ああ、逃れられない!
「久しぶりだね、ラウズ君」
「変わってないようで安心したわ」
「ははは……お二人も、壮健そうで……」
ヴァハムル騎士団の応接室に通された―――――いや、連行されたと言うべきか――――僕は、只者ではない覇気を放つ獣人の夫婦に対面していた。
ヴァハムル騎士団戦闘指南顧問、スコウル・ニーズホッグと、ハティ・ニーズホッグ。ガルムの両親であり、未だ王都最強の名を欲しいままにする騎士だ。
鍛え上げられた肉体と精神の前には、どのような策略も露と消えると感じてしまうほどの圧は、野生の獣を追い払う程度の戦いしかしてこなかった僕には強すぎる。
「そう緊張せずに、楽にしてくれ」
「そうよ、同じ顧問になるのだから、ね?」
いや、無理です。あなた達の覇気が強すぎて心が委縮しきっている。やはり僕を助けてくれるのは魔法植物と魔法薬だ。こんな有名人と付き合っていくなど、到底無理。あの三人は別腹。
「とりあえず契約の確認なんだが……」
「あの、僕はそれをお断りするために来たんですが……」
「何?」
「いや、普通に考えて釣り合わないでしょう、僕みたいな田舎者の引き篭もりには」
村に引き篭もって栽培と研究ばかりやっている僕が重役を拝命しても、役目を果たす前にプレッシャーで潰れるか、周囲の人間が反対するに決まっている。
「第一、僕の角。ガーゴイルの角ですよ。モンスターの言葉に耳を貸す人は騎士団にいないでしょう」
モンスターの角が生えている人間など、異質な存在だ。角隠しの魔法道具を付けているからバレないけど、いつかバレた時の反動が怖い。
なんだかんだと理由を連ねたが、一番はそれだ。人に拒絶されることが怖い。村に引き篭もっていたのだって、魔法植物六割、怖さ四割でのことだから。本質的に僕は滅茶苦茶臆病なのだ。
「僕のことを買ってくれるガルムには悪いですけど、僕はそんな器じゃない」
「そう、か」
納得してくれたようだ。お茶請けを取りに行っているらしいガルムには悪いけど、このまま辞退を――――
「つまり、やらざるを得ない理由があればいいのね?」
「へ?」
「はい、これ任命書。騎士団長と副団長、冒険者リュー・ドラッカ、魔法学校教授セレン・シンフォニカの署名付き。もちろん、私達の署名もあるわ」
「はぁ!?」
リュー、このこと知ってて隠していたのか!? しかも騎士団長は知らないが、ガルムとセレンの名前! あの三人だけじゃなくこの人達全員グルかよ!?
「ラウズ君、君の才能は、田舎で腐らせるには惜しい才能だ」
「買い被り過ぎでは?」
僕程度の才能を持っている人は、色んな所に転がっていると思う。むしろ、僕以上の才能を持っている人はたくさんいるはずだ。魔法植物や魔法薬についてだって、恐らく、というか十中八九九分九厘、セレンの方が詳しい。ポーションだって結局は、魔法を誰でも使えるようにしたものだし。
「こういうのは、セレンの方が――――」
「セレンは魔法植物とか魔法薬の授業が苦手なんだよ」
お茶請けを取りに行っていたガルムが、トレーに幾つかのお菓子を乗せて戻って来た。
「この話を持っていったんだけどね、断られちゃったんだ」
「知識欲の塊なセレンが?」
「うん。そしたら、私よりもラウズの方が適任だって言ったんだよ」
だからラウズを呼んだんだ、とコロコロ笑うガルムは、いつもの笑顔を絶やさずにセレンから伝えられたことを全て僕に伝えてきた。
セレン曰く、僕の魔法植物や魔法薬についての知識は、王都の魔法学校に通う誰よりも逸脱しているそうだ。だから僕がガルムの求める人材として適任だと言われたらしいけど……そんなことあるかな。専門に学んでいる人達に、独学でやってきた僕が勝てる気がしないんだけれど。
「私もそれに同意するけど、一応確認」
「確認?」
僕の意思確認ではないだろう。こんな大物達の署名がある任命書を渡してきたのだから、逃がすつもりはないのだろう。僕としては逃げたいけどね。
「コカトリスの石化を解く魔法薬の材料は?」
「蛇殺しのイチゴと解毒ポーションとレモンを煮詰めた魔法薬。死ぬほど不味いし臭うけど、石化してる人は五感がないから全身に刷毛で塗りたくる」
「ポーション類の注意事項」
「回復するのは傷のみ。血液は失ったままなので造血剤と一緒に使うこと。あと、食事。治癒能力を無理矢理引き上げてるだけだから、ご飯食べないと疲労で気絶する」
「マンドラゴラ」
「死ぬほどうるさい。耳栓をするか特定の音楽を聞かせながら……って、基本中の基本ばっかり聞いてくる――――どうしました?」
なんかニーズホッグ夫妻が震えている。基礎中の基礎を聞いた程度で感極まるわけがないから、僕が何か粗相をしてしまったのだ。
え、何をやらかした? 一応、失礼のないように色々気を付けていたはずなんだけど。
「流石だ、ラウズ君」
「ええ、素晴らしい知識量ね」
「え、基礎中の基礎ですよ、これ」
「それができないで使ってる人、結構いるんだよ」
ええ……騎士団も冒険者ギルドもポーションを取り扱っているのに、そういうことを伝えないのかな。
あ、いやでもこういうのって、実際に使わないと気付かないものだ。僕だってポーションのデメリットを知ったのは、僕自身が調合を失敗して爆発に巻き込まれ、大怪我をした時だ。
爆発で刺さったガラス片の傷や火傷を治せたのに気絶した時は、目覚めた時に首をかしげたよ。どうして治ったはずなのにダメージが残っているのか、と。それで調べた。その結果は当たり前のことだけど、ポーションは時間を巻き戻しているわけではなく、傷にかけたり、経口摂取することで体の治癒力に働きかけ、急速に回復させているという結論。
だから、ポーションを使った後、造血剤や栄養の摂取を怠ると貧血や栄養不足で気絶するのだ。
「あと、魔法植物って便利なものが多いよね? 危険なものも。外でそれを使えるか使えないかでも、生存に関わる。でも、皆知らない。知っていても、似たようなものを使って、危ない目に遭ったりする」
「ああ……なるほど。血吸い綿花と血抜きノバラの違いが分からないのか……」
どっちも棘が生えてるから間違いやすい魔法植物だけど、全く違う植物である。
血吸い綿花は血を吸って急激成長して枯れるが、血抜きノバラは生き物の血液を枯れるまで吸い上げて、美しい深紅の花を咲かせるノバラだ。血抜きノバラは獲物を取った狩人達が獲物の血抜きをするために使う。素早く血抜きができるので、村の狩人さん達は僕の魔法植物園からいくつか種を拝借していく。
「うん。だから、そういう便利な魔法植物についても、ラウズが教えてくれると嬉しいなって思うの」
「……なるほどねぇ……」
ガルム、リュー、セレンを含めた村の人達は、魔法植物が生えている霊峰の近くに住んでいるから、ある程度の魔法植物や魔法薬についての知識があるけど、身近になかった人は分からないか。
……これだけの情報を開示されて、任命書まで渡されたら、逃げられない。多分逃げようとしたらガルムが、ニーズホッグ夫妻が追いかけてくる。運よく村に帰れたとしても、僕の両親がいるし……最終兵器リューとセレンがいる。あの二人が本気になったら僕じゃ太刀打ちできない。
「――――――――ふうううううううう……分かった。分かりましたよ……」
腹を括れ、僕。逆に考えるんだ。こんな僕でも役に立てるように、ガルム達が舞台を整えてくれたんだ。年長者として、その期待に応えなくてどうする。
「じゃあ早速皆に紹介しなくちゃ! ついてきて!」
「早速か……」
角隠しの魔法道具が落ちないようにもう一度しっかりと頭に固定する。
伸びてきた髪を纏める簪としても活用できる魔法道具の固定が完了した僕は、ニーズホッグ夫妻に一礼してからガルムと共に応接室を出た。
リュー「逃げれると思ってたのか? 数年前から計画は始まっていたのだよ……」