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御爛然  作者: 荼イ毘ング
第一章『水鏡』
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第一章8話『後継者』

「大体あなたはいつも杜撰ずさんが過ぎるんです」


「そうですよ! ただでさえ水鏡うちは他より二人も少ないんですから一人だけサボろうとしないでください!」


 一方的な弾丸トークになりかねない《《熱》》を帯びた言葉が立て続けに二人から飛んでくる。

 持ち込まれた熱気にあてられた露零ろあは部屋に押し入り伽耶かやを責め立てる二人に驚きを隠せないでいた。

 心紬みつはともかくダウナー系で口数の少ないという印象だったシエナも一緒になって伽耶かやを責めているのを見るに、三人の関係性は少なくとも単なる《《主従》》という上下関係の繋がりではないのだろう。

 それを証明するかのようになだめようとする伽耶かやは一切動じることなく二人の顔を交互に見ると露零ろあの時と同様に、しかし今度は十分に間を取ると、落ち着いた口調で二人から《《熱》》を取り払う。


「それはちゃうで、ようできた従者がおるから頼りにしてたんや」


「全く、あなたって人は……いつも都合がいいんですから」


 読心内容の共有がされなくとも失言なのは明白で、にもかかわらず補足という名のセルフフォローによって軟着陸、事なきを経たと考えているだろう主君にシエナは少なからず思うことはあっただろう。

 しかしそのフォローがあまりにも完璧であり、同時に伽耶かやの言葉に呆れつつも頼りにされたことが余程嬉しかったのか、露零ろあがこれまで見ていた貼り付けたような不愛想な表情は笑顔に変わり猫耳もゆらゆらと揺らしていた。


 そしてそれは心紬みつも同様だった。

 無意識に頭を左右にゆっくりと揺らしている彼女の姿はまるで水やりされて喜ぶ花のようで、その様子を静かに見ていた露零ろあは二人に怒りや不満の感情が一切ないこと。

 伽耶かやの《《水平線》》のように果ての見えないどこまでも澄んだ包容力を肌で感じていた。


(血が繋がってないって言ってたけどみんなとっても楽しそうでまるで家族みたい。私もいつかあんな風に――)


「ちょい落ち着き、まだ話は終わってないで。そういえば二人ともえらい距離歩いてここまで来たんやってなぁ。疲れてるやろ? そこ、座ってええよ」


 帰城直後で顔を出したというわけではないのだろうか?

 あるいは國一番の諜報能力を有するシエナ以外に情報を得る手段があるのかもしれないが、二人の行動をおおむね把握していた伽耶かやが指差したのはさっきシエナがお茶菓子を置いていた机に付属した小さな椅子だった。

 椅子は二人分用意されていて、おそらくお茶菓子の前に疲れているであろう二人のためにシエナが準備してくれたのだろう。


 いるだけで常時美容液や保湿液が素肌に触れているような心地のよさ。

 そんなストレスフリーな環境に本日付で従者として身を置くことになる露零ろあは先輩従者であるシエナの方を見ると「ありがとう」と今日一番の笑顔で伝える。

 真っすぐな視線、純真無垢な表情で伝えられた感謝の言葉にシエナは照れ臭そうにしながら「……どうも」と小さく一言だけ答えると彼女はスッと二歩三歩と後退する。

 主君に見せた表情はそこにはなく、相変わらずの素っ気ない態度に戻っていたがその様子を微笑ましそうに見ていた伽耶かやは二人から咎められた《《自己紹介》》と《《後継》》の話を切り出しやすい空気をお茶菓子を食べている間に軽く談笑を交えることで再度作っていく。


 そして全員がお茶菓子を食べ終え、そのことを部屋をぐるりと一周して確認すると彼女は再び話し出す。


「ほんなら改めて自己紹介しよか。ウチは水鏡すいきょうの城主で《《自由》》を謳う藍爛然あいらんぜん生明伽耶あざみかやや」


 机を挟んだ対面から見た伽耶かやの風貌は淡いレモン色の長い髪に深い緋色の瞳。

 手入れに一切の妥協を許さないのだろうことを感じさせるその髪は一本一本にまで神経が通っているかのような、それぞれに独立した凛々しさが宿っていた。

 顔立ちは社交的の言葉そのままに笑顔の似合うたおやかな顔。

 服装は群青色を基調とした軽装で、その上には薄い羽織を、腰には長くも短くもない刀を携えている。


藍爛然あいらんぜんって御爛然ごらんぜんと何か違うの?」


「おっ、意外と鋭いやん。御爛然ごらんぜんは一言でうたらウチらの総称なんや。よう一括りにされるし困惑するんも当然やわな」


 決して下に見ていたというわけではないが露零ろあの疑問に少し意外そうな反応を示す伽耶かや

 終始歓迎ムードとは言い難い場面も何度かあったが、一人取り残されている少女に最後まで懇切丁寧に説明をしてくれる姉の姿に露零ろあはどこか懐かしさを覚えていた。

 しかし一方の姉は何を思ったのか、次に控える二つ目の話をする前に《《ある人物》》に話を振ることでそのまま彼女に説明させる。


「ほんなら後継の件は…そうやなぁ。心紬みつ、あんた話したって」


「えぇぇぇ!!」

「やれやれ……」


 意図はともかくここに来ての投げやり発言。

 主君からの半強制的な無茶ぶりに名指しされた心紬みつは動揺を隠しきれず、シエナは心底呆れていた。

 そんな二人を困惑した姿を見た露零ろあも(みんな、お姉ちゃんに合わせるの大変そう…)と奔放すぎる伽耶かやに振り回される二人に内心同情を示していた。

 しかし主君である伽耶かや直々の指名を断れるはずもなく、心紬みつはすぐに気持ちを切り替えると《話し手》の役を彼女から引き継いでいく。


「ここ、水鏡すいきょうには不在の者を数えても四人しかいないんです。誰でも國に入れるわけじゃないので伽耶かや様の《《後継者候補》》は長らく不在だったんです。そこでお願いしたいのはあなたに《《次期後継者》》となって頂きたいんです。急な話ですしもちろん無理にとは言いませんが……」


 ――――つもりが完全に一度話をぶった切ってしまい、急な対応力の無さを恨みながら気まずそうに話を切り出す心紬みつ

 辛うじて部屋の空気は保たれているものの、少女の反応次第ではいつ気まずい空気に飲まれてもおかしくないこの状況。

 《《沈黙》》という名の淀んだ空気が徐々に室内を満たしていく中、突如シエナは障子を半開きにし、部屋の空気を喚起する。


 ……のかと思いきや。

 そのまま彼女は部屋の外に上半身を乗り出すと障子の外側に立て掛けていた一本の白銀(しろがね)色の弓を手に取り再び室内に戻ってくる。


(シエナさん今、身体伸びてなかった??!)


 猫の性質が反映された《《特殊体質》》なのか、露零ろあの目にはシエナの身体が伸縮したように見えていた。


 ――――ただ、そう見えただけかもしれないが。

 そんなことを考えていると当の本人、シエナが近付いてきて彼女は露零ろあの目の前で立ち止まると今さっき取ってきた外に立てかけてあった弓を片手に話始める。

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