第二章32話『三大勢力揃い踏み』
「例のもの? チョッキでいいのか?」
「違う、籠手の方だ。何日要するかも忘れずにな」
死懍と駐屯兵長の会話に下っ端の野良たちは疑問符を浮かべていて意味がわかっていない様子だった。
死懍は万が一にも提携関係にある野良が反旗を翻すことを恐れていた。
以前に背信行為を行ったのはたった三人で実害も大してなかったため、その後そのことに関して彼は他言無用にしていた。
それよりも彼が恐れたのは彼らが揃って『反旗を翻す』という可能性で、そのことに考え至って欲しくないという思いでいた。
会話が終わると駐屯隊長は一人國の外へと向かって歩いていく。
思いの外、彼らは緻密な計算をしていた。
今回ツートップである両者が疲弊するだろう、またとないチャンスであるにもかかわらず、彼らが偵察だけで終わろうとするのには理由がある。
それが以前、流れで露零と共闘した野良三人の会話に挙がった『碧爛然によって負傷させられた滅者』の回復に思いのほか時間が掛かっているからだということは風月の面々が知る由もないことだが。
そんな彼らの存在を伝えて回る、第三布陣の伝達係はやがて露零の元へと到着する。
話を聞いた少女は同伴している南風に「どうしよう」と指示を仰ぐように尋ねる。
すると南風は「拙者達の役目は露零殿を守ることでござる。火蓋を切るのは第三布陣ではないでござるよ」と言って少女を安心させつつ今一度、第三布陣の面々の気を引き締めさせる。
地の利はあれど一日経てば強制的に弾かれる野良を拘留するのは現実的ではない。
ならばこそ、一度の戦いで決着を付けなければこの國を彼らの恐怖から解放することはできない。
しかし今、この場には未熟なりにも風月が誇る五本の指に入った人物がいる。
彼女は悩みに悩んだ末、『こちらからは手を出さない』と再度呟き念を押す。
そして報告者に「敵から目を離さないで欲しいでござる」と伝え持ち場に戻させると伝達よりも監視優先と優先順位を明確にする。
「この伝達のために周り道せず最短距離で戻って引き続き監視を継続して欲しいでござる」
この八日間、少女と共にミストラの指導を受けていた南風は今回の指揮を執れるよう、みっちりと仕込まれていた。
その教育を少女も一緒に受けていて、二人は『知識』を始め、『柔軟な思考』や『機転』、『先を見通し逆算する力』を低い水準ではあるが最低限身に付けていた。
そして伝達係が監視を継続するため持ち場に戻ってしまうと少女は再び夜霧を見る。
互いの手の内を熟知している二人はのっけから飛ばしていたが、それにしては長引いた方だろう。
敷地内からはところどころから土煙が立ち上っていて、少女の瞳に映った二人の衣服はボロボロとなり互いに息も弾んでいた。
そんな彼らは言葉では言い表せないただならぬオーラを身に纏い始め、露零は「きっとこれで…」と、この決闘は二人の次の打ち合いで決着がつくのだと直感する。
「相変らず因幡と稲葉雲をかけたような理屈の通じないふざけた力だ。だが今宵は新月、影の真価を見せてやる」
「はぁ…はぁ……。君も折れないね。これが最後になりそうだ、月増しの力を見せてあげるよ」
二人もこれが最後の打ち合いになると感じていた。
ミストラは自身の半身『うさぎ』を一部開放すると彼のうさ耳は直立する。
そして彼の足元の地面には亀裂が走り、脚の筋肉が急激に増加する。
同じく御影にも変化が現れる。
彼は二丁銃を腰元に戻すと今度は妖刀を抜刀し、影と妖刀のオーラが掛け合わさったようなものを刀身、そしてその身にも纏い始める。
次の瞬間、二人は真正面から激しく衝突する。
最後の打ち合いに余計な小細工は無粋だと言わんばかりに、二人は蹴りと刀をぶつけ合う。
「宵床知らず!」
「靄切りかまいたち!」
新月の日のミストラはこの時間、いつもなら眠りに就いている。
しかし今日に限っては眠ることができず、そのことに強いストレスを感じた彼は筋肉マシマシの脚で刀をへし折ってやると言わんばかりに強力な蹴りを放つ。
同じく御影。
彼は自己流に改良した『風切りかまいたち』で応戦する。
しかしその熟練された彼の剣技は東風や隊員のそれとは全くの別物として昇華していた。
そして打ち合いになった二人は同時に勢いよく後方に吹き飛ばされ共に気を失う。
決着に露零は「終わったよ」と呟き、南風に次なる指示を仰ぐ。
すると彼女の返事を待たずして突如として夜霧を囲う塀が次々爆ぜていき、何が起こっているのか分からない少女らは満身創痍だろう二人の身を真っ先に案じる。
「何が起こってるの? もしかして私じゃなくてミストラさん達を?!!」




