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15 覚悟

「ずいぶん寛大なんですね、ファルゾン殿下とシャルルローゼ様、お2人きりで話をさせるなんて」


 今、まさに数メートル先のガゼボで2人は向かい合いお茶を飲んでいる。


 〜〜〜〜〜〜〜


 話し合いの結果、シャルルローゼと2人きりにはするが彼女の護衛にはアズベルを付けることになった。代わりとしてファルゾンの護衛官はライアンの横にいる。

 何か企てたが最後、互いに斬られることになる。

 とは言え庭園にはウェルムや騎士達があちらこちらに隠れているのだが。


 〜〜〜〜〜〜〜


「シャルルにも選ぶ権利はある」

「え?どういう意味ですか?」

「そのままだ」

「つまり2人きりにしたのはファルゾン殿下の為ではなくシャルルローゼ様の為ですか?」

「なぜ俺がアイツの為に何かしてやらないといけないんだ」


 ギシッ、ファルゾンの護衛が一歩足を踏み出した。


「やめとけ、俺を斬ったこところで、おまえの主がやられるだけだ。誰も得にならないことはするな」

 護衛官は黙ってライアンを睨みつけた。


「ユーリヤルド、あの部屋から救い出した時シャルルは14だった。あれから2年近く。シャルルの世界は一変した。何もかもが変わった。

 陽の光を知っただけじゃない。花を知り、舞踏会を知り、街を知り…今じゃエマンダや友人達と、その年齢の娘がする話や遊びを知った。もうあの時のシャルルじゃない。

 なのにあの時のまま、俺を選ばせたままでいいのか。今のシャルルでもう一度選び直させてやるべきじゃないかとずっと思っていたんだ」

「……陛下、熱でもあるんですか?」

「そこの護衛、コイツを黙らせていいぞ」

「ちょっと待って下さい。あの頃の気持ちのままシャルルローゼ様が変わられていないことなど明らかではないですか。何を…」

「しかしレイモルドに行けば祖父母がまだいるというじゃないか。叔父とやらも…そうなんだろ、護衛君」

「……はい。とても素晴らしい方々です」

「シャルルは母親を慕っていた。しかしある日突然死んだと言われた。母親を慕う気持ちがあるなら…祖父母と会いたいと思うのは自然なことだ。祖父母と一緒に暮らしたいと言うなら俺は止めん。シャルルには好きなことを好きなようにさせてやりたい。それだけだ」


「本当に…シャルルローゼ様のこととなると別人のようですね」

「は?何を言っている、俺はお前とアズベルにも同じように思っているぞ」

「え…」

「憶えていないのか?俺を超えてみろと言っただろ」

「言われましたが…」

「俺はお前達にならいつでも倒される覚悟は出来ている。俺を倒せるのも、俺がそれを許せるのも、お前とアズベルくらいだろうからな」


 ライアンに声をかけられたあの日のことが急に脳裏を走った。


 〜〜〜〜〜〜


 ユーリヤルドが6歳になろうとしていたある日、母親が死んだと聞かされた。しかも、あろうことか兄上を殺そうとしたせいだと。

(兄上を?母上が?)


 ユーリヤルドにとってライアンは遠い存在だった。

 常に堂々と前を向き、大人達に囲まれたライアンは同じ王城に暮らしていても自分とは世界が違う人のように感じていた。


 まさかその兄上を、自分の母親が殺そうとしたなど…なんてことをしたのだろう、ユーリヤルドは子どもながらにそう思った。


 その日以来、ユーリヤルドは1人になった。

 もちろん母親がいなくなった、ということもあるが、それ以上に城中の者が彼を避けるようになったのだ。

 世話をしてくれていた侍従や侍女、護衛までが最低限の会話しかしてくれなくなり、まるで自分が存在しないかのように振舞われることもあった。


 ユーリヤルドは部屋と書庫にしか居場所がなくなった。元々剣の練習より読書を好んでいた彼は人目を避けるように書庫で過ごした。

 本を読むつもりなのに涙が止まらなくなる時もあった。


 ある日の午後、書庫に向かっていた途中の渡り廊下で向こうからライアンが歩いてくるのが見えた。彼は脇に寄り頭を下げた。珍しく1人だったライアンは彼の目の前で足を止め、俯くユーリヤルドの顔を覗きこんで言った。


「姑息な真似をせず堂々と俺を超えてみせろ。知識でも武道でも俺より優れていると認めたら王位継承権などいつでもくれてやる。馬鹿どもに踊らされて毒を盛る程度の知恵で国を導けると思うな」


 悔しさと羞恥で一気に汗が吹き出た。自分は何も企んでいないし、ライアンに対して反抗的な感情などなかった。王位など考えたこともない。なぜそんなことを言われなければいけないのか。

 涙が滲んだ。


 ライアンの挑発的な笑みと臆病さを見透かすような瞳が頭から離れなかった。


 本来母親と共に死罪になるべき自分を生かしたのはライアンその人だったこと。ユーリヤルドがそれを知ったのは、数ヶ月後のことだった。

 そしてその時気づいた。

 母親がいなくなって以来、自分の目を見て話をしてくれたのはあの渡り廊下で会ったライアンだけであることを。




 読みたいと思っていた本が見つからず書庫担当に尋ねたときのことだった。思わぬ答えが彼に初めての感覚を与えた。


「そちらは今、ライアン王太子殿下がお読みになっていらっしゃると思います」


(兄上があの本を読んでいるのか!?)

 自分が読もうとした本を同じタイミングでライアンも読もうと思ったのだ。

 得も言われぬ興奮と喜びがわき起こった。


 天上人のように感じていたライアンと…笑いながら挑発的な言葉を投げかけてきたライアンと…自分は同じ本を読もうとしていたのだ。

 それ以来、彼は書庫でライアンを探し、彼が読んだであろう本を片っ端から借りた。

 それこそライアンに魅了された故だと気づいたのは、もっとずっと後のことだった。

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