第六話 龍神の末裔と交易街
青龍神剣を持ち去ったと思しき人物を追い、俺たちはハリセンボン山を下山することにした。
そして、下山する前に、ラッキーの勧めで山頂にある手頃な剣を拝借し、一先ずはそれを使うことにした。
下山して、山の麓にある森を抜けると、一本の広い道があり、その道をしばらく辿っていくと、一つの街が見えた。
街はかなり大きく、強固な外壁に囲われており、歩いている道の先には巨大な門が見えた。
門の付近には街への立ち入り許可を貰っている人の列があり、何人かの門番がそれを捌いている。
「ラッキーさん、あそこにある街は何ですか?」
「あれは、龍の街だね!かつて龍神が住んでいたとされる地域にできた街さ!確か、龍神の末裔が治めているはずだよ!」
「龍神の末裔…一体どんな見た目なのでしょう?可愛い感じの龍だと嬉しいのですが」
「あはは!龍神の末裔は龍人族と呼ばれていて、ほとんど見た目は人間と変わらないよ!」
「そ、そうですか…」
龍神の末裔と聞いて、てっきり日本の龍のような姿をしているかと思いきや、そうではないようだ。
「門番がいるようですが、私たちは街に入れるのでしょうか?」
「うーん、わかんないけど、とりあえず行ってみようよ!何か面白いことが起きる予感がする!」
「ええ…?面白いことって…」
ラッキーの奇妙な様子に、少し不安になりながらも、俺たちは街への立ち入り許可を待つ列に加わった。すると、シルバの存在を見た周囲の人々がざわつき出した。
「お、おい……あれ…!」
「ま、まさかあれは…?」
ザワザワと落ち着きを無くし始めた人々を見て、門番の一人がこちらに寄ってくる。
「何を騒いで…って、神獣…!?」
門番は驚きのあまり腰を抜かしている。
「シルバさんって有名なんですか?」
「さあ……私にはわかりません。あまり人里には行きませんので」
シルバは不思議そうに周囲を見渡している。
「いやぁ…有名も何も…神獣は多くの書物で語られる伝説の生物なんですよ…。特に、銀神狼…シルバさんを含む四大神獣を知らない人なんていないっすよ…」
ソルドによると、四大神獣というのは、御伽話に出てくる存在で、伝説の生物として語られているらしい。そして、シルバはその内の銀神狼という神獣と姿形がそっくりなようで、人々が驚くのは当然だと言う。
「お、おい…上に誰か乗っているぞ!」
「おお……なんて神々しい女性なんだ…きっと女神様に違いない……」
「美しい……!!」
「女神様!!」
ソルドから色々聞いていると、瞬く間に女神様コールが巻き起こってしまった。
「わわっ!どうしましょう…」
「黙らせますか…?」
シルバが舌舐めずりをする。
「食べちゃいけませんよ…?」
「えっ…そうですか…」
シルバはガックリと首を垂れる。
「えっ?本当に食べるおつもりだったのですか?」
「フフフ…冗談ですよ…」
シルバは何やら含みのある笑みを浮かべている。冗談なのか本気なのかはわからないのがちょっと怖いが、それはそれとして、とりあえずこの騒ぎを治めなければならない。どうしようかアタフタしていると、街の上空から何かが飛んで来るのが見えた。
「何事じゃあ!!!」
突然大きな声が聞こえると、飛んできた何かが俺たちの近くに勢いよく着地した。着地の勢いで発生した砂埃が晴れると、飛んできたものの姿が見えた。
どうやら人間のようであったが、長く青い髪が揺れるその頭には、二本の角のようなものが生えており、腰から鱗のある尻尾が生えている。
「冗談みたいに強い神力じゃな…何者じゃ?」
その人は威厳のある口調で俺たちに問いかける。少し高めの声と微かに膨らんだ胸から女の子のようだが、格好は鎧を纏っており、戦士のように見える。
「えっと、私たちは……」
俺が事情を説明しようとした瞬間、目の前の女の子が口を開く。
「むっ!これは失礼致しました!途方もないほど強い神力に、その容姿、そして銀色の巨大な狼……。流石の私でも理解できます…女神様の一行でいらっしゃいますね?」
「えっ?」
「申し遅れました!私はこの街の長、ドレイクと申します!事情は後でお聞きいたしますので、まずは私の屋敷にご案内させて頂きたく存じます」
「は、はい」
ドレイクと名乗った女の子の勢いに押され、俺たちは彼女の屋敷へ案内されることになった。
ドレイクは『空間魔法』と唱えると、何もない空間から、片手で大きな馬車を取り出す。
「大きな馬車ですね…。でも、シルバさんは入らなそうです」
「ならば、私も人の姿になりましょうか?」
「え?人の姿になれるのですか?」
「はい、お手のものですよ」
シルバはそう言うと、白く発光を始めた。すると、みるみる縮んでいき、最終的には人間に変身した。
銀色で肩口まで伸びた髪の毛に、水色の瞳。どこか高貴さを感じさせる顔つきは凛々しく美しい。身体は女性的だが、身長は高く、筋肉質に見える。毛並みが反映されたのか、服装は銀色の鋭い装飾のついた露出の多い鎧と、少しモコモコしたマントを羽織ったものになっていた。
「シルバさんって…女性だったのですね!?」
「はい、私はメスですよ」
まさかの新事実に皆が驚く。
「な、なんか先入観でオスだと思ってたぜ…。物語でも、大抵オスっぽく描かれてるし……」
「そ、そうだね……」
「いや…人間に変身できることも驚きじゃが、銀神狼はメスだったのか…これは新発見じゃな…」
ドレイクも口調が丁寧なものから、素のものに戻っており、その衝撃が伝わってくる。
「どうした?乗らないのか?」
シルバは、驚く俺たちを意に介さず、無表情ながらも目を輝かせて馬車を見ており、乗りたくてうずうずしているようだった。
「そ、そうじゃな…これ以上注目を集めると面倒じゃ…」
そして、ドレイクに促されて俺たちは馬車に乗った。
豪華な馬車に揺られながら街道を進んでいく。馬車の窓から辺りの様子を窺うと、多くの出店が立ち並んでおり、多くの買い物客や商人で溢れている。
「ここはかなり栄えた街なんですね」
「ええ、ここは龍の街とも呼ばれていますが、正式には交易の街チェイン。多くの国から商人が集まり、市場を開く場となっております」
隣に座るドレイクが、優しい目つきで窓の方を眺めている。
「ワシの愛する街なのじゃ……あっ!」
ドレイクはハッとしたように口元を押さえる。
「ふふっ、砕けた口調でかまいませんよ。私はそんな偉い人ではありませんから」
「何をおっしゃいますか…でも、そうじゃな、その方がワシとしても楽なのじゃ…。お言葉に甘えさせていただくのじゃ……」
ドレイクの身長は俺よりも小さく、子供のように思える。しかし、口調は老人のようで、そのギャップが何というか、とても魅力的だった。
馬車に揺られて数十分ほど経つと、ついにドレイクの屋敷に着いた。広い敷地に建てられた屋敷の外観は雄大で、所々龍の装飾が施されていた。
ドレイクに案内されて、屋敷の中に入ると、数名の使用人に迎えられた。
そこからドレイク自身に案内されるまま、中央の大きな階段を上がり、少し二階の廊下を進むと、彼女の執務室にたどり着いた。
執務室の中に入り、宙に浮いているラッキー以外の三人はソファに座らせられ、ドレイクは低く長めのテーブルを挟んで向かい側のソファに腰をかけた。
「まずはワシの街にお越し頂き、ありがとうなのじゃ。して、女神様。いきなり聞いてしまうのじゃが、どのようなご用件で来られたのじゃ?」
「ええと、私たちは今、青龍神剣という武器を探しておりまして、ハリセンボン山の祠にあるはずだったのですが、誰かが持ち去ってしまっていたようなんです。そして、その人物の痕跡を辿った結果、この街に辿り着きました」
「青龍真剣……なるほど、剣神様の武器じゃな。だが、何故青龍神剣を探しておるのじゃ?それは横にいる剣神の末裔…、へファイス家の面汚しと関係があるのじゃ?」
「げっ…」
へファイス家の面汚しと呼ばれたソルドは、居心地が悪そうに体を縮める。
「ソルドさんをご存知なのですか?」
「もちろんじゃよ。此奴はこの辺りでは少し有名な小悪党じゃ。貴族の出自にもかかわらず、賊に堕ちたと知られておる。ワシはてっきり、此奴を女神様が連行してきたのかと」
「そうですか……では、そのあたりも含め、一から事情を話したほうが良さそうですね」
俺はドレイクに、俺が暴れる神の末裔を鎮めるため、この世界に来たこと。ソルドを改心させる過程で、邪神や悪魔の存在が判明したことと、それらに対処するために武器が必要なことを伝えた。
「なるほどのう…。邪神に…悪魔か……。確かに、最近神の末裔達が各地で問題を起こしておる。昔から邪な心を持つ末裔はおったが、ここまで多いのは初めてじゃった。だが、邪神が関係しているなら、納得できる。かつての神話のように、邪神が…正義の神々に対して戦争を起こそうとしていると考えるのが妥当じゃろうな……」
ドレイクの見解は、ラッキーと同じようなものだった。
「やはり、ドレイクさんもそう思いますか?」
「ええ、歴史を考えれば、その結論に至るのじゃ。しかし、そうなると…この世界に危機が迫っていることになる……女神様がそれに対処するというのであれば、ぜひ、お力添えさせて頂きたく思うのじゃ!」
「手伝っていただけるのですか!?」
「ワシは街の長ゆえ、この街を長く空けることはできないから、一行に加わることはできないが、青龍神剣については捜索には協力するのじゃ。あと、近くの街の長達にも協力を仰いでおくから、もしこの街に無かった場合は、その伝手を頼るといいのじゃ」
「ありがとうございます!助かります!!」
「礼など勿体無いのじゃ!近頃、神の末裔達が起こす問題にはうんざりしていたのじゃ!こちらとしても、解決して頂けるなら、この上ないのじゃ!」
コンコン。
執務室のドアがノックされる。
「何用じゃ?今、客人と話しておるのだが」
「ドレイク様、お願いしていた作業は終わりましたでしょうか」
「あ…」
「まさか…まだ終わっていないんですか!!」
「ご、ごめんなのじゃ〜!!でも忘れてたわけじゃないのじゃ!!今からやろうと…」
「いつもそう言って!!もう!入りますよ!失礼します!!」
ドアが開き、凄い剣幕で一人の女性が入ってくる。その女性はメガネを掛けており、スーツのような、畏まった黒色の服を着ていた。
「突然申し訳ございません!客人の皆様!私はドレイク様の補佐をしております、クラエと申します!」
クラエと名乗った女性は、ピシッという効果音が聞こえてきそうなほど、俊敏な動きで敬礼をする。
「ドレイク様の職務が滞っておりますので、僭越ながら、ドレイク様を職務に戻させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええと、こちらこそ、突然お邪魔してしまって申し訳ございません…」
「……!!!」
クラエは謝罪する俺を見て、目を大きく開けると、硬直したまま動かなくなった。
「あの…?大丈夫…ですか?」
俺が問いかけるも、クラエは動かない。まるで石像になってしまったように。というか、単に固まっているというよりは、石像そのものになってしまっているように見える。
「あー、クラエはのう…石神の末裔なのじゃが、とんでもなく美しいものを見ると石化してしまうクセがあるのじゃ…。女神様は人ならざる美しさがあるからの……石化してしまったようじゃ」
「え、ええ〜!?」
どうやら、神の末裔にはいろいろな人がいるようだ。