11 ワグドゥナードへ
「エマンダ、いい加減泣くな」
「だってお兄様、ライアン兄様がぁ〜」
「とりあえずシャルルを離せ、エマンダ」
向かい合ったソファで義妹が泣きながら婚約者の腕にまとわりついている。
「いやです〜可愛いんですもの〜ライアン兄様の婚約者なんて絶対イジメてやるつもりだったのに〜可愛い〜ライアン兄様のバカ〜」
「アズベル訳せ。意味がわからん」
「だからぁライアン兄様の婚約者は絶対イヤな女だと思ってたんですものぉ〜そしたらいっぱいイジメられたのにぃ〜なんでこんな可愛い人見つけちゃうの〜」
「ふざけるな、なぜ俺がイヤな女と結婚する前提なんだ」
「あ、あの、エマンダ様の方がずっと可愛いしおキレイです」
「私が可愛いくてキレイなのは知ってる〜」
「アズベル、なんとかしろ」
「まぁエマンダ様にも仲良くして頂けそうで良かったですね」
ユーリヤルドがとりあえずその場を収めようと微笑む。
「仲良く?……そうか、そうね、そうだわ、私、シャルルローゼ様と仲良くなるわ!私達年齢も変わらないし、これからは私が一番の友達よ」
「友達?私とですか?本当ですか?……ともだち」
「シャルル、どうした?疲れたのか?」
急に俯いたシャルルローゼを気遣う。
「いいえ、そうではなくて…私、お友達は初めてで。本にはよく出てくるので、ずっと、ともだちってどういうものかなって思っていたんです…あのエマンダ様、本当に私とお友達になって頂けるのですか?」
エマンダは驚いて目を丸くしている。
「もちろんですわ…でも友達が初めてなんて…」
「嬉しい…どうしましょう、お友達が出来ました、エマンダ様ありがとうございます」
「シャルルローゼ様…!」
泣きながら抱き合う2人を眺めながら、ライアンは思わずため息をついた。しかしその胸のうちではエマンダの反応に安堵していた。
エマンダには公的に作られたシャルルローゼの事情しか知らせていない。
「すみません、陛下、取り乱してしまって」
「は?シャルルローゼ様、そんなの気にする必要はないわ、ライアン兄様のため息はいつものことよ。あ、わかった!ライアン兄様には友達がいないからきっと嫉妬してるんだわ」
「エマンダ、お前は…」
「え…陛下もお友達が?あ、あの、では私が、私がお友達になります!」
「な!?お前は婚約者だ!」
「ぶふふっ」
「アズベル、なんだ?何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、特に!」
「陛下、お遊びはそろそろおしまいの時間です、お仕事に」
ユーリヤルドの言葉にライアンは今度こそ本気でため息をついた。
「ワグドゥナードに戻った初日から仕事とは…シャルル、悪いが1人にするぞ。お・友・達のエマンダと仲良くな」
「はい」
「エマンダ、頼んだぞ。無理はさせるなよ」
「はい、わかっておりますわ、ライアン兄様」
「ふふ、アズベルお兄様から聞いてはいたけど驚いた!ライアン兄様ったら本当にシャルルローゼ様のことがお好きなのね」
ライアン達が出ていくとエマンダが思わずというように吹き出した。
「え?え、あ…の…」
雪のように真っ白な頬がみるみるうちに紅く染まっていく。
「だってあのライアン兄様が、仕事に戻るのを嫌がるなんて。ライアン兄様は仕事をしていないと死んでしまうんじゃないかと思うくらい仕事しかしてなかったもの」
「そ、そうなんですね」
「あ〜本当になんて可愛いの、シャルルローゼ様は!本当は早速ドレスを買いに行ったり、街に遊びに行ったりしたいのだけれど」
「街に?」
「そうよ、いつか絶対行きましょうね、楽しいわよ。演劇も音楽会も一緒に行きましょう」
「演…劇?音楽会…?」
「ふふ、そう。でも時間はたっぷりあるわ、ゆっくり始めればいいものね」
エマンダは頭の回転も早く、ライアンの指示や考えを正確に捉え行動できる数少ない腹心の1人だ。
ワグドゥナードで慣れない生活を始めるシャルルローゼもエマンダになら安心して任せられる。
「ということで、まずはソファレアン様を紹介するわ!さっき使いの者を送っておいたの。そろそろ到着されるはずよ。3人でお茶でもしながらおしゃべりしましょ」
ソファレアン様?」
「ええ、とーっても素敵な方よ。ライアン兄様にも紹介しておいてほしいって頼まれてるの」
〜〜〜〜〜〜
「そうか、ソファレアン様とも話せたか」
「はい、エマンダ様もソファレアン様もとてもお優しくて、楽しくお話させて頂きました。クロエ様もエマンダ様もソファレアン様も、陛下がご紹介下さる女性は素敵な方ばかりです」
「そうか、それなら良かった」
ワグドゥナードに戻ってからのライアンは朝から夜まで仕事に忙殺され、ゆっくりお茶を飲む時間すら取れなかった。
それでも彼は必ず夕食はシャルルローゼと共にし、寝る前のひとときもこうして彼女と過ごした。
「凱旋を祝う舞踏会ですか」
「ああ。ダッガードに勝利し無事帰ってきたことを祝い、兵達やその家族を労う舞踏会だ。
だがシャルルは欠席してもいい。おそらくシャルルが見たこともないくらい大勢の人間がホールにひしめく。慣れている俺でも大概疲れる。シャルルの身体には負担が大きすぎるだろう。
それに一応シャルルはダッガードの人間だからな。自国の敗戦を祝われることになる」
「舞踏会…私…参加してみたいです!だって舞踏会なんて夢の夢のまた夢の…あ、陛下がお許しくださるなら、ですが。
それに、ダッガードの人間と言われても…私にはダッガード国への思いがあまりなくて。名前が一緒ですね、くらいの」
「ぶはっ!名前が一緒ですね、か!ハハハ…そうきたか、ハハハ…ハァー、シャルル、本当にお前といると楽しいな。ハハハ…最高だ」
言いながら大きな手がクシャクシャとシャルルローゼの頭を撫でる。
「わかった。実を言うと俺もシャルルと出席したい。シャルルを皆に自慢してやりたくてウズウズしてるからな」
「そんな…陛下のご期待に沿えるかどうか」
「ご期待?俺は今のままのシャルルで十分満足だ。これ以上の期待なんてない」
「それは…もったいないお言葉ありがとうございます」
「いや、訂正する」
「はい?」
「今、気が変わった。俺はシャルルに期待することがある」
「あ、はい、それはどのような…」
「そろそろ名前を呼んでくれ。そして話し方も普通でよい」
「名前…と…あの…」
「俺の名前はライアンだ」
「存じております!」
「"知ってます"だ」
「……知ってます」
「では、続けて言ってみろ」
「…ラ、ライアン…様…知って…おります」
「うん、悪くないな。いいかシャルル、俺達は婚約したんだ、遠慮するな」
「はい、ありがとうございます」
「舞踏会だが、ではシャルルも一応出席だ。しかしほんの少しだ、疲れない程度にな。身体が辛くなったらすぐに俺、でなくてもいい、ユーリでもアズベルでもエマンダでもいい、必ず誰かに伝えること。わかったな」
「はい、陛……ライアン様」
「うん、なかなかいいな」
長く力強い腕が優しくシャルルローゼを包んだ。
舞踏会まで2週間。
城には名だたるテイラー達が続々と呼ばれ、エマンダの指示の元、色とりどりのドレスが次々と運びこまれた。採寸され試着を繰り返すシャルルローゼは初めてのことに目が回りそうだったが、生まれてこの方感じたことのない興奮と期待に胸が躍る日々だった。