第八話 この世界の階級
滅神教の使徒を乗る二人組のうち、男の方が挙げた右手に、黒いエネルギーの塊が集まり始める。
「巨人の斧」
黒いエネルギーの塊が辺りの建造物を遥かに越えるほど巨大な斧に変化し、地面に向かって振り下ろされる。
「不味い!!」
シルバは素早く獣の姿に変身すると、俺を咥えてその場を離れた。
「死ねぇぇ!!!!」
振り下ろされた巨大な斧は、地面を底が見えないほど真っ二つに割り、建物や噴水を崩壊させた。辺りには建物の破片や大きな石の塊が飛び交い、凄まじい砂塵が舞う。
「ありがとうございます、シルバさん」
「いえ、当然のことをしたまでです」
辺りには砂塵が舞っており、周囲の様子は確認出来ない。
「皆さん!!無事ですか!?」
砂塵が少し晴れると、ソルドのラッキーの姿が確認できた。
「はい…俺とラッキーは何とか助かりましたが、クラエさんが……」
ソルドとラッキーは少し擦り傷を負いながらも、大した怪我は無いようだったが、クラエは頭に建物の破片がぶつかったようで、頭部から出血をして気を失っていた。
「クラエさん…!!早く…治療を…!!」
「ツバサ様!女神の力でこの人を治療してあげて!!女神様の力には、癒しの力があるはずだよ!!」
「そう言えば…」
ラッキーの言葉を聞き、女神様と会った時のことを思い出す。確かに女神様は、授けた力の中に癒しの力があると言っていた気がする。
しかし、どうやって使うのか聞いてない上に、他者にも有効なのかはわからない。けれど、やるしかない、クラエの様子を見て、戸惑っている場合ではない。
「うー…何とかなれぇ!!」
俺はクラエを両手で抱えると、以前悪魔を撃退した時のように、正心の力を身体の中から両手に集めた後、クラエの怪我を治すイメージを頭の中で浮かべる。
俺の両手が緑色の光を発し、それがクラエの全身を包む。すると、傷が徐々に治っていき、出血が止まった。
「よかった…治りました……」
傷は治っても意識は戻らなかったが、一先ずはこれで安心だろう。
「流石女神様です!しかし、彼奴らは一体…?」
「滅神教と名乗っていたね。滅神教は外れの世界に存在する新興宗教さ。神の末裔に反発する、神力を使えない第五階級の人々で構成された過激派宗教だったはずだけど…」
ソルドの疑問にラッキーが答えた。
「まともに使えないはずの神力を使っているように思えるな。奴ら、貴族なのか?」
「あの巨大な斧から察するに、斧神の力を使っているけど…技を出す時に発生した黒いエネルギー…。もしかしたら、邪神が関係してるのかもしれない!」
「そうですね!でも今は、あの二人を止めることに集中しましょう!」
辺りの砂埃が完全に晴れ、二人組の姿が見え始める。斧の攻撃による風圧のおかげか、黒いローブのフードが取れ、二人の顔が見えた。
女の方は緑色の髪がツルのように編み込まれており、頭には花で作られたカチューシャのようなものを着けている。美人と言える容貌だが、やはり邪神に心を汚されていた時のソルドと同じく、その瞳には光が無かった。
男の方はシルエットから筋骨隆々で身長が高いことはわかっていたが、顔はそれに見合わずベビーフェイスだった。プリっとした唇に、パッチリと開いた瞳。そして、ふっくらした頬はまるで幼児のようであったが、薄ら生えた無精髭と僅かに寂しくなった頭髪が年齢を感じさせた。
「ブフォ!!」
男の顔を見たラッキーが耐えきれずに吹き出す。
「何を…笑っている……!!」
「ご、ごめんよ〜!笑うつもりは無かったんだけど……」
ラッキーは、口を小さな両手で抑えながら、ばつが悪そうな顔で謝る。
「グ、グオおおお!!そうやって…いつも…みんな俺を馬鹿にしてぇぇぇ!!!」
ラッキーの笑いが琴線に触れたのか、男は大声で叫ぶと、身体中から黒いエネルギーを発し始める。その勢いは驚異的で、辺りに暴風が吹き荒れる。
「全く…すぐ感情的になるのですから…。主の命令を忘れましたか?」
「無論だ…。壊せばいいのだろう?神の力を乱用するクズどもを……」
男は再び右手を挙げる。すると、またしても巨大な斧が空中に現れる。
「クソッ!これ以上街を破壊されるわけにはいかねぇ!神力解放!!」
ソルドは空高くジャンプすると、腰に携えた剣を抜き、大きく振りかぶる。
「一刀神斬!!」
ソルドの神力を纏った剣と、巨大な斧が衝突する。
「無駄だぁぁぁ!!!」
斧はソルドの渾身の斬撃にビクともせず、そのまま振り下ろされ始める。それを見たシルバが、俺のもとを離れ、斧の方へ勢いよく飛んでいく。
「ふん!」
シルバのひと蹴りで、黒いエネルギーを纏った巨大な斧が簡単に砕かれる。
「な、何だと!!」
男の驚嘆を尻目に、シルバは空中のソルドを片手で掴むと、そのまま軽い身のこなしで、俺のもとに戻ってきた。
「身の丈に合った行動をするんだな」
「すまねぇ…」
シルバから地面に降ろされたソルドは、シルバに謝意を示しつつも、握りしめる拳には力が込められているように見える。それは自分自身への怒りなのか、悔しさなのか。俺にはわからなかったが、ソルドは邪神から貰った力が無くなっているようだ。
「クソ…やっぱり俺は…役立たずなのか…!」
ソルドは地面にを殴る。その様子を見たラッキーが俺に話しかけてくる。
「ツバサ様!女神様には加護を与える力があるはずだよ!ソルドに加護を与えれば、力が強化されて、戦力になるはずさ!」
「加護を与える…ですか?」
「そうさ!『女神の祝福』って唱えるだけさ!」
加護を与えることで他者の力を強化する。確かに、そんなことが可能なら、使わない手はないだろう。しかし、何故かはわからないが、その能力に引っかかりを覚える。俺はその漠然とした違和感を放置して、クラエを抱えたまま、ソルドに向かって右手を出し、呪文を唱えてみる。
「『女神の祝福』!」
すると、ソルドの身体から白い光が溢れ出す。
「おおっ!!凄い…!力が漲る感覚があります!!ありがとうございます!!これなら、もっと戦えるかもしれません!!」
ソルドは、意気消沈した先程の態度から一変し、意気揚々といった表情で立ち上がる。それを見たシルバが、少し羨むような表現で呟く。
「確かに、パワーアップしたようだな…ちょっとズルいぞ…」
「シルバさんにも必要ですか?」
「いいんですか!!お願いします!」
シルバはウキウキと身体を揺らす。それに合わせて腰に生えた尻尾も揺れており、上機嫌であることが窺える。
俺はシルバにも『女神の祝福』を唱えると、シルバも白い光を纏い、パワーアップに成功した。
「シルバさん。俺は男の方をやります!リベンジさせてください!」
「いいだろう。では私は女の方の相手をしよう」
言葉を交わした二人は、同時に滅神教の使徒を名乗る二人組の方へ駆けていく。
「フッ…何やら、小細工をしたようだが、主より力を頂いた俺に、敵うはずない!!!」
「全くです…!」
男はまた腕を高く挙げ、巨大な斧を生成する。そして、女は腕を横に振ると、巨大な蔓を出現させ、シルバを縛ろうと試みる。
「遅い!」
シルバは自身に迫り来る蔓を華麗に躱し、女の目の前に跳んで移動する。
「フッ!!」
シルバは息を漏らしながら、右足で蹴りを女の顔面に向かって叩き込む。衝撃と風圧で砂埃が舞うほどの威力であったが、砂埃が晴れるとシルバの右足は太く巨大な蔓に絡まれていた。
「何だと!!」
「フフフ…舐めてかかるからですよ…!私の力は、主によって第二階級程度まで上がっております!そんな単純な攻撃で、倒せるはず無いでしょう!!」
女は巨大な蔓を巧みにコントロールし、シルバを地面に叩きつける。
「くっ、鬱陶しい!!」
シルバは衝撃に声を漏らすも、右足に絡みついた蔓を両手で掴むと、そのまま引きちぎって脱出する。
「な、何…!?私の蔓を素手で…!?」
「そんな単純な攻撃で…私を倒せると思っていたのか?」
シルバは不敵な笑みを浮かべる。
一方、ソルドは自在に動く巨大な斧と互角に撃ち合っている。最初に撃ち合った時は、ソルドの剣ではびくともしなかったが、今は巨大な斧の攻撃を、ソルドの斬撃で相殺出来ている。
しかし、それでも決定打を撃つことは出来ず、戦闘は膠着状態になっていた。
「クソォ!埒が開かねぇな!!」
「お前こそ…第二階級相当の、この俺の斧と撃ち合えるとは…!!」
またしてもソルドの剣と男の斧がぶつかり合う。その衝撃だけで、周囲にある建物の窓が割れ、地面に亀裂が走る。
俺は胸に抱えるクラエを何とか守りながら、ソルドとシルバの様子を窺う。
「あ、危ないですね…!それにしても、ラッキーさん。彼ら、先程から第二階級と言っていますが…第二階級ってどのくらい凄いのですか?」
「第二階級は、言うなれば人間の最高峰さ!一世代に一人いるかいないかってレベルだよ!」
「それなら、第一階級はどれくらい凄いのでしょうか?」
「第一階級は、神の領域に足を踏み入れていると言われているね。そして、この外れの世界には、「七現神人」と呼ばれる七人の第一階級がいる。そして、吾輩たちはそのうちの一人に、既に会ってるよ!」
「え?それって…」
俺が言葉を発した瞬間、全身に寒気が走る。そしてそれは、俺だけでなく、その場にいた全員が感じていたようで、先程まで轟いていた戦闘の音が、一瞬にして静まり返る。
「おい…誰じゃ……」
空から一人の女性の声が聞こえる。
「ワシの…愛する街を…壊している…」
空に浮かぶ影は、一人の龍人族。
「不届き者は!!」
交易街の長、ドレイクであった。