第二章38話『舞台は整った』
――――あの日からひと月弱が経過したある日のこと。
ミストラの見立て通り今のところ敵の襲撃はなく、その気配さえもなかった。
彼が言うには敵らの動き出しで戦いが始まるとのことで、こちらから出向いて仕掛けるよりも迎撃準備をし、来るべき日に備えるという彼の指示のもと、みな着々と準備を進めているそうだ。
その中で露零は彼の指示である情報共有するという立場を利用し、御影と秘密裏に友好関係を築いていた。
三日後が新月というこの状況。
肌に当たる風からピリピリと緊張感が伝わり、屋上に佇む少女は腕に手を当て息をのむ。
今や主力の一人として数えられている少女だが、当の本人にその自覚はない。
あの日以降も継続して修行に勤しみ、毎日欠かさず座禅を組んできた少女は初日と比べて凛々しく、そして逞しくなっていた。
夜霧の屋上から國を一望した後、軽やかに飛び下りた少女は下にいたミストラ、そして南風と合流する。
「『ねえさん』に協力も仰いできた。襲撃日時は見立て通り新月で間違いなさそうだよ」
「姉さんって誰のこと?」
「それは知らない方が露零殿のためでござる」
はぐらかされたことに拗ねた少女は小さく頬を膨らませる。
以前にも何度か耳にした『ねえさん』なる人物はどのような存在なのだろうか。
興味が尽きない少女は頭を使い、直接的な協力ではなく間接的な情報提供というところに着目するとその人物は情報網が広い『砦』のような人物だろうとイメージする。
その後、三人は最終打ち合わせのため城内に入っていく。
いつも通り応接室に到着すると、少女はすぐに「心紬お姉ちゃんは来ないの?」と尋ねる。
「もちろん彼女とも話を詰めてはいるよ。別に時間を確保してね」
「……それに、『あの日』から東風殿は行方不明なんでござるよ」
――――行方不明。
その言葉に少女の鼓動はドクンと脈打つ。
東風から封書が届いたと、ミストラは以前言っていた。
その内容を彼は≪宝玉の場所が知られた≫と言っていた。
「あの日ってもしかして御影さんと戦った日のこと?」
「そうでござる」
しかし彼の姿が封書が届いたとミストラが言った日以前から見えないのならば、彼が情報を漏洩したとも考えられる。
そんな考えが脳裏に過り、少女は「探さないの?」と二人に尋ねる。
「もちろん心紬達に捜索してもらってはいるよ。でもあまり人員を割くことはできないから…ね」
未だ見つからないこと、そして意図的に隠されていたのか、その情報が自身にまで回ってこなかったことに露零は表情を曇らせる。
(教えてくれれば私も一緒に探したのに……)
「それで露零。当日のことなんだけどね、僕は夜霧に残ってできるだけ敵の注意を引く。だから宝玉を御影まで届けてくれるかな」
「なんで私なの?」
「またまた~。露零殿が御影殿と仲良くやってるのは分かってるでござるよ」
何故そのことを知っているのだろうか。
少女からしてみれば、犬猿の仲である御影と仲良くしていることを知られるのはだめだと考えていた。
二分した者達の両トップ、以前の派手な争いもあり、対立者だと認識していた少女は二人が事情を知っていることに(なんで…?)と内心動揺し、焦っていた。
しかし次の瞬間、少女は持ち前の柔軟な思考をフル回転させ物事を百八十度真逆の観点から捉え始める。
(そっか、一方通行だったんだ。南風さんもミストラさんも全然怒ってなさそうだもんね)
「うん、任せてよ!」
そうして最終打ち合わせを終えた露零は南風に付き添いを頼み、ある物を新調しに城下町へと向かう。
「ねぇ南風さん。お面ってどうやって作るの? 私もお面欲しいなーって」
「そうでござるな。市販のものならすぐ買えるでござるよ。でも急にどうしたでござる?」
「何でもなーい♪」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして一方、未開に建てられたログハウスに潜伏している野良、滅者も着々と準備を進めていた。
机上には三つの梱包された『何か』が置かれていて、そのうち二つを滅者である死懍は開封する。
中にはマッチ棒の先端ような矢尻の矢。
おはじき型で粘着質の新型爆弾、そしてビー玉サイズの閃光玉。
「野良、お前達は夜霧に奇襲を仕掛け『宝玉』をあぶり出せ。主力の『俺』、『魔砂』、そして『駐屯兵長』が必ず持ち帰ると約束する」
「病み上がりの僕を持ち上げるなんて兄さんも随分だね。それに名前、間違えてるよ」
「俺は約束を違えない。お前たちの答え、その行動を以って示して見せろ!」




