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13  影

 クロエがライアンに会いに来たのは舞踏会の翌月のことだった。


「シャルルローゼ様の本にあった紋章の国がわかったわ」

「どこだ?」

「レイモルド王国」

「レイモルド…海の向こう…ヴェラ大陸か」

「ええ。ヴェラ大陸の北部に位置する1年中雪に閉ざされている国ね。こちらの大陸とはチェナ王国が唯一の窓口よ」

「レイモルド王国…チェナ王国…どこかでダッガードと繋がることも可能ではあるか」


「それがね、驚きなんだけど、あの鬼畜猊下、アイツがね、レイモルド王国の出身だって話があるのよ」

「は?あれが?」

「そうなの。確証までは得られなかったんだけど、自分の出身を海の向こうの雪しかない国だと言っていたらしい。

 どうしてわざわざこちらの神官学校に入ることになったのか…色々疑問も残るんだけど」


「でももしレイモルド王国出身だとするとシャルルローゼ様の母上とも繋がりますし、こちらでの繋がりとしてダッガードにも」

「そう、アズベルの言う通り全て繋がるわね。どこでどうやって繋がるかが問題だけど」

「わかった。まぁシャルルの母親がどこの国の者だろうがどうということはない。本人が何か言わない限り伝えるつもりはないし、伝えるほど情報も確証もないしな。だが知識としては有益だ、クロエ、礼を言うぞ」


 それ以降、シャルルローゼの母親に関して特に新しい情報もなく、それを探ることもなく彼らの日常は過ぎていた。


 〜〜〜〜〜〜〜


 16歳になったシャルルローゼはもうすっかり普通の生活が出来るようになっていた。

 エマンダとは違い、学園には通っていないが家庭教師のもとでエマンダと同じレベル…よりかなり高いレベルの勉強をこなしていた。

 庭園でお茶を飲んだり、夕食の時間まで本を読んで過ごすことも多かった。


 しかしそれより何より変わったことは、街へ出かけることが出来るようになったことだ。

 流行りのレストランへ行ったり、エマンダのお気に入りの店を案内されたり、彼女の友人達とも仲良くなった。

 街も年頃の友人達との会話も、全てが刺激的で驚きと興奮に満ちていた。


 その中でもシャルルローゼが最も楽しみにしていたのはクロエの邸宅を訪れることだった。

 以前、ライアンが言っていた通り、クロエの母親は陽気な優しい人で、シャルルローゼを我が娘のように可愛がってくれた。

 クロエが専攻している歴史学の話を聞くのも興味深く、城に戻ると必ず書庫で歴史に関する本を読み漁るのだーーしかしその裏で、ダッガードの闇の歴史が書かれたものをシャルルローゼが目にすることがないよう、クロエが書庫内の歴史本チェックという恐ろしく面倒な大役を仰せつかったことを彼女は知らないーーそして、夜はその日あった出来事をライアンに報告する。


 それが彼女の1日だった。


 〜〜〜〜〜〜


「シャルルがうなされている?」

「はい、侍女のマーサが相談に来ました」

 王宮医師からの報告にライアンは眉を顰めた。

「どこか体調が悪いのでないか?」

「いえ、そのような兆しはございません」

「わかった。ユーリヤルド、マーサにシャルルがうなされている時はすぐに俺を呼ぶよう伝えろ」

「かしこまりました」



「陛下!シャルルローゼ様が」


 それはシャルルローゼの報告を受けた翌日、夜もとうに更けた時間だった。

 寝る前に少し書類に目を通し、そろそろ横になろうかとしていた時だった。


「んん~っっんんん〜〜ううぅぅ〜!!」

「シャルル、起きろ」

 悪夢だろう。眉間にしわを寄せ怯えている。伸ばされた手をライアンが握った。

「ううぅぅんんんん〜〜〜」

「シャルル!おきろ!シャルル!」

 揺り起こされ目を開いたシャルルローゼはそこにライアンの顔を見つけ、泣きながら抱きついてきた。

「ライアン様!ライアン様〜〜!」

「大丈夫だ、どうした、夢か」

「あの部屋…あの部屋で、また1人で…ライアン様を呼んでもどこにもいらっしゃらなくて…ライアン様、ライアン様」

「大丈夫だ、ここにいるぞ、大丈夫だ」

 そう繰り返しながら、震える身体を抱きしめさすってやる。

 ゆっくりと呼吸も落ち着いてきた。



「今が安全だから?」

「おそらく。今が安全だからこそ辛かったことや怖かったことをより思い出してしまうのでしょう」

 駆けつけた医師が答える。

「照りつける陽射しが強ければ強いほど影の色は濃くなります。それと同じです。今になって悪夢が現れるのは、それだけ今の安全で平穏な生活に慣れてきていらっしゃる証拠とも考えられます」


「なるほど、つまりシャルルは今、幸せということか」

 自分の肩にもたれかかりながら医師の説明を聞いていたシャルルの顔を覗き込んだ。


「シャルル、跳ねのけろ」

 漆黒の鋭い眼差しが、柔らかい琥珀色の瞳を捉える。

「え?」

「お前は自分が今安全で幸せだということをちゃんとわかっている。そしてそれは事実だ。お前はもう二度とあの場所には戻らない。そんなことは俺が絶対に許さない。ここがお前の居るべき場所だ」

「ここが私の」

 収まっていた涙が大きな瞳に溢れる。

「そうだ。それに俺は絶対にお前を離さない。絶対にお前のそばにいる。だから恐れるな、不安や悪夢など跳ね除けろ」

「………」

「幸せと向き合え、不安と向き合え、俺は何があってもお前から離れん」

「ライアン様」

「心配するな、万が一お前に何かあっても俺が必ず救い出してやる」

「必ずですか?必ず来て頂けますか?」

「必ずだ。何回でも何十回でもいつでもどこでもお前を見つける」


「何十回も閉じ込められることはないと思いますけどね、物騒にもほどがあります」

「アズベル、何か言ったか?」

「いえ、特に」

「ふふふ…」



「さぁもう寝ろ。眠るまでここにいてやる」

「眠るまで…眠ったら行ってしまわれるんですよね…寝ないでいたらダメですか」

「ああ、いいぞ、寝ずに話でもするか?」

「はい!」

 と、言いつつシャルルローゼは1時間もしないうちに眠ってしまった。

「子どもなのか大人なのか」

 最近急に大人びてきた彼女の寝顔を見つめながら愛おしさに目を細めた。


 ライアンの愛情を一身に受けたシャルルローゼはまるで太陽に向かって咲く大輪の花のように美しく、まぶしいほどに穢れなく、今まさに大人への階段を昇っていた。

 2人が並んでいる姿はまるで絵画から抜け出たようで、その仲睦まじい様はかつてこの場所が血塗られた城と呼ばれたことを人々の記憶から消し去っていった。


 2人の結婚式まで1年を切っていた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜


「陛下、サラバド卿を通してレイモルド王国より謁見の申し出を預りました」

「レイモルド王国?……レイモルド…あのレイモルド王国か」

(ということはやはりクロエの情報が正しかったということか)

 同じことを考えていたらしいユーリヤルドと視線が交わる。

 ウェルムからの報告にライアンは首を縦に振った。

「お受けしよう」


 〜〜〜〜〜〜〜


「お気遣い感謝いたします……つまり陛下は本日私がここに来た理由をご存知ということでよろしいでしょうか?」


 ライアンと年の変わらないその青年は自らをレイモルド王国ファルゾン第一王太子と名乗った。

 ユーリヤルドは謁見の間ではなく、私的な客専用の応接間へ案内した。


 彼はチェナ王国を通してではなく、サラバド卿を通して接触してきた。それはつまり今回の用件は公的なものではなく私的なものということだ。


「理由?どうでしょうか。そちらこそ我々とサラバド卿との個人的な繋がりをよくご存知のようで」

「藁をも掴む思いで調べましたので。こちらの国へ繋がる道を」

「私の婚約者に会うためですか?」

 ファルゾンの眉がピクリと動いた。

「シャルルローゼ様の母上イヴァ様は私の父の婚約者でした」

「婚約者」

「ええ。幼い頃より決められた婚約者でしたが、互いに深く思い合っていたと」


(なるほど、母親は妃教育を受けていたのか)


 皇族ではないかという皆の予想は外れたが、当たらずも遠からずだろう。

 これでシャルルローゼの妃教育担当が、「何も教えることがございません」と笑いながら匙を投げた理由もわかった。

 多少マナーを直す部分があると指摘したのは、母親から教えられたものがレイモルド王国のマナーだったからだろう。



「しかしイヴァ様は結婚を前に行く方がわからなくなってしまったのです。父と会う約束のため王城へ向かうと言って出かけたまま戻らず、馬車だけが王都の街とは反対の雪深い場所で発見されたそうです。

 イヴァ様の生死も不明なまま時は過ぎ、父は私の母と結婚しました」


「イヴァ様らしき人物がダッガードで見つかったと…しかもダッガード国王の元にいるようだとわかったのは父が結婚してから数ヶ月後のことだったそうです。

 なぜダッガードに…イルータ大陸にいるのか…しかし父には心当たりがあった」


(ここで鬼畜猊下か?)


「ボルダー・チェスナンダ元キュルパ教会教皇です。もう一昨年になりますか、謎の事故死をしたそうですが」

 含みのあるファルゾンの言い方にライアンは首を傾げニヤリと笑って応えた。


「ボルダーはイヴァ様の従兄弟です」


(従兄弟か、それは驚きだな。しかし繋がった)


「ボルダーの父親がイヴァ様の叔父にあたります。

 その結婚はすぐに破綻し、ボルダーを連れた母親はチェナ王国の男と再婚した。

 しかし数年後、その母親が他界すると、1人になったボルダーは再びレイモルド王国に戻り父親、イヴァ様の叔父上の元に身を寄せたそうです。

 既に別の女性と結婚していた父親との折り合いは悪く、彼は学園を卒業しすぐに失踪。次に彼の消息を知った時にはイルータ大陸キュルパ教会の神官になっていた」


「イヴァ様の行く方がわからなくなった後、イヴァ様の部屋でボルダーからの手紙が見つかっていたそうです」

「ボルダーが失踪したあとも2人は連絡を取り合っていた」

「はい。イヴァ様は大変お優しい方だったそうです。ボルダーの身の上を気の毒に思っていたのかもしれません。手紙は2通だけで、あくまで近況を報せる程度の内容だったそうです。当時は従兄弟同士のやりとりということで誰も気にも留めなかった。しかし父の中では燻っていたんでしょうね。従兄弟とはいえ愛する婚約者が別の男と、自分にも内緒で連絡を取り合っていたことが」


「ここからは父と私のあくまで憶測の話ではありますが。

 我々の国では俗語ではありますが、美しい女性のことを「イヴァーレ」といいます。語源になったのはイヴァ様です。それほどまでにお美しい方だった。

 しかしイヴァ様は想いあっていた父との結婚目前に行方不明になった。

 一方で他国出身の男が大陸を束ねる教会の教皇にまで登りつめた。

 それが偶然とは思えません。

 学生時代のボルダーはおとなしいだけで特に成績が良かったわけでも人望があったわけでもない。

 そんな人間がそう簡単に頂点に立てるとは思えません。

 そこに誰か力を、正確に言えば金の力を貸した人間がいたのではないかと…イヴァ様の犠牲の元に」

「ダッガード国王?」

「はい」

「あくまで私情の絡んだ憶測ですが」


(金と、そしてシャルルが生まれてからは彼女の力もだろうな)


「ボルダーは学生時代、歴史は得意だったか?」

 ユーリヤルドとアズベルがピクリと反応するのがわかった。

「歴史…ですか?そこまでは…なぜ歴史?」


 彼らは知らない。ダッガードの闇の歴史を。白銀の生贄を。


 しかしボルダーは…知っていたとライアンは思う。もちろんイヴァを差し出したのは単に金だろう。ただ万が一にでも白銀の娘が生まれれば…浄化の力には十分な対価を払う。その代わりとして初潮を迎えたら…

 改めて湧き上がる怒りに歯ぎしりした。

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