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ラウズ・アリアドネと魔法の植物  作者: むかでまる
第一章
9/9

訓練開始

 ガルムとの王都散策が終わった翌日。僕はヴァハムル騎士団の一室で授業に使う資料を精査していた。騎士団がよく利用する魔法薬、知っておくべき魔法薬と魔法植物……教えるべきことはたくさんある。


 何がなんでも、とにかく基礎だ。基礎を固めないと全てが瓦解する。これは僕の経験に基づいた考え。昔、初めて魔法薬と魔法植物に触れて、学び始めた頃のことだ。何も調べずに魔法薬を作り、完成したと勘違いし、試そうとしたら大爆発を起こして倒れたことがある。


「死んでいないならノーカウント!」と笑った両親が取り寄せてくれた本を調べてみれば、材料だけではなく調合量も全く違った。魔法薬の材料に代用品はなく、寸分違わず調合しなければ人の命を奪うことになると知った瞬間である。あの経験が無かったら、僕は今頃墓の中にいるだろう。


「回復ポーション、解毒ポーション……お、梟眼の魔法薬も使うんだ」


 夜の暗闇の中でも、昼間のように視野を広げることができる魔法薬――――それが『梟眼の魔法薬』だ。

 しかしデメリットも存在する。松明やランタンなどの光源があると、眩しすぎて目が潰れてしまう可能性もあるのだ。ゆえに、使うなら五倍に希釈して使わないと効果が強すぎるし、他の魔法薬と併用して使えない。使い方が頭に入っていないで使えば、大きな事故に発展する可能性がある。


「魔法植物は便利なものを紹介する形の方がいいのかな……」


 どういった指導をすればいいのか、手探りの状態だ。ガルド村でやっていた授業のような形では、優秀な騎士達にとっては退屈極まりないものになるだろうし……

 うーん……分からない。この辺りも授業をやりながら探っていくべきか。


「ラウズ、ちょっといい?」


 そんな声と共に入ってきたのは、打ち合い稽古なる訓練に参加していたガルムだ。資料まとめを始める前に少しだけ見ていたんだけど、凄く激しい訓練をしているんだなと思ったよ。木製の武具を使って、実戦形式での訓練を行っているとは。あれなら、回復ポーションをたくさん使ってもおかしくないな。


「どうかしたの?」

「えーとね……騎士団の皆がね……」

「君の実力を知りたいんだそうだ」


 ガルムの後ろからヌルリと現れたスコウルさんが、あり得ない言葉を言い放った。

 実力? 何の? ああ、もしかして魔法植物と魔法薬について? それは授業を受けていればそのうち分かると思うので期待しないで待っていてください。


「ラウズ、現実逃避しても現実は変わらないよ?」


 戦闘の実力はどうなのか、という話だったみたい。ですよね、知ってましたよ。……知ってたから現実逃避をしていたんだよね、はははははは。


「絶対に嫌だ」

「言うと思った」

「僕は生産職! というかただの村人!」

「だが、ハウルホーンを倒せる実力はあるだろう?」

「一匹だけならが、枕詞に付きます!」

「それだけの実力があるなら、騎士団の訓練にもついて行けるはずだな」


 うちの魔法植物達の苗床にしてやろうかこの脳筋。……無理だな。その前に取り押さえられてしまうのがオチだ。


「とにかく、僕はやりませんよ。契約にもそんなのは書かれてませんでしたし」

「む、それを言われると弱いな」

「ギャラリーがいようと変わりません。あと、資料がまだ纏まってないので仕事させてください」


 マジで大変なのだ。どれを扱うべきなのか、どれを優先して教えるべきなのかという吟味が、全く終わっていない。それは指導顧問としてよろしくないことだろう。騎士団の皆さんに本格的な授業を行うのは二日後だけど、そこまでにまとめる自信がない。徹夜は確定である。


「ラウズ、一度見てみるのもいいかもよ?」

「見る?」

「うん。訓練を一日見て、必要そうな知識はどれかを考えるの」


 ガルムの提案は、一理ある。彼らの訓練は多岐に渡り、走り込み、筋トレ、打ち込みなど、複数の訓練を行っているが、僕は打ち込みしか見ていない。それでは何が必要で何がいらないのかなんて分からない。

 一度、彼らの訓練を見ておくのはガルムの言う通り、この先の授業を行うにあたって必要な行動だ。


「分かった。一回見てみよう」

「よし、なら号令をかける。走り込みを行うから、これを持って外に来なさい」


 スコウルさんが背負っていたバックパックを受け取ると、ズシリと来る重みと共に少しだけ水の音が聞えた。……もしやこれ、水筒がバックパック一杯に入っているのか?


「走り込みに慣れてきた新人は、これを背負って走る。君も例に漏れないぞ」


 あれ? 僕って新人だよね? 走り込みしてないよね?


「あー……打ち込みはやりませんよ?」

「それは分かっているよ。では、五分後に」


 五分後に、これを背負って走り込み。……結構重いけど、霊峰の山頂目指して歩いた時もこのくらいだったかな。ハウルホーンの死体を担いで山を下りるのも村の男がやる仕事だったから、結構重いものを運ぶのは得意だ。魔法植物の植え替えとか、魔法植物用の畑を耕したりだとか、力仕事も多かったし。


「ラウズ、大丈夫だと思うけど大丈夫?」

「ああ、うん。大丈夫。三人を担いだ時よりは楽だよ」

「あの時かぁ……」


 霊峰の奥に入ってしまったガルム、リュー、セレンの三人を服や蔦、木の皮などを利用して体に縛り付け、一日かけて村に戻ったことがある。パニックになって暴れるガルム、気絶してぐったりしているリュー、泣きじゃくるセレン。


 三者三葉の反応に対して対応しながらも、霊峰の主が寝ていて危険な山を下りなくてはいけなかった。あれはさすがに死ぬかと思った。ニーズホッグ夫妻が来なかったら、間違いなく死んでいたと思う。


「本当に焦ったんだからね、あの時」

「その節はご迷惑を……」

「過ぎたことだからもう気にしていないけどさ」


 それよりも走り込みの時間までに外へ行かなくては。この水は恐らく、走り込み後の水分補給として使うものだ。新人が体力を付けるために利用するのと同時に、配る係もやらせる、ということだろう。理に適ってる……のか?

 騎士団の訓練って大変なんだな、と思いつつはち切れそうなくらい水筒が詰め込まれたバックパックを背負った俺は、ガルムと一緒に騎士団宿舎を出る。


「よし、来たな二人共。では、全員、俺について来い!」

「「「はい!!」」」


 おお、凄い気合と共に走り出したぞ。性別、年齢、種族、全部がバラバラなのに、隊列を崩さず走っているのは、流石騎士団と言ったところだ。個人で動くことや、多くて五人程度で動く冒険者とは違い、団体行動が基本となる騎士だからこそ、こんなに綺麗に隊列を組んで走ることができる。

 王都の式典や、収穫祭、建国祭などでも、彼らは隊列を組んで行進したりするそうだから、この程度余裕なのだろう。


「ラウズ、余裕があるなら、速度上げていいよ?」


 ふと、僕と同じように最後尾を走っていたガルムが声をかけてきた。


「最後尾が速度上げていいのかい?」

「うん。私が後ろにいる理由もそれなんだよ」


 追い立てて、限界まで体力を振り絞らせる。しかし、ペース配分も考えさせる……のだろうか? ガルムの体力はほぼ無限だ。昔、ガルムと鬼ごっこをした時、僕や他の二人がへとへとになっている中、彼女だけが元気いっぱいのままだった。


 そんな彼女が追い立てるなど、悪夢のような話だと思う。現に、隊列を組んでいる騎士団の皆さんから畏怖というか、えっ、もうですか? みたいな気配が感じられる。


「ラウズ、物足りない感じしてるでしょ?」

「ああ、まぁ……うん」


 魔法植物の栽培は力仕事、体力勝負なので、一応日が昇る前から走り込みを行ったりして体力を付けることを怠らないようにしている。お蔭で、魔法植物を栽培したり、魔法薬を作って徹夜しても疲れを感じにくい。……魔法薬を飲んだりして体力を誤魔化していたりもするけど。


「だから、速度上げていいよ」

「うーん……」


 なんか、騎士団の皆さんが「どうせすぐにバテる」、「副団長に回収されるのがオチ」みたいな心の声が聞こえてきそうな雰囲気がある。うーん……舐められている、わけじゃなくて、心配されているような……?


 よろしい、ならば心配せずとも大丈夫ということを証明してあげようじゃないか。

「じゃ、遠慮なく」


 ハウルホーンの毛皮を使って作った靴は、とても頑丈。木々を掻い潜っても破けないし、磨り減りにくい。あと、軽くて走りやすい。

 石畳を走る機会はほとんどなかったが、結構走りやすいな。山しか走ったことがなかったけど、これはこれで走りやすい道だ。何せ、障害物が全くないのだから。


(霊峰を遊び場にしてるラウズの体力は私より少し少ない程度……獣人じゃないのに、凄い体力。ガーゴイルって、皆そうなのかな?)

「ガルム、考え事?」

「ん? 気にしなくて大丈夫だよ。それより、ペース配分できてる? まだまだ走るんだけど」

「どのくらい?」

「騎士団宿舎から郊外まで走って、逆方向から帰ってくるの」

「ふーん……ならもう少し速度上げても大丈夫かな」


 ガルムの追い込みに耐える騎士団の皆さんならきっと大丈夫だ。ガルムより足が遅い僕に追い込まれても、そこまで疲弊したりはしないだろう。

 体を動かすのもいいなぁ。意外と気分転換になる。


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