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10 光

「俺達きょうだいの関係は聞いたか?」

「はい、クロエ様に少し」

「ああ、俺達の母親は皆違う。

 その中でもクロエの母親はとても優しくて楽しい人でな……

 幼い俺は彼女やクロエと過ごすのが好きだった。俺の母上も彼女とはよく一緒に過ごし仲が良かった。仲が良いんだと思っていた。

 ある日、彼女らと過ごした直後、母上と2人になったとたん殴られた。それはもう侍従達が必死で止めに入るほどにめちゃくちゃに殴られ何度も足で踏みつけられた」

「……なんてこと…」

「訳が分からなかった。さっきまで笑いながら仲良くしなさいと言っていたのに、いきなり「なぜあんな女に懐いているの!」と怒鳴られた。

 母上の豹変ぶりは…気味が悪かった。恐れや悲しみはなかった。ただただ気味が悪かった。

 そうして俺はその時になって初めて女達の本当の関係を知ったんだ。

 俺の前では皆が…女達も侍従も侍女も騎士も、城中の者が俺の前でだけは微笑み、キレイな言葉ばかり使っていた。それを鵜呑みにしていたんだ。自分がどれだけバカなガキだったのか思い知った」

「そんな……」


「男の愛情を独占しようと足の引っ張り合いをする女達。その足元で子どもたちは必死で大人達の顔色をうかがう。失敗すれば、良くて俺と同じ目にあい、悪ければ命を落とす」

「命を…」


「俺は強くなろうと決めた。誰の笑顔にも言葉にも悪意にも動じない。誰がどうしようが主導権は俺にある。誰も近寄ることができないくらいの力を持とうと決めたんだ。

 警戒しろ、裏を読め、真実はどこだ、俺は常に自分にそう問い続けた。

 寄せられる好意や優しさより、どす黒い憎しみをぶつけられる方がマシだと思った。憎しみにはウソがない。ぶつけられるものが醜悪であればあるほど…残酷であればあるほど、そこには真実しかない。俺にはその方がわかりやすかった」


「そうして俺は強くなった。力も権力も手に入れた。なのに俺は今だに母上に殴られたあの日にいる。気味が悪いと思ってしまうんだ、俺に向けられる笑顔も好意も…ふんっ、情けないだろ、まだガキのままだ」

 弱々しく笑うライアンにシャルルローゼはただ首を横に振った。


「だからだ、シャルル、だから俺は自分は結婚はしない、したくないし、するはずがないと思っていた。

 次の王位にはユーリかアズベルの子どもが就けばいい。別に俺の子である必要はない」


「昼間、ユーリ達にシャルルと結婚してはどうかと言われたんだ。正直全くピンと来なかった。一瞬なんのことかわからなかったくらいだ。でも…」

 ライアンは再びシャルルローゼを腕の中に引き寄せ、今度は優しく腕に包み込んだ。


「でもそう言われて不思議と腑に落ちるところもあった。俺はお前といると安らぎをもらえる。少しでも時間があれば顔を見たくなる。共に時を過ごしたいと思う。

 あんなに気味が悪いと思っていた女の笑みも、シャルルのそれだけは信じられる。

 ずっと見ていたいと思う。ずっと‥俺に微笑みかけてほしいと思う。

 ようやく気づいた。俺が結婚するなら相手はシャルルしかない。一番側でずっと一緒にいるのはシャルルしか考えられない」


「シャルル、俺はやっかいだぞ…それでも俺の妻になるか?なりたいか?」

「……はい」

「結婚がどんなものかわかっているか?変わらぬ愛を誓ってずっと俺のそばにいるんだぞ」

「はい。変わりません。陛下がそれをお許し下さるなら、私はずっとずっとおそばに……いたい」

 抱きついてくる柔らかい華奢な身体を大きく包んだ。



「気づいてしまえばなんと簡単なことだったか」

「?」

「俺は最初から、お前を誰にも触らせたくなかった。こうして腕の中に抱きしめて、なんならずっとそうしていたかった。ハハ…たしかにそんなことは初めてだ。いつも離れるタイミングを考えながら触れていたのに」

「いつも………?陛下は他の女性のこともこんな風に触れるのですか?」

「……忘れろ、しゃべりすぎた」


「陛下、お母様とは?」

「母上か?あの日以来、必要なことは話さないし食事も一緒にとらなくなった。すぐにまともに話せる状態ではなくなったしな…でも今なら多少母上の苦しみもわかる気はする。

 シャルルの母上は優しい人だったみたいだな」

「はい…優しくてあったかくて…大好きでした」

「そうか。ずっと1人でいたシャルルが、それでも素直に人に優しく丁寧に、そして人を大切にできるのは母上から愛情をもらったせいだろうな。時々俺にはお前が眩しく思えることがある」


「眩しい?それは…光、太陽の陽射しなどに使う言葉ではありませんか?」

「ああ、そうだな、その通りだ。俺にとってシャルルは光だ」

「…………それなら…私にとって陛下は光です。私の世界に光をくださった方です」

「俺の世界に光をくれたのはシャルルだ」

 ゆっくり重なっていく2人を優しい月の光が包んだ。



 新国王の凱旋と同時に婚約が発表された。

 "相手はシャルルローゼ・メローナ・ダッガード、故ダッガード王妃に側妃の子であるという理由で幽閉され表舞台に現れることはなかった悲劇の王女"だ。


 〜〜〜〜〜〜〜


 ライアンが結婚を決めた翌日、ユーリヤルドからシャルルローゼの母親に関する報告があがってきた。

 クロエからも話があるという。


 まずはユーリヤルドの報告だった。

 それによると、シャルルの母親はイヴァと呼ばれていたが、家名は誰も知らず、どこからどうして現れたのかも全くの不明だった。

 オレンジがかったブラウンの髪を持つイヴァはそれはそれは美しい女性で、その教養と所作からかなりの高位出身の可能性があるという。

 美しい側妃に対するダッガード王妃の悋気は苛烈を極め、ついに国王は彼女を離宮へ移した。


 ある日、古い使われていなかった地下室がキレイに掃除され美しく可愛らしい調度品が次々と運ばれた。それは全て王妃の留守中に行われた。

 その部屋に白銀の髪を持つ幼児が閉じ込められたことを知る者はごく僅かだった。

 母親イヴァは時折外に出ることがあったが、それは必ず王妃の留守中だったらしい。


「以前は外とあの部屋を繋ぐ通路があったそうです」

「………俺には理解できないな。シャルルの母親を悪く言いたくはないが娘があんな部屋に閉じ込められて何も感じなかったのか?通路があるならなおさら救い出すことが出来たはずだ」

「強い抑圧下にある者は正常な判断能力を失うといいます。彼女もそういう状態だったのかもしれませんね。ダッガード国王に逆らえなかったのではないでしょうか」

「本当にシャルルローゼ様が外に出たら死ぬ病気と思っていたのかもしれませんよ」

「………ふんっ」


 そしてクロエからの報告もシャルルローゼの母親についてだった。

「どこかで見たことがあるの、あの紋章」

 それはシャルルローゼが母親から譲り受けたという本に押された刻印だった。

 本に紋章が押されるのは所在を示す為であり、それは即ちその本自体の価値でもある。そしてそんなことをするのは、

「今のユーリの話と合わせると、どこかの国の高位貴族、もしくは王族としか考えられない。シャルルローゼ様の所作から王族の可能性が十分に高いと思うわ。ワグドゥナードに戻ったら調べてみるつもりだけど、いずれにせよ我々の大陸外の国だと思う」

「なにかわかったら連絡をくれ」

「ええ、もちろん。それと、シャルルローゼ様がお母様の死を聞かされたのは9歳の時だったっていうのは聞かれた?」


 母親は彼女を存分に慈しみ、教育を与えた。シャルルローゼの美しいマナーや所作は全て母親からの教えだったという。

 しかし母親が亡くなってから、彼女を気にかけるのは侍女マーサのみとなった。


「例のシャルルローゼ様のドレス事件と繋がりますね」

 アズベルが指摘したのは、地下の部屋にあったたくさんの華やかなドレスや靴のことだった。

 シャルルローゼを救い出した後、彼女の身の回りのものを新しい部屋に移そうとした時にそれは起こった。

 マーサがひどく言いにくそうにユーリヤルドに訴えてきた。

「お嬢様のドレスと靴を新調して頂けませんか」

 地下の部屋にあったものは全て、彼女の身体には小さかったのだ。


 彼女と侍女は小さくなったドレスを切って縫い合わせたり、ほどいて丈を調節していたという。

「私、お裁縫がとても好きなんです。お裁縫をしていると時間があっという間に過ぎるので」

 その1秒後にライアンがドレスと靴の用意を命じた。


「母上が亡くなってから、ドレスも靴も新調されなくなったんでしょうね。あの教皇め、何が「面倒をみてやった」だ。ドレス1枚用意しなかったくせに」



「そういえばワグドゥナードに戻ったら、もう少しシャルルローゼ様のドレスや身の回りのものをきちんと揃えてあげてね、ユーリヤルド」

「そうですね、今はあくまで急場しのぎな感がありますからね。かしこまりました」

「ね、お兄様もいいわよね、もちろん」

「ああ。身の回りのものもいいが…今はそれよりワグドゥナードでの生活の方が気にかかる。これからは外に出ることもあるだろうし、本当の意味で環境が一変するだろうからな。うまく馴染んでくれたらいいが」


「シャルルローゼ様のこととなると」

「急に兄上は」

「ただの男になりますね」

「は?ただの男とはなんだ?」

「いえいえ、大丈夫です、兄様、エマンダによく言っておきますから」

「そうね、エマンダ様がいるから安心よ。私も時々顔を出すわ」

「兄上至上主義のエマンダ様が悲しまないといいですがね」

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