第二章41話『野良と砦』
一切の騒音無く、城下町も静まり返った日常より一段と暗い夜のこと。
分厚い暗雲が風月上空に満遍なく広がりきった頃。
野良の一人が上げた腕を振り下ろすと同時に夜霧を囲う塀は全箇所一斉に大爆発する。
この時、腕を振り下ろし合図を出したのは直前まで東風の監視役だった女性だった。
爆発によって上がった爆煙により視界が遮られると、野良たちは一斉に移動を開始し、あっという間に爆発した塀の周りを取り囲む。
その後、彼らは全員携帯する弓を構え次なる攻撃動作を取っていく。
しかし爆煙が消えた次の瞬間、野良の面々は目に映ったある光景に驚きを隠せず困惑する。
その光景とは全くと言っていいほどに無傷な塀。
そして塀の奥に聳えているはずの城、夜霧を視認できないことだ。
的ともいえる城が見えないことにたじろぎざわつく野良一同。
しかし先程合図を出したリーダー格の女性の鼓舞によって一同は平常心を取り戻し、彼らは揃って矢を放つ。
目印の見えない状況に加え、野良の上位種である砦のいる城、夜霧に直接殴り込みをかけるわけにもいかず、鼓舞されたものの対処法の見つからない彼らはどこにあるかも見えない城目掛けて『数撃てば当たるだろう理論』で次々と矢を放っていく。
一方その頃、城内では地下から『宝玉』を回収したミストラが事前に配置した露零に届けるべく、機を伺っていた。
「残念だけど塀の中には入口以外にも色々飼ってるんだ。流石にここまで硬いのは想定外だったかな? それより問題は僕の矢の飛距離だね」
こぶし大の宝玉を結び付けた矢を放つとなると彼にも不安は残る。
丸一ケ月期間があったとはいえこんな状況下では安易に試し打ちすることもできず、ぶっつけ本番に彼は不安を口にする。
夜霧を敵が視認できない理由、それは前城主である仰が『塀の入り口』と同じく組み込んだ『ある』ギミックであり、そのギミックを今回ミストラは発動していた。
夜霧、その名はこのギミックに由来する。
ミストラの力が最も弱まる新月。
コンディション最悪の日に彼一人に背負わせるのは酷ということで、改造増築された城を囲う塀からは入口と同じく塀の中で飼われていた『ある』生物が出現する。
塀から飛び出たのは肉眼ではおよそ視認不可能な、極微な寄生虫だった。
その微生物はミストラの使役するうさぎに寄生すると、月明りを糧とし育った寄生虫はうさぎの内部で一定の間隔で発光点滅を繰り返し、『寄生』という名のドーピングを施されたうさぎ達は次々塀を飛び越え駆けると野良の注意を引き付け陽動する。
しかし風月側の動き出しが僅かに遅れ、敵が乱射する矢によって引火し、輪郭を帯びてしまった夜霧。
だが先手を打っていたミストラは輪郭を帯びる前に屋上に登っていて、近くに配置した露零との距離を目算で測り、宝玉の入った布袋を矢に結び付けると彼は少女の近くの木目掛けてその矢を放つ。
(地下さえ無事なら……。君の追い風はもう吹かない。仰、僕も後のことは二人に任せるよ)
その後、彼は屋上から煙に紛れて飛び下りるとうさぎ達に指示を出し、うさぎと共に地下に身を潜める。
一方その頃、別の場所で待機している露零はというと。
少女は事前に聞いていたギミックで視認できないはずの城、夜霧が全焼する勢いで燃え上がっていることに「どういうこと?!」と驚き困惑していた。
そして同時に一人城に残ったミストラの身を案じる。
その時、炎によって上昇気流が発生するその寸前、風の流れを完全に読んだミストラによって放たれた矢は一切乱れることなく少女のもとへ飛んでいき、狙い通り矢は露零のもとに届く。
近くの木に何かが突き刺さった音に反応した少女が音のした方へ振り返るとそこには矢、そして矢と共に飛んできた布袋に入った宝玉が突き刺さっていた。
露零はそれを回収すると敵が気付く前に御影に合流しようと走りだす。
御影との距離は数キロも離れている。
一刻も早く合流しなければと全力疾走する露零だが所詮は少女。
走るスピードはたかが知れている。
(私走るの苦手なのに……だけど城下町の皆が攻撃されないようにするためだもん)
人並みの身体能力である少女にとって、数キロはかなりの長距離だった。
しかしそれでも少女が走るのには訳がある。
夜霧は城下町の一番端に建てられた城だ。
それすなわち無辜の民に被害が出かねないということで、この二か月余りでかなりの人物と関わってきた少女は(この争いにみんなを巻き込みたくない)と強く感じていた。
そんな少女の思いなど露知らず、敵の主力である三者は遠くから少女の動向を観察していた。
そして少女の動き出しとともに彼ら三人も本格的に動き始める。
「対象が揃って動いた。手筈通り御影は俺が抑える。お前たちは――」
「はいはーい。露零と宝玉には護衛がついてるはず、でも二つが一緒にあるなら兵長、そこに奇襲を掛けよう。今日は答えを聞けるといいんだけど――」




