第二章27話『副作用』
同時刻、夜霧では強風が吹く中、屋上にはミストラが短い髪をなびかせながら、しかし自身は微動だにせずに立っていた。
彼は洞窟内を覗くうさぎと視界共有していて、三人を救出するべく予め準備していた文を矢に結び付ける。
そして矢をつがえると狙いを定め、一思いに矢を放つ。
現在、露零は犯罪者一族のように自身に流れる血、いや、敵側として生まれたことに酷いバッシングを受けていた。
南風こそ加担はしていないものの、もはや言葉の暴力と言っても過言ではない集団虐めにも近い状況。
その時、一本の矢が御影と呼ばれるリーダー格の人物の元目掛けて勢いよく飛んでくる。
だが彼は前方から飛んでくる矢を難なく避けて掴むと矢に結び付いた文を解いて読み始める。
矢が飛んできたことで一度は静まった罵詈雑言も次の瞬間には再び飛び交い、御影は文を一読すると不敵な笑みを浮かべた後、取り巻きにある言葉を掛け彼らを制止させる。
「――待て。お前達も一度は読んだことがあるだろう。空想上の出来事だ。嘘か真か過去、命を踏み躙る大規模戦争が起き、その当事者達は皆古代樹に回帰したという。つまり上を見れば同じ人殺しの末裔だ」
彼の穿った考えに罵詈雑言の嵐はピタッと止み、場は一瞬で静まり返る。
だがしかし、なぜ彼は今更そんな発言をしたのだろうか。
矢文に一体何が書かれていたというのだろうか。
彼は次に矢文に書かれていた内容を共有し、少女にあることを要求する。
「矢文にはこうあった。俺は三人の身柄、奴は実質的な國の権限を譲渡することを賭けることを条件に再戦を受けると。だがそれだけだと釣り合わない、お前達が得た情報を俺にも流せ」
南風は彼のことを『新月御影』と呼び、彼に情報を流すのは危険だと少女に伝える。
すると彼の取り巻きの一人は彼女の発言を無視できなかったようで、「絶対的な存在に敵わない二番手がどれだけ惨めか知ってんの?!」と、前任者と比較されてきた彼を擁護する。
「――いい」
「けど……」
「御爛然に数えられたことでわかったことがある。一つが分かたれたこの力は均衡を維持するため力が等分されるんだ。広く見れば手柄を立てるどころか足を引っ張っている」
彼のマイナス発言に掛ける言葉が見つからない取り巻き達。
同じく掛ける言葉の見つからない三人も、ただただ彼の話を聞くことしかできなかった。
その時、取り巻きの一人が「まずい、時間が…」と呟き怪しげな錠剤を一錠彼に手渡すと彼はそれを水なしに飲み込む。
次の瞬間、彼はこれまでで一番過激な性格へと変貌し、ミストラの申し出に対して徹底的に叩き潰すと意気込みその後も苛烈な発言を連発する。
情緒不安定な彼の精神状態に驚きを隠せない露零と南風。
南風も驚いているのを見るに、以前はこんな人物ではなかったのだろう。
露零がそんなことを考えていると、心紬は彼の病状を推測を交えて呟く。
「もしかしてさっきの薬は高揚剤ですか?」
「へぇ、気を許してないのに察しがいいね」
「だって心紬お姉ちゃんはお医者さんだもん」
読心が彼女を医者たらしめているのではないということを知識を以て証明した心紬。
彼女は『高揚剤』ではなく『精神安定剤』にするべきだと指摘するが、彼女の指摘に彼の取り巻きは強く反発する。
「あんたが何を知ってんの? そもそもこの薬を処方したのは――」
その時、高揚剤によって感情が最高潮にまで達した御影は三人だけに留まらず、取り巻き達にも攻撃を加えていく。
新月御影。
彼の固有の力はその名の通り『影』だ。
その特徴は目視できる距離の影から抜け出ることができ、また、近くの影に溶け込むことができるというシンプルなものだ。
光石によりこの場にいる者全員からは影が伸びていて、御影は彼らの影から飛び出し背後を取ると仲間のはずの取り巻き達に危害を加えていく。
次々と仲間がやられていくことに、側近と思われる女性口調の面を付けた人物が必死に理性を取り戻すよう訴えるも、その声は副作用によって理性が失われた彼には全く届かず、彼女も彼の手によって伸されてしまい洞窟内は大混乱となっていた。
そして彼の攻撃の矛先が三人に向いたその時、これまで洞窟の外で中の様子を伺っていた一匹のうさぎが跳躍して洞窟内へと入ってくる。
入ってきたうさぎは露零の頭上を飛び越えると御影の頭部にバネのように伸縮させて放つ強力な蹴りをお見舞いし、彼の脳を一瞬ぐらつかせる。
その後、うさぎは何事もなかったかのようにどこかに飛び跳ね消えてしまい、蹴りが脳に響いた御影は次第に理性を取り戻す。
彼はこの場で何が起こったのかを瞬時に理解し、暗い表情を浮かべると三人に「――情報はいい。日取りは次の新月だと伝えろ」と言い、彼は少女らをそのまま帰す。




