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ラウズ・アリアドネと魔法の植物  作者: むかでまる
第一章
3/9

久しぶりなんだけどどうなってるの君の嗅覚

 リューが用立ててくれた馬車に乗り、ガタゴトガタゴトと揺られながら外の景色を眺めていた。

 天気は快晴、雲一つない。穏やかな風が吹き抜けていく草原に、最低限の舗装がされた石畳の道。遠くには僕の住んでいる村でも見える霊峰がある。あそこには様々な魔法植物が生えているが、危険なモンスターも生息しているので、迂闊には近付けない。あそこに行くなら、リューみたいな強い人を連れていくか、あの山の主が起きている時だ。今は冬眠中だから行かない方がいい。というかこの時期に行くのは自殺行為過ぎる。


「王都と霊峰、どっちが危険かな」

「その二つで霊峰って答えないやつはあの村出身くらいだと思うぞ」


 外の景色が変わらなさ過ぎて退屈になった僕が口を開くと、馬車を操縦していたリューが返答してくれた。

 冒険者の服――――リューが倒したというモンスターの素材で作られた布鎧に身を包み、背中にモンスターの骨を加工した片刃の剣を背負っている彼は、まさに実力派の冒険者の姿だ。

 燃え上がる炎のような赤い髪を短く整えた切れ長の三白眼。戦士として鍛え上げられた肉体と、粗暴さの無い快活な性格は、女性受けだけではなく、男性受けもいいだろう。

 剣を振り回していたやんちゃな少年は、今や最高ランクの冒険者……人の成長とは早いものだ。


「にしてもラウズ、お前の植物凄いな!」

「植物……ああ、惑わせ葡萄のこと?」

「おう、それそれ! 獣除けだけじゃなく、野盗にも効くなんてな!」


 魔法植物、惑わせ葡萄。干してワインに使うと凄まじい酩酊を引き起こす強い酒精を生み出すため、流通が制限されているブドウだ。生のまま食べると滅茶苦茶酸っぱい。

 これを生のまま煮詰めて、いくつかのハーブと混ぜ合わせると、幻影を作り出す薬品へと姿を変える。これを馬や僕達の体に吹きかけておけば、水を浴びない限り消えることのないカモフラージュ剤として使用できるのだ。


「魔法薬なんてポーションぐらいしか使ってなかったけど、こりゃ便利だ。王都に着いたらいくつか売ってくれないか?」

「これくらいならタダでいいよ。友達だろ」

「いやいや、親しき中にもって言うだろ。払うぜ」


 在庫が有り余っているから本当に無料でいいんだけどな。昔から義理堅いところはあったけど、それは今でも健在らしい。


「じゃあこうしよう。王都と村までの護衛と送迎の報酬で、幻惑剤をあげるよ」

「――――破格過ぎないか?」

「在庫は有り余っているし、在庫処分に協力してほしいな」

「…………そこまで言われたら仕方ねぇ。了解した」


 よし、在庫処分の宛ができたぞ。父さん達からさっさと処分して倉庫を空けろと言われていたし、一箱分渡そう。

 ああ、僕の両親であるフロム・アリアドネとフレア・アリアドネに、王都へ行ってくると言ったら快く送り出されてしまった。ご丁寧に角隠しのための魔法道具までくれて……仕組まれていたのかと思うくらいの快さだったよ。


「土産は王都の名物って言ってたけど、何かある?」

「んー……最近だと、チョコってのが流行ってるな。ほろ苦い菓子で、ちょっと甘い」


 チョコ。なんだか不思議と魅力を感じる名前だ。

 両親へのお土産はチョコというやつにしよう。流行っている、ということは、庶民でもお求めやすい価格で提供されているはず。あ、でも紅茶なんかもいいかもしれない。


「王都に行ったら、店を何件か回らないとなぁ」

「んじゃ、その時は俺が――――いや、俺達三人で案内するぜ」

「はは、それはいいね。お願いするよ」


 昔、霊峰の主のお膝元で遊び回っていたことを思い出す。

 怪我をしても笑って木の枝を剣に見立てて遊んでいたリュー。

 はしゃぎすぎてふさふさの尻尾が何倍にも膨れ上がってブンブン回っていたガルム。

 魔法で空を飛べないかと、何かあれば皆を巻き込んで練習していたセレン。

 そして、皆が怪我をしないかとあたふたしていた僕。

 皆で遊んだ記憶は今でも色褪せずに残っている。


「昔はやんちゃしていた君が、今では最上位の冒険者、お転婆ガルムは副団長、とんでも実験嬢セレンは魔法学校の先生……大成したねぇ、皆」

「お前もだからな? 騎士団魔法薬指導顧問殿」

「断るための王都行きなんだよなぁ……」


 顧問になったら王都に住まないといけなくなる。ということは、僕の大好きな魔法植物の栽培が出来なくなってしまう! 王都は魔法植物の規制が強すぎるのだ。

 まぁ、気持ちは分からないでもないけど。魔法植物全般に言えることだけど、生命力が強いものがあれば、貧弱すぎるものまで多種多様。しかも触れるだけで爛れる毒を種に持っている危険な代物までいる。マンドラゴラの栽培管理を誤って鼓膜を破裂させたり、脳を揺らされて死んだなんて事例もある。

 危険なものだから、王都的には被害を出さないように規制したのだろうけど……魔法植物がないとポーションを作れない――――正確には、強力な効果を持つポーションは危険度の高い魔法植物が必要だ。危険だから全部規制、なんてしていたら武器も規制しなくてはいけない。魔法植物だって包丁とか、金槌と同じだ。


「結構住みやすいぜ、王都も。実家にゃ負けるが」

「僕はずっと村に引き篭もって植物を育てたい」

「ブレねぇなぁ。……っと、見えてきたぜ」


 リューの言葉を聞いて前を見てみると、遠くの方に大きな壁が見えた。

 リヴァリク王国の首都である、王都ベヒムットを囲う白亜の壁は、ここからでもよく見えるくらい巨大である。


「リュー、濡れタオルで全身拭いてね」

「おう。拭いて落ちるんだから便利だよなぁ」

「希釈してるから落ちるだけだよ」


 初めて使った時は希釈していなくて、三日以上誰にも見つからなかった。あの時ほど焦ったことは――――いや、結構あるな。調合失敗で爆発を起こして血まみれになったり、なぜか媚薬ができて、悩んでいたらガルムが突撃してきて隠蔽しようと焦ったり……うん。

 さて、どうやって断ろうかな。できるだけガルムの顔に泥を塗らないような断り方を……ん?


「リュー、向こうから凄い勢いで何か来てない?」

「お? ……マジだ」


 なんだろう? 僕もリューも視力はいい方だから何となく人であることは分かるんだけど、あんな速度で走れる人間っているのだろうか。無尽蔵の体力と俊敏さがあればいけるのかもしれないけど、そんなの獣人くらいで――――獣人?


「ま、まさか……」

「いやいや、あり得ないだろ!? 王都からどんだけ離れてると思ってるんだ!? しかも、カモフラージュしてるんだぞ!?」

「そうだけどさぁ! あの子だよ!?」

「あの子だぞで納得するあたりあいつの規格外さが分かるぜ……!」


 君やセレナも大概だけどな!

 男二人で姦しくギャーギャー騒いでいると、遠くにいたその姿がはっきりと見えるようになってきた。


「ラーウーズー! リュー! ひーさーしーぶーりー!!」


 長く伸ばした銀色の髪を輝かせて、太陽のような笑顔を浮かべて走ってくる女性の姿がはっきりと見えてきたところで、僕達は戦慄した。あの子、幻惑とか関係無しに僕達を捕捉して向かってきている!!


「リュー、分かるね!?」

「分かってるよ!!」


 馬車を止め、柔らかい草が生えている方に飛び降りた僕達は、凄まじい速度で接近してくる獣人の女性を受け止める準備を整える。


「これ、持ってきて良かった……!」


 ポケットの中に入れている種を一つ取り出し、僕の手を自分の角で切り裂いて出血させる。その血を吸い上げた種は僕の手に根を張り、急激な成長を始め、真っ赤なクッションに似た綿花を咲かせた。

 魔法植物『血吸い綿花』。生物の血を吸って急激に成長し、巨大な綿の花を咲かせる植物だ。ちなみに、急激に成長した個体は綿を残してすぐに枯れてしまう。種すら手に入らないから、種が欲しいなら水を使った栽培をしなくてはいけない。綿が欲しかっただけなので、これでいい。根も朽ちて消えた。


「よし、準備完了! いつでも大丈夫!」

「いつ見ても変だよな、その植物の生態!」


 変な生態してるよね! それは同意する。

 巨大なクッションを用意した僕達は、もう百メートルもない距離まで接近していた彼女が放つ突進に身構え――――


「とおおおおおおう!!」


 衝撃によって世界が白く染まっているのを感じながらクッションと共に転がった。


「やっと会えた! 久しぶり!」

「ひ、久しぶり……鼻血出た……」

「相変わらずのお転婆で安心したぜ……」


 ぐおお、世界が揺れている……

 鼻と手の止血を行いながら、飼い主に会った大型犬のように尻尾を振りまくる獣人の女性、ガルム・ニーズホッグに苦笑を向ける。

 最後に見た時よりも大人の女性って感じになっているけど、昔から変わらない太陽のような笑顔と、口以上に物を言う尻尾と耳は健在だ。あと、香水も使っているのか柑橘系の香りがする。昔は僕が香水を調合していたら香水は食べれないから好きじゃない、なんて言っていた彼女が、香水を……成長を感じる!


「ずっと忙しくて会いに行けてなかったけど、これからはいつでも会えるね!」

「あー、ガルム、そのことなんだけど」

「リュー、案内するから連れてくね!」

「ちょ、待って――――うぎゃああああああああ!?」

「ラ、ラウズゥウウウウ!?」


 人の話を聞かないガルムに抱えられて、王都に連行されていく。前言撤回、変わってない、変わってないぞこの子! 人の話を聞かない所とか全く変わっていない!

 心の中でそう叫ぶ中、鳥の声が聞える。長い一日が始まりそうな予感がした。


リューは一応、ドラゴン狩りをした時にガルムと再会していますが、数年前の話です。

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