第四話 悪魔と新たな道
「おっ?お目覚めかい?」
ラッキーが俺の頭上を飛んでいる。辺りを見ると、俺は木の下で寝転んでいたようで、俺と頭をぶつけたはずの男は、少し離れたところで蹲っている。どうやら、ラッキーが運んでくれたようだ。
「どれくらい経ちましたか…?」
「うーん十秒くらいかな?」
それだけしか経っていないのか。体感は長い時間経っているように感じたけれど、記憶の中では現実とは時間の感覚がズレるのかもしれない。
「彼の記憶…見てきました」
俺は拳を握りしめる。
今のソルドは、確かに悪人なのだろう。でも、彼の記憶を見て、彼の苦しみや悲しみを間近で感じた。それによって、彼に少なからず同情した。そして、彼が変わったきっかけである、あの謎の女。あれがきっと原因だと予測する。
「記憶の中で、神を名乗る、黒いローブを着た女性がいらっしゃいました。彼…ソルドさんは、その方から力を貰ったみたいです。力を受け取る時、なにやら、黒いモヤのようなものに包まれていました」
「神を名乗る女…黒いローブ…もしかして、邪神かな?」
「じゃしん?」
「心じゃなくて、神のほうの邪神だよ。しかし困ったな、邪神がこの世界に来ているなんて…でも、そうか、邪神によって力を与えられたということは、精神汚染されている可能性が高い!」
ラッキーがそう言った瞬間、ソルドが急に苦しげに叫び出す。
「ぐああああああああ!!」
その瞬間、ソルドの身体から黒いモヤのようなものが濁流のように飛び出す。ソルドの体の上に大きなモヤの塊ができると、竜巻のように回転を始め、周囲に突風が吹き荒れる。
「ラッキーさん!!何ですか、あれ!!」
俺は爆風に吹き飛ばされそうになったが、なんとか体勢を立て直すと、背中に捕まっているラッキーに尋ねる。
「たぶん、あれは悪感情の塊さ!!懺悔パンチの効力と、邪神の力が反発して、彼の身体から出てきたんだと思う!!でも、こんなに強いのは初めて見たよ…!!」
「悪感情の塊……」
爆風が収まったので空を見上げると、先程まで竜巻のように渦巻いていた黒いモヤが、まるで大きな人間のような形になっていた。人型になったそれは、顔があり、憎しみに溢れた表情をしているように見える。
「グギャアアアア」
黒いモヤの人は、人の声とは思えない、重い金切り声を発した。
「ラッキーさん…あれは、一体…?」
「あれは…悪感情の塊から形作られた存在…。いわゆる悪魔だね…。きっと邪神は、悪魔を作るために彼を利用したんだ!でも、あれを倒せば、彼から邪心がなくなり、改心できるはずさ!」
「悪魔……」
ラッキーの言葉に思わず息を呑む。悪魔と呼ばれた存在は、腕を振り回し、辺りを見境なく破壊している。動くたびに凄まじい爆風が巻き起こり、木々を切り裂き、岩を真っ二つにした。そしてそれは、ソルドが使っていた技と似ているものであった。
「あれは…ソルドさんの技!?」
「そうか…剣神の力を持つ悪魔を作ることが狙いだったのか…!なんて事だ!!」
ラッキーは怒りと絶望が混じったような表情を浮かべる。
悪魔が繰り出す斬撃の威力を見て、緊張や不安などの、様々な感情が胸の奥底から生じているのを感じる。
俺はそこで初めて、自分が請け負ったことの大きさを認識した。
「あれをどうにかしなくてはいけない」、「でも、無事でいられる保証はない」、「死ぬかもしれない」、そのような思考で頭が一杯になり、どうしていいかわからなくなる。
そんな俺の戸惑いを察してか、ラッキーが俺の背中を優しく叩く。
「ツバサ様、大丈夫だよ!女神様から力を授けられた貴方なら、必ずなんとかなるさ!」
「でも、何をどうしたらいいか…わからないです…」
「ツバサ様!落ち着いて、目を閉じて深呼吸して、そして、胸に手を当ててみて!」
俺はラッキーに言われた通りに深呼吸をして、胸に右手を当てる。
「女神様の力はね、他者を思う優しい心…つまり正心を原動力にしているんだ!正心の力は君の中にあるはず…それを感じない?」
「なんだか…温かいような気がします」
「うん!それさ!悪魔の原動力である悪感情、つまり邪心には、正心の力が有効なんだ!!」
ラッキーは俺の右手を小さい両手で掴むと、悪魔に向けて腕を掲げさせる。
「正心が認識できたら集中して、それを右手に集めて!そして、『神聖魔法』って叫ぶんだ!」
俺は精神を凪のように落ち着かせて、集中する。自分の胸の奥底にある、温かいもの。それを右手に徐々に移動させる。すると、途端に右手が白い光を帯び始め、そこから凄まじいエネルギーを感じる。
「『神聖魔法』!!」
俺がそう叫ぶと、右手に集まった白く熱を持った光が、暴れている悪魔の方に一直線に飛んでいく。
「グガァァァァァ!!!」
光線が体の中心に直撃した悪魔は、耳を塞ぎたくなるほどの断末魔を上げる。そして、徐々に体の中から光が溢れ始め、最後には爆発して霧散した。
「終わり…ましたか?」
「うん、悪魔は無事退治できたみたいだね」
ラッキーの言葉を聞くと、安心したのか、俺は脱力してしまい、地面に仰向けになって倒れた。
「つ、疲れました…」
「ハハッ!お疲れ様!初めての戦闘でこれだけできるなら、未来は明るいね!」
ラッキーは嬉しそうに笑う。
「…ソルドさんは、大丈夫でしょうか?」
俺の言葉を聞いたラッキーは、ソルドのもとに飛んでいき、状態を確認する。
「うん、意識はないみたいだけど、大丈夫そうだね!」
「そうですか…良かった……」
彼が生きているならば、頑張った甲斐があるものだ。彼は罪を犯したが、邪神によって操られていたと考えれば、彼もまた被害者なのだ。改心して、罪を償い、人の助けになるようなことをしてくれることを願いたい。
「でも…女神様のお願い…思ってたより大変かもしれません……」
「うん、ただの悪人であれば、ツバサ様のパンチ一発で改心できるけど、邪神が関わっているならそうはいかない…」
ラッキーは俺のところに戻り、真剣な表情で話す。
「もしかしたら、外れの世界で暴れている神の末裔達は、邪神が誑かしているのかもしれないね…」
「なんのためにそんなことを…?」
「まだわからない。でも、神の末裔達を利用して強力な悪魔を作っていることは、よからぬ事を企んでいる証さ。邪神は女神様を含む正しい神達と対立しているからね、神々を巻き込んだ戦争でも起こそうとしているのかも…」
ラッキーは歯を食いしばり、怒りの表情を浮かべている。俺はあまりのスケールの大きさに置いていかれそうになったが、先程倒した悪魔の強さを思い出し、事の重大さを実感する。
「ツバサ様、もしこの予想が正しければ、これから君は、沢山の敵と戦うことになるかもしれない。それでも、女神様の頼み、果たしてくれるかい?」
「もちろん、果たしますよ。……ソルドさんは、最初はただの悪人だと思いました。けれど、彼の記憶を見て、理解しました。どんな人間にも、生きてきた背景があり、苦しみがあると。だからこそ、その苦しみを利用されている人がいるならば、私はそれをなんとかしたいと思います」
俺は上体を起こし、先程まで悪魔がいた場所を見る。
「それに…きっと邪神さんにも、事情があるんだと思います。なので話してみたいです。邪神さんと」
「そうか、やっぱりツバサ様は変わってるね」
「そ、そうですかね?」
「うん!変わり者さ!でも、だからこそ、女神様は君に頼んだんだろね!」
ラッキーは微笑む。その表情は、無邪気というよりも、子供を見る親のような、温かさがあった。
「そうだ、ツバサ様。この人たちはどうする?」
ラッキーは少し離れたところに吹き飛ばされていたソルドの仲間達を、意識を失って倒れているソルドのもとに運ぶ。
「そうですね、ひとまず意識が戻るまで待ちましょうか」
「それなら良い方法をがあるよ!『ビリビリ』!!」
ラッキーは指先から小さな電撃を出し、倒れている三人に当てる。
「「「あばばばば!!」」」
三人はいきなりの電撃に身体を痙攣させるも、無事意識を、取り戻した。
「こ、ここは…」
「お目覚めですか?」
「あ、あんたは…そうか…俺は……」
ソルドは座り直して姿勢を正すと、頭を地面につける。
「申し訳ございませんでした!」
「ぼ、ボス?」
「これは一体!?」
ソルドの仲間であるライとレトは、彼の様子を見て驚嘆する。
「いいから!お前らも頭下げろ!!」
「「は、はい〜!!」」
二人はソルドの左右に移動し、同じように頭を下げる。
「頭を上げてください、ソルドさん。すみませんが、貴方の記憶を勝手に見せていただきました。それよって、貴方は邪神に誑かされていることを知りました」
「邪神…?」
「ええ、貴方に神と名乗った者のことです。貴方は邪神に心の隙を狙われ、力を与えられました。その過程で、心を汚され、悪の道に堕ちてしまいました。つまり、貴方は邪神に唆された被害者とも言えます。なので私は、貴方は正しい道に戻るべきだと思います」
「俺に…そんな資格はありませんよ…。俺は多くの罪を犯した…。確かに、神様…いや邪神と出会ってから、俺は得体の知れない強力な何かに突き動かさせるように、悪事を働いた。でも、それも俺の意思が無かったといえば嘘になる…。だから、罪は全て俺のものなんだ……」
ソルドは俯き、表情を曇らせる。
「確かに、邪神の影響があったとはいえ、貴方の罪が消えるわけでは無いと思います。でも、だからこそ貴方は、これから罪を償い、今まで人を苦しめた分以上に、人のために生きるのです」
俺はソルドの過去を見て同情した。世の中の決められた価値観によって、不当に扱われた時の気持ちは、痛いほどわかる。俺がそれに悩む時に出会った人は良い人だったけれど、ソルドは邪神と出会ってしまった。もし、俺も悪い人と出会っていたら、ソルドと同じように悪の道に行ってしまったかもしれない。そう思うと、とても他人事とは思えなかった。だからこそ、俺はソルドに、正しい道を進んでほしいのだ。
「ソルドさん、まず貴方の力で、私を助けていただけませんか?」
「貴方を、助ける…?」
「はい!私の手伝いをしてほしいのです!私は今、この世界で暴れる神の末裔達を鎮める旅をしています。その中にはきっと貴方と同じように、邪神に唆されている人もいると思います。私は、彼らを助けたいのです!!なので、貴方の力を貸していただけませんか?」
「俺が、貴方と…?いいんですか?……俺は、第五階級で、邪神の力がなければ、何もできない役立たずですよ…?」
「いいえ、役立たずなんかではありません!だって、ソルドさんの剣術は凄いですもの!たくさん、練習したんですよね?」
「……!!!」
俺がそう言うと、ソルドは感極まったように俯く。そして、眉間に皺を寄せながらも、閉じた目の内側からは涙が溢れていた。
「ありがとう…ございます…!!」
ソルドは鼻を啜りながらそう言うと、俺の前に片膝をついた姿勢になり、右手を左胸に当てる。
「この、ソルド・シグル・へファイス!!貴方の剣となり、必ずやお役に立って見せます!!」
そう宣言したソルドの瞳は、以前の暗い曇りは無く、清々しく晴れた輝きを持っているように見えた。