第二章43話『折れた心』
露零は再び走った。
振り返ることなく、目的地に向かって一心不乱に。
宝玉を回収し、走り出してから三十分ほどが経過すると少女は視線の先に小さくではあるが御影を見る。
(いたっ! 御影さんにこれを渡せば…)
「――答えろ。『俺たち滅者の生き様は他者を絶望の淵に叩き落すことだ。ならば死に様とは一体なんだ』」
「えっ?」
気配なく背後を取られ、突然問い掛けられた少女は恐る恐る後方へ振り向く。
するとそこには死懍が少女を見下ろすように突っ立っていた。
「――ひっ」
この戦いにおける敵の総大将。
それが今、少女の背後にいる人物だ。
露零は恐怖に顔を強張らせ、背筋の凍るような恐怖に足が一歩も動かせないでいた。
あと少しで御影のもとへ辿り着くというのにその一歩が踏み出せない。
そんな少女を見た死懍は無防備な少女に無造作にも手を伸ばす。
伸ばされたその手が少女を掴むその瞬間、少女と死懍、二人の視界が突如眩い光に包まれる。
その強力な光に少女は目を開けることもままならず、何が起こったのか分かっていなかった。
「――待て待て、手柄は俺のものだ。ついでにその首貰ってやる」
眩い光の原因は御影だった。
彼もまた、遠くに露零の姿を見ていた。
そしてその少女が危機に瀕している状況に、彼は自身の武器『フラッシュ弾』を打ち放ち、同時に動き出していた。
その後、フラッシュ弾によって作り出された影から出て距離を詰めた御影は死懍を蹴り飛ばして少女から引きはがすとすぐさま宝玉を渡すよう少女に迫る。
元々そのつもりでいた少女は何の躊躇なく宝玉を彼に手渡し、彼は受け取った宝玉を懐にしまうと高揚剤を一錠服用する。
「……っ! 二枚目が図に乗るな。東風みたく病床に伏させてやる」
蹴り飛ばされた死懍は少女の身柄を後回しにすることに決め、宝玉を受け取った御影を殺意マシマシの表情で睨みつけていた。
宝玉を受け取ったことで標的となってしまった御影。
しかし彼は無数の銃弾、そしてその中にフラッシュ弾を交ぜて放つと光によって生じた影から飛び出し死懍の背後を難なく取る。
そして無機物を手元に寄せる動作を行うと、直前に彼が放った無数の銃弾は前方にいる死懍目掛けて飛んでいく。
「同族嫌悪の排他的主義者が。だが分不相応に一人で突っ走るその浅ましさがお前の敗因となる」
――――ゾクッ。
直後、死懍を中心に周辺の空気がピリつき、迂闊にも吸ってしまった御影は風邪に喉を傷めたような、瘴気に当てられたような感覚に一瞬表情をしかめる。
そんな彼を死懍は背中で嘲笑い、迫り来る無数の銃弾に腕を振るうと銃弾全ては砕け散る。
(何だこの違和感…。銃弾が破壊される間際、俺の手元から奴の腕に到達ポイントが移った?)
「不思議そうな顔をしているな。この仕込み籠手は現存する最も固い素材で作られた言わば『的』だ。お前の努力、技術など何の意味も成さないだろう?」
突き付けられる現実に顔を歪ませる御影。
無力感に完膚無きまでに打ちのめされた彼は高揚剤の効果がまだ残っているにもかかわらず、すでに戦意喪失していた。
膝を折って蹲り、絶望に染まる彼の頭部を踏み砕こうとする無情な死懍。
その時、死懍の最も近くにある木を貫通して一本の矢が姿を現し、その矢は死懍の籠手に貫通して消え失せる。
(なんだ? この矢、まさか――)
「御影さんに守ってもらうだけじゃないよ。私だって――」
――そう。
死懍の嫌な予感は的中し、矢を放ったのは最も警戒を怠ってはならなかった人物、弓波露零だった。
少女は御影と合流し、宝玉を彼に渡すまで逃げに徹していた。
死懍が差し向けた同胞二人から逃れてここに辿り着いたと考えていたがただ一つ、彼は決定的な思い違いをしていた。
(御影の性格上、自発的に協力を仰ぐはずはない。待っていたのか? 俺が勝ちを確信するこの瞬間を!)
露零の真意に気付いた死懍は懐を弄り、おはじき型爆弾を取り出すと指を弾き少女に飛ばそうとする。
しかし今度は目前で蹲る御影から注意が逸れていた。
彼は二人がやりとりしている間に再び戦意を取り戻していて、死懍が再び背を向けたタイミングで立ち上がり、その凍り付いた籠手を妖刀で切り割る。
(チッ、この程度の揺さぶりで盛り返された。平常心を取り戻せ。奪取を宣言した以上、失敗は許されない。――いや、俺のプライドが許さない!!)




