実況中継
ノックの音がした。激しくはない、静かな音。
僕が耳を傾けるとまたノックの音がした。
先程と同じ大きさと長さ。いや、少し力強いかも。
そのことから、立ち去る気はないように思えた。
僕は仕方なく起き上がり、ドアから顔を出した。
『さあ、シンプルな出だし。ノックの音。これは定番ですね。
ここからどう物語を展開していくのでしょうか』
『そうですね。ドアの前には誰がいるのか、何の目的で来たのか。
好奇心をくすぐられますね。しかし、定番だからこそ、捻りが必要と思えます』
「こんばんは。私は悪魔です」
『おっーと! 悪魔! これもまた定番だ!』
『悪魔なら部屋の中に突然出してもいいのにわざわざノックをし
ドアを開けさせたということは、それなりに意味があるんでしょう。
吸血鬼は人の家に入る際はその住人の許可がいるという話があります。
彼はドアを開け、悪魔と相対した、つまり受け入れてしまったわけですね。
どう選択しようとも、この時点で彼の運命はきっと決まったのでしょう』
「悪魔?」
背の高い男だ。僕を見下ろすその目はどこか普通の人間と違うように感じる。
僕はブルッとし、一歩うしろに下がった。
「あなたの願いを三つ叶えて差し上げましょう」
『これも定番! 果たしてこの物語は面白くなるのかぁー!』
『この時点でいくつかのパターンが考えられますね。
願いは叶えて貰ったものの、それがきっかけで災難が訪れ
その対処に願いを叶えて貰い、最終的に何も無しなど。
あるいは悪魔側が振り回されるパターンもありますね』
「三つかぁ……」
僕は考えた。すぐに思いついた。
「じゃあ、おなかいっぱいになりたい」
「はい、叶えました」
悪魔はそう言った。
すると、不思議なことに何も口にしていないのに僕のおなかが満たされた。
『おっと? これは些かささやかすぎる願いですねぇ』
『成程。悪魔が欲にまみれた男を陥れに来たという先入観がありましたが
これはもしや子供なのかもしれません。それも、おなかを空かせていた子供。
もしかしたら虐待を受けているのかもしれませんね。
で、あればハートフルなストーリーに持っていくのか』
「お次の願いは?」
「じゃあ……部屋のゴミとか綺麗に片付けて欲しいな。きっとママが喜ぶから」
「はい、叶えました」
『これはもう、確定かもしれませんね。オチはどうでしょうか?
ほっこり系かそれともゾッとする系か』
『今のところはまだ判断がつかないですねぇ。
できれば虐待する親が痛い目に遭う話の方が解説の私としては好みですね』
「わっ、すごい! 埃とか全部なくなっちゃった!」
「三つ目はどうなさいますか?」
「じゃあ……またママに会いたいな」
『健気な子ですねぇ。会場からはおぉーという感嘆の声が漏れました』
「ママね。動かなくなっちゃったんだ。どれだけ呼びかけても駄目だったんだ。
だから僕、ご飯を食べられなくて
おなかすいたからママのこと食べちゃったんだ。ねえ、また会えるかな?」
『おおっと! これは不穏!』
『いいですねぇ』
「叶えましょう。それでは……」
悪魔はそう言うと煙のように姿を消した。
僕の目の前が何だか暗くなり、だんだんと意識を失っていった。
「あれ?」
気が付くと僕は元の場所にいた。
おなかも空いたままだ。なんだ、あれはただの――
『夢オチ! ありがちですねぇ』
『と、なるとお次はノックの音で締めですかね。
ドアを開けると実は死んだ母親がそこに、と』
僕はガッカリして伸びを一つした。すると
ノックの音がした。
『的中ですね』
『ふふん』
僕はドアに駆け寄り、顔を出した。
「ママ?」
そこにいたのはママとよく似た女性だった。僕は抱きかかえられ――
「あ、ミーちゃん。おーよしよし……あれ! 痩せてない? 大丈夫ー?
ねぇねぇお母さん、どうしてるかな。連絡取れないのよ」
『おおっーと! これはまさかの』
『猫……ですねぇ……』
『観客からええーっやうわー! という声が上がりました!
動物視点! 成程、ペット用ドアから出ていたという訳ですか。しかし、これは……』
部屋の中に入った彼女は僕を抱きかかえたままウロウロしはじめた。
「んーお母さんどこにもいないねぇ。
綺麗に片付いているし、ミーちゃんを置いてどこ行っちゃったんだろうね」
あれ? っと思った僕は彼女の腕から飛び降り、ママのところへ行った。
でも、ママは布団の上にいたはずなのにそこには何もなかった。
悪魔が綺麗に片付けてくれたのかもしれない。
良かった。きっと彼女はその方が喜ぶ。
僕の新しいママ。
僕は彼女を見上げ「ママ」って呼んだ。
すると彼女はにっこり微笑み、僕をまた抱いた。
『さぁー、終了! 採点はどうでしょう! 審査員の方、札をお上げください!
点数は五点満点で……一点! 一点! 一点! なんと全員一点!
これは、解説をよろしくお願いします!』
『やはり凡作の域をでませんでしたかねぇ。
ショートショートのあるあるを盛り込んでいますがそれゆえ目新しさがない。
飼い主も死んだらゴミのように、と猫のドライさと頭の悪さで
ブラックな香りを引き立てていますがねぇ。
まぁそもそも私、猫嫌いなんですよねぇ。
猫を使うのなら、その猫をもっとひどい目に遭わせないと。
審査員の方たちもそう思ったのでしょうね』
『成程! おや? 今のが最後の小噺でしたか?
と、いう訳で優勝作品の発表です!
優勝作品は……チュー太さんの
【弱小ネズミの俺がある日、女神を名乗る美ネズミから
チートを貰って猫相手に無双! いまさら謝ってももう遅い!】でした!
おめでとうございます! ではネズミの小噺大会。
次の開催場所は地下鉄下会場です。ではまた会う日まで命をお大事に~』