14 怒り
「先程、陛下は私がシャルルローゼ様に会いに来たとおっしゃいましたが正確には少々違っております」
ライアンの怒りに気づかないファルゾンが続けた。
「ほぉ、では何を」
「私はシャルルローゼ様を迎えに来ました」
「なるほど…わかりました」
「それは用件がわかったということでしょうか?それとも私がシャルルローゼ様を連れて帰っても…」
「殿下のお父上、レイモルド国王が腰抜けだということがわかったということです」
「!!なんだとっ!?」
思わず立ち上がったファルゾンの横で彼の護衛が剣に手を掛けた。
それを見たアズベルは一歩前に出るが剣には手をかけずただ静かに立っている。
ユーリヤルドも微動だにしない。
2人にはライアンの思考が手に取るようにわかった。と同時に恐らくこの3人は今、同じように静かに怒りに燃えていた。
「想い合っていた、なるほど。ではなぜ行方不明になったときに本気でお探しにならなかったのでしょうか?
部屋に手紙があった?なら、なぜすぐにボルダーを問いたださなかったのでしょう?
ダッガードの元にいることがわかった?私ならその瞬間にダッガードに攻め入りますね。まぁ私なら行方不明になった時点で必ず探し出しますが。
何より、殿下、あなただ。シャルルの母上を愛していたならなぜあなたの母上と結婚された?なぜ……なぜ全てを捨てでもイヴァ様を探さなかった!」
ライアンの怒声にファルゾンが椅子に尻もちをつくように腰を下ろした。
「父だって必死で探したはずです。しかし立場上…」
「立場?立場とはなんでしょう?当時は王太子、どうとでも動けたはずだ。そして王になられた後なら軍も動かせるはずだ」
「軍?まさか軍など…そう簡単に動かせるわけないのはあなたもご存知でしょう」
「そう簡単に?愛する者を奪われたことが簡単なことだと?私なら5分後に全軍をダッガードに向かわせる」
「無茶苦茶だ!いくら王でもそんなことできるはずない!兵を動かすにも各所への…」
「そこですよ、殿下。
私が無茶苦茶だとお思いですか?ええ、その通りです。なぜなら私は無茶苦茶をするために王になったのですから。王になったから無茶苦茶をするんじゃない。無茶苦茶をする為の力を手に入れたんです。
各所への通達、許可、大臣達の了承…クソ喰らえだ。
それを全て飛ばせるのが王だ。それが出来ないなら王ではない。ただの操り人形だ。
無茶苦茶が出来ないなら、王などなんの面白みもありませんね」
ライアンの不敵な笑みにファルゾンの顔が一瞬で真っ赤になった。
「それは独裁者だ!国を正しく導くための王ではありません。国も兵士達もあなたのものじゃない!」
「ええ、だから私はいつでも降りますよ」
「は?」
「婚約者であろうが、見も知らぬ民であろうが、愛する者のため守るべき者のために戦えないなら王の立場など今すぐ降りましょう。殿下、私は私を超える人間が現れたら…私よりこの国を、民を救える者がいるなら、いくらでも王位を譲るし命を取られたって構いません。そう思って毎日ここにいるのです。もちろんそう簡単に譲る気はありませんがね」
その言葉はユーリヤルドとアズベルの心に深く突き刺さった。
(やはり兄上には敵わない。兄上はイヤがるだろうが、あなたは生まれついての"国王"だ)
「戦うべき時に戦わず、今なら容易に手に入るからと、今さら愛していただの探していただのバカバカしい。私もそう暇ではありません」
「どこまで父を侮辱すれば気が済むのですか?父だって苦しんでいた」
「はっ!苦しんでいた?それならなぜあなたの母上と結婚し、殿下をもうけることができたのです?きれい事は…」
「仕方がなかったのだ!イヴァ様が結婚直前で失踪したことによりイヴァ様の実家は降爵。父上には兄弟もいない為王位を放り出すわけにもいかない。幼馴染だった母上が父の支えとなり共に生きていこうと」
「気味が悪い」
「は?」
「保身とキレイ言ばかりで気味が悪いと言ったのだ」
「貴様っ!」
ガチャリッ!
ついにファルゾンの護衛が剣を抜くも、その腕にアズベルの剣先が冷たく触れる。護衛の目が驚きに大きく見開く。
「知らぬだろう!あの母娘がどれだけの目にあったか!シャルルがどこでどうして生きてきたか!光も射さない部屋で1人きりで何を思って生きてきたか!今だに夢にうなされていることを!
なぜもっと早く探さなかった!なぜもっと早く助けなかった!なぜ己の力を信じなかった!」
「己の力?」
「そうだ。結局諦めたのだ。受け入れたのだ。己の力を試そうともせず、己の力で壊そうともせず……頂点に立つ者が自ら限界を受け入れたらそこまでだ。
レイモルド国王にワグドゥナード国王からの言葉として伝えろ「お前も同罪だ」と」
ファルゾンがわなわなと震えている。
「とはいえ、これでお帰り頂くのは忍びない」
(は?)収集のタイミングかと声を発しようとしたユーリヤルドは意外な言葉に驚いた。
「迎えに来たというならシャルルに会えば良い。シャルルを直接説得すればよい」
「いいのですか?付け加えますが、シャルルローゼ様が我が国に戻られたら、彼女は私の妻にします」
「クククッ、今さらそれか。今ならシャルルはまだ亡国の王女。取り戻したとでも言えば国王の力も示せるか」
「なんと言われてもシャルルローゼ様とお話させて頂けるなら構いません。……会わせて頂けるのですね」
「ああ、俺は独裁者ではないからな」
ファルゾンのキツく握られた拳を鼻で笑いながらそう答えた。