第二章28話『満月と新月』
――――新月。
それは御影が最も力を発揮できる、彼にとって最高のコンディションだ。
脅しをかけてまで招いておきながら、特に何をするわけでもなく三人を返した御影はある日のことを思い返していた。
彼が思い返していたのは一度目の決闘だった。
当時のコンディションは満月の夜。
それは彼にとってはこの上なく最悪のコンディションであり、反対にミストラにとっては最も実力を発揮できる最高のコンディションだった。
故に繰り上がり早々に敗北者というレッテルを住人たちにも張られた彼は自身に対する第三者の過小評価を非常に不服に感じていて、再度リベンジ戦を、今度は自分の土俵で行いたいと考えていた。
訳もわからないまま帰され、吐き捨てるように矢文に対する返答を預かった三人は現在、疲労を感じさせる重たい足取りでミストラの待つ夜霧へと向かっていた。
庭園の一件に対する誤解は解けてはいない。
少女の出生に問題がある点は望まぬ形とはいえ、事実だから弁明の余地はないが。
いや、伸された者達の回復を待っていれば、感情の起伏の激しい彼にまた振り回されていたに違いない。
それを思えばこそ理性を取り戻したタイミングで突き放してくれたのはある意味良かったと言えるだろう。
道中、水鏡組は南風にいくつか疑問を投げ掛ける。
一つ目に彼の言っていた新月はいつなのか。
二つ目に彼の持病について。
「新月は八日後でござる。以前の御影殿は野心家でこそあったでござるが薬には溺れてなかったでござる…」
環境が彼を蝕んでしまったのだろうか。
さっきの会話を思い出すに、碧爛然と呼ばれるようになったことで彼のコンプレックスがより刺激されたのだろう。
そのことで何か病に侵されてしまったのかもしれない。
露零は心紬に「助けてあげて」と懇願するが、彼女は「私もできることならそうしたいのですが…」と残念そうに呟く。
彼の病は言わば精神疾患だ。
原因はいくつかあるだろうが、主な要因となっているのは前任者『仰』が國内外問わず最強と呼ばれ、自身が比較対象となっていたこと。
加えて比較対象と同じ目線に立ち外を知ったことで自身の未熟さを痛感したことにあるのだろう。
少女に手柄の話を振ったのも、その出生を見抜いたことも他の誰でもない自身が手柄を立てて周囲の人間に認めさせたいが故の行動だった。
そのことに一早く考え至った心紬は自身が治療を行うことでどうにかなるわけじゃなく、時間が解決するだろうと考える。
「何にもしないの…?」
しかし変らず無茶ぶりを続ける少女。
そんな少女の言葉に(そう言われても私はカウンセラーじゃないのですが…)と内心呟く心紬。
すると意外にも今度は南風が少女にある提案をする。
「そういえば貴女は拙作を読もうとしていたでござるな。なら露零殿が解消するのはどうでござるか?」
考えもしなかった妙案に、露零は「それいいと思う! じゃあ次会った時は私が話聞くね」と敵意むき出しだった彼に自身が手を差し伸べることを二人に伝える。
少女の返答は楽観的と言わざるを得ない。
護身の術を持っていない少女が第一印象最悪の、いつ発作を起こすかもわからない人物と積極的に接触しようというのだ。
この時、少女が思いついた彼との接触方法は、彼との会話で挙がった『情報を流す』だった。
このタイミングが彼とコンタクトを取れる、あるいは対面できる唯一の状況だろうと考えたのだ。
しかしそんな少女の危機感の無さに心紬は少女に心配そうな眼差しを向け、次に南風に(余計なことを)といった表情を向ける。
そうして夜霧に戻ってきた三人はミストラに迎え入れられ城内へと入っていく。
現在の時刻は二十二時頃。
本来の目的だった月彩庭園を見るどころか、とんだ災難に見舞われた三人をミストラは労うと今日は城に泊っていくよう彼は提案する。
水鏡組にとっては願ったり叶ったりな彼の提案を断る理由はない。
宿泊の代わりに彼に出された条件をのむと、二人は早速矢文の返答を彼に伝える。
「……新月、それに条件追加。あれの言い分はわからなくもないけど客人にまで世話掛けるとはね」
彼は主君の非礼を一言詫びるとこれまでの修行は継続し、当日に備えて欲しいと二人に伝える。
ミストラが言うには味方同士の潰し合いは『滅者』の格好の餌食となるため精鋭部隊を主戦力とした第二布陣、第三布陣を敷くというもので、二人にもそこに加わって欲しいとのことだった。




