ライアン・ジルガ・ワグドゥナード
ただの溺愛物語です、スミマセン
最後までおつきあい頂けると幸いです
「クソっ、なぜ俺がこんな安い宿に泊まってこんなシケた店で水のようなクソ酒を飲まないといけないんだ」
「兄上、お言葉が…」
「だいたい俺の!国王即位の教皇詣でになぜ俺が!あれほどの土産を持参しなければいけないんだ。俺が!祝いをもらう側だろうが」
「『教皇に即位のご挨拶』です。教会からも祝福の品は頂いております」
「ユーリ、お前が言ってるのは、あのチンケな紋章とハンカチのことか?あれが祝福の品か?こっちはどれだけの金を持ってきたと思ってるんだ」
「返礼金です」
「はっ!紋章とハンカチの返礼とは!金と欲にまみれた俗物がっ」
「兄上、おやめください、誰に聞かれてるやもしれません」
「構わん。戦なら買うぞ」
「はぁぁぁ」
異母弟であり最側近のユーリヤルドは大きなため息をつく。
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知能、武勇、容姿、これでもかというほどの豪胆さと傲慢さ。どこを取っても唯一無二と思わせるこの男ほど『統べる者』という言葉が相応しい者はいないだろう。
ライアン・ジルガ・ワグドゥナード
彼が初めて人を殺めたのは8歳の時だった。
死罪を言い渡したなど生ぬるいことではない。彼自身が短剣で首をかき切ったのだ。
その相手は父親の第3側妃だった。
ワグドゥナード家の人間は稀に見る美貌ゆえ、その血統の歴史は数え切れない血生臭い事件の上に成り立っている。
ライアンの父であるマクレアン・ジルガ・ワグドゥナードもその類まれなき美貌で多くの女性を虜にした。彼は無類の女好きで致命的なほどに気が弱かった。
年齢の変わらない子どもたちが何人も生まれる。
嫉妬に支配される女達、彼女らを唆し自らの野望を成し遂げようする男達。
そのどす黒い感情の矛先は正妃の嫡男、第一王位継承権を持つライアンに向けられた。
初めて命を狙われたのが8歳の時。その首謀者こそ彼が殺めた第3側妃だった。
その事件後も、彼は何度か命を狙われた。
ワグドゥナード城は血塗られた城と揶揄されるほど死罪になる者が後を絶たなかった。
反面、ライアンは父王に直訴してでも異母きょうだい達の処刑には反対した。
それでいて、母と離され震える彼らにこう言い放つのだった。
「姑息な真似をせず堂々と俺を超えてみせろ。知識でも武道でも俺より優れていると認めたら王位継承権などいつでもくれてやる。馬鹿どもに踊らされて毒を盛る程度の知恵で国を導けると思うな」
年の変わらない長兄の、その強さと自信が漲り濡れたように光る漆黒の瞳に射抜かれ絡め取られる。
自らが暗殺を企てたわけではないのに羞恥に汗が吹き出る。
しかし呪いのように響くその言葉は彼らを支え成長させ、母を奪われた悲しみは兄への憧憬へと変貌していった。
そうして月日が流れ、ライアンが直接手を下し父王の命を奪った夜、彼の隣にいたのは父の第3側妃の息子であるユーリヤルドと、同じく第5側妃の息子で今や若き護衛隊長としてライアンに仕えるアズベルだった。
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国王としての責務にも官僚たちの腐敗是正にも消極的で、国力増幅や領土死守・拡大にも全く興味がない父王。ライアンにとって彼を討つことは最大の課題だった。
次期国王の息子が現国王である父の命を奪うという、本来なら国を大混乱に陥れるほどの前代未聞の所業は、しかし何年も前からに綿密に練られた計画であった。
その為、国王の死のその瞬間からライアンとユーリヤルドを主軸とする政権が動きだし、その夜には汚職と賄賂に手を染めていた官僚・貴族が一掃されるという驚異のスピードで静かに幕を閉じた。
もちろん国民には国王の突然の訃報が伝えられるのみだった。
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あれから半年、今、ライアンと彼の側近達は大陸を築いたとされる神話を元に、現在も形の上では大陸の中心とされる教会へと『即位のご挨拶』にやって来たのだ…大金という手土産を持って。そしてそれこそがライアンの不機嫌の元凶だった。
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「それにしても随分賑やかですね」
参謀の1人、ウェルム第一騎士団団長が酒を持ってきた店主に声をかけた。
ウェルムはライアンの母親の弟にあたる。
「うるさくてすまないですねぇ、旅の方。今日はこの町の者はみな気分が上がっておりまして」
「何か良い事でもあったのですか?」
「いえね、まぁうちにとっては商売敵なんで良い事ばっかりでもないんですがね」
「おいおいマルコ、お前の安宿とラナが商売敵とは大きく出たもんじゃねぇか」
酔った男の冷やかしに店中に笑いが渦巻く。
客達との一通りのやり取りが終わると、店主が顔を赤くしながら続けた。
「そりゃまぁラナとうちでは格が違うんですがね。ラナというのは少し先にあった宿なんですが、つい最近火事を起こしまして」
もちろんライアン達はそれを知っている。そのせいで今、「こんな安い宿」の「こんなシケた店」で食事をとり酒を飲んでいるのだから。
「そこの再建が明後日から始まることになりまして。皆、仕事にありつけると上機嫌で」
「つい最近火事にあったというわりには、随分早い話だな。それだけ羽振りが良かったということか」
ライアンの独り言のような呟きに、隣の席の男が顔を出してきた。
「ラナの金は教会が出すんだ」
「教会が?」
「おい、こら、勝手なことを言うもんじゃない、旅の方が本気にされるだろう」
「勝手なこととはなんだ。そんなこと、この町のモンならみ〜んな知ってるだろうが」
「そりゃそうだ、ラナは大事なお客を泊める宿だからな」
酔った客達が次々と参戦してくる。
「教会にとっては大事な宿だもんな。早く建てないと金が入ってこん」
「宿を建てたら金は出ていくのでは?」
「わかっとらんねぇ、旅の人。ここは教会の町だ。教会の最も大事な客は誰かわかるか」
「信徒?」
「バカか、ユーリ。教会に税を収める国々に決まってるだろ」
「お、あんたはわかってるじゃねぇか。兄さん、いいかい、よく聞きな」
ライアンにバカ扱いされたユーリヤルドに男が説き始める。
「この大陸にある5つの国には、このキュルパ教会に税を納める義務がある。まぁ正確には4つの国だがな。で、そのご一行が常宿にしてるのがラナ…」
「ちょっと待て、今なんと言った?」
「だから5つの国には税を…」
町民の服装を身にまとった目の前の男が、まさに5つの国の1つであるワグドゥナード王国国王とも知らず、その男は続けた。
「義務があって、そのご一行が」
「違う!お前はさっき、正確には4つの国、と言わなかったか?」
「そうだ」
「何がそうなんだ?正確には5つだろう」
「だから国は5つあるが、税を納めてるのは4つの国ってことだ」
「は?」
これにはさすがのライアンも驚きに言葉を失う。
「ジャン、旅の人が混乱してるぞ」あちこちで笑いが起きる。
「そりゃあ5つの国が4つて言われちゃあなぁ」「俺たちだって、ついこないだ知って驚いたばかりだ」
「そうそう、旅の人も混乱するさな」
「どこだ?どこの国が納めて、どこが納めてないんだ?そんなことがあり得るのか?」
「あり得るんだなぁそれが」
ライアンの混乱ぶりに男達の興が乗る。ライアンにとってはもはや笑い話ではないのだが…
「俺たちもついこないだ聞いたんだ」
「ここに出入りする女達で、ダッガード王国のヤツらとイイコトしたのがいてな」
しばし酔った男たちの下卑たやりとりが続いたあと、
「で、そいつらが言ってたそうだ、ダッガードは税なんて払ってない。むしろ教皇から土産をもらって帰ってる、てな」
「まさか…」
ユーリヤルドから思わず言葉が漏れた。
「そりゃあ俺たちだって一人の女の言うことだけで信じたわけじゃないぜ」
「でな、つい3日前か、ダッガードのお役人が教会へのおつかいだかなんだかで、ポッと現れたのさ、ここにな」
「そうそう。そいつらときたら酒を飲みに来てるくせに、まぁ〜酒が弱いのなんの。で、ついでに聞いてみたんだよな。そうしたらどうだいアイツらちゃーんと認めたんだ」
「ダッガード王国を他の4国と同じに語るんじゃねぇ。俺たちは別格だ、てな」
「バカめが」
ライアンが小さく笑った。
歴史を大きく変えるような出来事も発端はほんの小さな綻びだ。
「そうそう、教皇様が訪問するのもダッガードだけらしいしな」
「……ほぉ教皇が訪問するのか、ダッガードを」
「ああ、らしいぞ。しかもその時もちゃーんと土産を持って行くらしい」
「ほぉ…土産ねぇ………しかしなぜダッガードだけが」
「それはな、わからんらしい。ダッガードの王に力があるからだって散々自慢してやがった」
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「どういうことだ」
食堂から引きあげた4人は部屋に集まり思いのままに口を開いた。
「どういうことでしょう。まさか本当にダッガードだけ税を免除されてるのでしょうか」「ということは教会詣で自体、4国に対する偽装、目眩ましということですかね」
「おそらくな」
「他の国は知ってるんでしょうか」
「知っていれば黙っているはずがない」
「まさか我が国だけ支払わされてるなんてことはないですよね」
アズベルが怒りをあらわにする。
「なんとも言えんな……腐ってるとは思っていたが、まさか教皇自ら、しかもダッガードと繫がってるとはな。まずは他国を調べざるを得ない…ウェルム、頼めるか」
「かしこまりました」
地位を重んじる彼は、何度言われても甥であるライアンに敬語を外さない。
「ユーリヤルド、忙しくなるぞ。ダッガード王国統合後の未来図を描いておけ」