。本だ。

 クロエが言っていた、レイモルド王国の紋章の入った本だろう。

 それをファルゾンに渡した。彼はそれをしばし眺めると、首を横に振り彼女に返した。


 シャルルローゼがファルゾンに向かって美しいカーテシーをし振り向く。ライアンの瞳を捉える。


 その瞬間の微笑みはおそらくライアンが今まで見た中で最も美しいものだったろう。

 笑みを讃えたまま、彼女が真っすぐライアンに向かって走ってくる。

 両腕を広げると、シャルルローゼがその胸に思いきり飛びこんできた。


「どんな話をした?」

 抱きしめたまま尋ねた。抱きしめるのはこれが最後かもしれないと覚悟しながら。


「結婚式には是非いらしてください、と」

「…………は?」

 身体を離し顔を覗き込んだ。シャルルローゼは「なにか?」とでも言いたげに彼を見つめ返している。

「今、なんと言った?」

「ですから…ライアン様との結婚式には是非レイモルド陛下と殿下、そして可能ならお祖父様やお祖母様も一緒にご出席ください、と……ダメでしたか?」

「………プッ!アハハハ!結婚式に…そうか、そうだな、よしわかった、お招びしよう。クククッ」

「ライアン様?どうされたのですか?」

「いや、何もない」

 ライアンはもう一度彼女を抱きしめた。


 シャルルローゼはレイモルド王国行きを迷うことなく断った、とアズベルから報告を受けた。

「シャルルローゼ様がおっしゃってました。『私がいる場所はライアン様がいるところです』『無理矢理私を連れて行っても無駄だと思います。ライアン様が必ず見つけて救い出して下さるので』だそうです」


 〜〜〜〜〜〜


「入るぞ」

「ライアン様!」


「今日も星がキレイですね」

「ああ。シャルルローゼ、この本を…ファルゾン殿下はいらないと?」

「はい。お母様はこの本は大切な人に借りたと言っていました。返せずじまいになってしまった、と。ファルゾン様のお話を聞いて、その大切な人はレイモルド陛下だったのかなって。

 でも『これはあなたが持っていてください。父もそれを望むと思います』と言われました」


 テーブルの上に置かれたままのそれをライアンは手に取った。


 銀色の美しい装丁のされたその本は、悪魔に連れ去られた姫を王子が救い出す物語だった。


 完

最後まで読んで下さりありがとうございました。

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