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もしも女神になったなら  作者: 雨戸紗羅
第一章 消えた神の剣
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第三話 ソルドの記憶






 

「へっ、舐められたもんだなぁ…女ごときが、俺に敵うと…っ!!」

 

 目の前の男は、何かを察知したように、急に後方へステップし、間合いをとる。


「お前も……神の末裔だな?しかも、相当血の濃い…。感じるぜ、とんでもねぇほどの神力を……」


 男は緊張しているのか、少し剣を持つ右手が震え、剣先が揺れている。


「えっと……神の末裔ではありませんが…どんな存在なのでしょうか?今の私って」


「はぁ?知るか!…チッ、厄介な奴に手ェ出しちまったな…だが…」


 男はそう言うと、意を決したように剣を振り上げ、飛びかかってくる。


「オラァ!」


 男は振り上げた剣を俺のいるところ目掛けて振り下ろす。俺は間一髪でそれを躱わすが、その威力は凄まじく、風圧だけで吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ…凄い威力ですね…」


 俺はコロコロとボールのように転がるも、素早く体勢を立て直す。

 先程まで立っていた場所は、小さい崖が出来たように地面が裂けており、斬撃の威力の絶大さが伺える。


「俺はなぁ…お前みたいな、愛されて育ちましたって感じのいい子ちゃんがぁ…一番嫌いなんだよ!」


 男は酷く歪んだ表情でそう言うと、剣を大きく横に振る。それだけで、凄まじい斬撃と風圧が俺の方に飛んでくる。


「うっ!!」


 俺は何とか斬撃は避けられたものの、風圧でまたしても飛ばされてしまい、身体を木に叩きつけられた。全身に衝撃が走り、ズキズキと背中に痛みが走るが、動けないほどではない。


 圧倒的な力の差を感じてしまうが、その斬撃を放った男は、肩で息をしており、大量の汗もかいている。どうやら消耗が激しいようだ。俺はその姿を確認すると、素早く男の元へ走り、ガラ空きの横っ腹に狙いを定めて拳を振るう。


 こつん。


 木魚を叩いたような音が、静かな森の中に響く。


「嘘っ!!私のパンチ弱すぎ!!」


「へっ、この程度か!無駄な警戒だったみたいだなぁ……ぐっ!!」


 男は俺のパンチを受けて、その弱々しい威力に余裕綽々といった態度だったが、急にパンチを受けたところを抑え始める。


「なんだ…この感覚は……」


 男は地面に膝をつき、俺が打撃を与えたところではなく、今度は胸を抑え始める。


「あれ…?私のパンチ…やっぱり強かったのでしょうか?」


「いや、ツバサ様のパンチ自体はクソ雑魚だったけど、あれは女神様の能力…!!通称、『懺悔(ざんげ)パンチ』だよ!!」


「懺悔パンチ…?」


「うん!懺悔パンチは、喰らった相手の邪心を消し飛ばす、対悪人用の凄い技さ!!」


「邪心を消し飛ばす…」


 邪心を消し飛ばす。その言葉通りの効果があるならば、俺のパンチを喰らった男は改心するのだろうか。様子を見てみると、男は胸を苦しそうな表情で抑えながら震えている。


「ぐっ…なんで…なんでっ、涙が…」


 男は地面に膝をつきながら、ポロポロと涙を流している。表情は未だ歪んでいたが、先程の作られたようなものではなく、感情が表に出た純粋な歪みであるように感じる。


「うぐぅ…なんだ…何だこれは…!!」


 男は地面に頭を突きながら、両手は土を力強く掴んでいる。そして、地面には十本の感情の跡が残っている。


「う、うぅ…うわぁぁ!!」


 男は大声をあげて叫び始める。大粒の涙を流しながら、頭を抱え、苦しそうな表情で地面を転げ回っている。


「あわわ…どうしましょう、ラッキーさん!」


「今の彼は邪心がなくなっているから…うーん罪悪感で苦しんでいるのかな?でも、それとは違うような?」

 

「改心したということなんでしょうか…?」


「普通はそうなんだけど…あれ、おかしいな…。彼からまだ、悪のオーラを感じる…!」

 

「では、どうすればいいのですか?」


「むむむ…そうだ!彼の記憶を覗いて、彼の邪心がどこからきたのかを探すんだ!そうすれば、改心の糸口を掴めるかもしれない!」


「記憶を覗く?」


「そうさ!あの人の頭と君の頭をくっつけて!記憶共有(メモリアーゼ)を使うんだ!」


「め、めもりあーぜ?知らないです!どうやって使うのですか?」


「いいから、いいから!」


 ラッキーに背中を押されて男のもとに向かう。


「うわぁぁ!ちょっと、待って…」


「えいっ!」


 ラッキーは俺の背中を勢いよく押すと、俺はバランスを崩し、蹲っている男の方へ倒れてしまう。


「あイタっ!」


 俺の頭と男の頭がコツンと当たる。その瞬間、視界が白く染まったかと思うと、ぐるぐると渦のに巻き込まれたような感覚があり、酔いそうになった。


 視界がハッキリしたかと思うと、先程までいたはずの森の中の景色はなく、知らない家の中にいるようだった。

俺がいるのは、十畳以上の広さがある部屋だった。焦茶色の木でできた本棚が両手の壁に並んでおり、そこに敷き詰められた本の数々は分厚く、アカデミックな印象を受ける。


 部屋の奥には大きな窓があり、その前には、高級感溢れる横長の机がある。机の椅子には、黒い立派な顎鬚を生やした男が座っており、七、八歳くらいの少年がその正面にいる。


「ソルド、お前は長男であるから、家督を継ぐために精進しろ」


「はい!父様!!」


 顎髭の男言葉に、少年は目を輝かせながら、元気よく返事をする。その返事に顎髭の男は満足そうに頷く。すると、またしても視界がぐるぐると回りだし、景色が変わる。


 次の景色は、豪邸の広場のような場所であった。

そこでは、ソルドと呼ばれた少年が剣を振っている。そして、それを見ているのは顎髭の男、ソルドの父であった。


「よく頑張っているな、ソルド」


「はい、父様!家を継ぐためですから!」


「そうか、いい子だ。お前は神力が少し弱そうだ。だから、人一倍努するんだぞ」


「はいっ!頑張ります!!」


 返事を聞いたソルドの父は、ソルドの頭に手を乗せると、優しい手つきで撫でる。それにソルドは、幸せそうに表情を綻ばせた。

 

 またぐるぐると景色が変わる。今度は、厳かな教会のような場所であった。

 

 神父のような男の前に、少し成長して、十歳くらいになったソルドが立っている。


「ソルド、お前の神力は…残念ながら、第五階級だ」


「そ、そんな…じゃあ、俺は…」


「ああ、家を継ぐことは許されないだろうな」


「嘘…だ…」


 神父の言葉に、ソルドは絶望したような表示で膝を突いてしまう。神父らしき男は、可哀想なものを見るような目で、ソルドを見ていた。


 景色が変わり、今度はソルドが廊下を歩いている。すると、廊下の角のほうから、ヒソヒソと誰かの話す声が聞こえてくる。


「ソルド坊ちゃんの神力が弱かったらしいわよ。第五階級ですって」


「あらまぁ、平民と同じ階級ですか」


「これじゃあ、家督はヘルド坊ちゃんのほうになりそうね」


「ええ、そうですね。今のうちに恩を売っておきましょう!」


 話していたのは二人の使用人だった。ソルドはそれを隠れて見ると、目に涙を浮かべながら、音を立てずにその場を去った。


 また景色が変わり、暗い廊下に、ソルドが一人で立っている。その近くには、光が漏れ出ている部屋があり、そこからは、ソルドの父の声と母らしき女の声が聞こえた。


「ソルドにはもともと、あまり神力を感じなかったからな。第四階級くらいは覚悟していたが、まさか第五階級とは……とんだ役立たずだ」


「まぁなんと……恥ずかしいわ…」


「ああ、こんなことは世間に知られてはいかん」


「どうしますの?」


「幸い、次男のヘルドは神力が高そうだからな。家督はヘルドに継がせて、ソルドの方は…いずれ、族にでも頼んで…な?」


「おほほ、それがいいですわね」


 父と母の会話を隠れて聞いていたソルドの目は、以前のような輝きが失われ、涙も出ないほどに乾いていた。歯はギリギリと食いしばられており、力強く握られた手には爪が食い込んでいた。そして、少し時間が経つと、肩を振るわせながら、音を立てずにその場を去った。


 そこからの生活は、ソルドにとって地獄だった。両親からは居ないものとして扱われ、屋敷の使用人達からは嘲笑される毎日。そして、弟や屋敷を守る兵士からは馬鹿にされ、暴力も受けていた。


 ある日、ソルドは傷だらけの身体を引きずりながら屋敷を出ると、近くの丘に移動して膝を抱えて座る。


「なんで…俺が…こんな目に…。第五階級って…何だよ……俺は毎日、毎日……頑張ったっていうのに…」


 ソルドは乾いたはずの目から、ポツポツと涙を流し始める。


「うっうう…頑張ったって…意味ないのかよ…。……父様も母様も…愛してるって、言ってたのに……」


 ソルドは頭を下げたまま、暫く動かなかった。


「泣いているのかい?」


 膝を抱えて泣いているソルドに、黒い影が話しかける。


「誰だ…?」


「私は…そうだね、神…と言えばわかりやすいかな?」


「神、様…?」


「そうさ。君を助けに来たのさ」


 そう言うと、黒い影はモヤモヤとした霧のような状態から、人の形に変化した。顔は朧げでよく見ることはできなかったが、黒いローブを着た大きな女性のような風貌に見える。


「ねぇ君…なんで人は悲しみ、苦しむかわかるかい?」


「えっ…?それは…よくわからないです…。なんでですか?」


「フフフ…それはね、弱いからだよ」


「弱いから…」


「そうさ、弱いから傷つくし、弱いから苦しむ。簡単なことさ、この世界は強者が支配し、弱者は虐げられるようにできている」


 神を名乗る黒いローブの女はそう言うと、ソルドの頬にそっと手を添える。


「だからね、君に力をあげよう。君がこれ以上、苦しまないようにね」


 神を名乗る女の手から、ドス黒いモヤが出てくる。ソルドはそれに包まれ、苦しそうに呻き声を上げる。


 少し経ってモヤが晴れると、ソルドの目からは、光が消えているように見えた。

 

 そしてまた、ぐるぐると景色が変わり、次は洞窟の中のようだった。そこでは、乱雑に付けられた松明の明かりが辺りを照らしている。ソルドは両手を縛られており、その周りには山賊を思わせる格好をした男達が十数人いる。


 ソルドの目の前には、洞窟には似合わない金の装飾の施された豪華な椅子に座った、大柄な男がいる。男はもじゃもじゃな髭を生やしており、見るからに山賊の長といった容姿であった。


「さて、この坊ちゃんをどうするかだなぁ…売るか、殺すか……」


「ボス!依頼主からは殺せとのことですが」


「わかってらぁ!!殺した方が得か、生かして売ったほうが得か考えてんだよ!」


「へ、へへぇ、すんません!流石はボスでさぁ!考え方がちげぇや!!」


 ボスと呼ばれた大柄な男の発言を聞き、山賊達がガヤガヤと騒ぎ出す。


「貴族の坊ちゃんって売ったらいくらになんだぁ?」


「そりゃもう、えげつねぇ額になんだろうな?」


 山賊達は口々に自分の意見を話している。そんな中、ソルドは少し様子を窺っているようだったが、ふと口を開く。


「なぁ…あんたら、神力は使えるのか?」


「ああ?俺たちゃ皆んな平民だからな、第五階級だぜ。当然まともにゃ使えねぇよ。でも、お前…貴族なのに第五らしいじゃねぇか!ギャハハ!」


 山賊のボスはソルドを馬鹿にしたように笑う。しかし、それを見るソルドの表情は至って冷静だった。


「そうか…良かった。なら、俺の方が強い…!神力解放!!」


ソルドはそう言うと、両腕の縄を引きちぎる。


「『無剣・旋風斬(むけん・せんぷうざん)』」


 ソルドは身体を回転させながら腕を水平大きく振る。すると、爆風と共に斬撃が飛び、周囲の山賊達は瞬く間に切り刻まれて吹き飛ばされた。


 辺りには血の海が広がり、山賊の中に生き残った者はいなかった。


「ハァ、ハァ…これ疲れるな…。でも、強い…前よりも、遥かに強い…。…ハハハハ!!神様の言っていた通りだ…弱いからダメなんだ…。強ければ、何でも思い通りだ!だが、まだあのクソ家族共より弱い……。もっと、もっと強くなって…俺を馬鹿にした奴も、俺を売ったクソ親どもも、全員俺が感じた以上の苦しみを与えて……」


 ソルドは目を見開きながら、口角を上げる。


「殺してやる…」



 そして、また次々と場面が変わり、ソルドは少年のうちは盗みを働きながら生活し、ある程度成長すると人攫い稼業を始め、人を攫って売り払う生活を送る様子が見えた。

 肉体が成長して大人になったソルドの目からは、ただひたむきに努力を続けていた時の輝きは失われ、谷底のように暗く、ドロドロと濁った色に変わっていた。


 また、景色が変わったと思うと、ソルドが街を歩いている場面だった。ソルドは買い物した袋を持ちながら、しばらく歩いていたが、急に立ち止まると、ある一点を見つめていた。


 その視線の先には、出店が並ぶ大通りから少し離れた広場の隅で、木でできた剣を振る少年がいた。少年をひたむきにただ剣を振っており、汗で髪が張り付いた額から、その練習量が伺えた。


 ソルドは、少し躊躇しながらも、少年のもとに歩いていった。


「おい、坊主…剣筋がブレてるぞ」


「え?」


「両手で剣を振る時はな…」


 ソルドは少年に対して剣の指導を始める。剣の練習法について語っている表情は、どこか楽しそうで、ソルドが少年だった頃の目の輝きが戻っていた。


「ありがとうございます!おじさん!」


「おじさんじゃねぇよ…まぁ、頑張りな…」


「はい!」


 少年はソルドにお礼を言うと、早速言われた通りの練習を反復している。ソルドはそれを一瞥すると、また出店が並ぶ大通りに戻っていく。


「何やってんだ…俺……」


 ソルドはそう呟くと、また目に暗い影を宿らせて、人混みに消えていった。


 それを最後に、記憶は見えなくなり、視界が黒く染まる。そして、徐々に身体が浮遊するような感覚がすると、急に視界が明るく光った。それにたまらず目を瞑ったが、躊躇しつつも目を開けると、景色は森の中に戻っていた。






 


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