第二章26話『突き付けられる現実』
「ねぇ、どこに行くの?」
「すぐに着く。いいから黙って付いてこい」
質問しても何の説明もされず、一切の情報を教えてもらえない三人。
心紬が『命の保証』を条件にしたのは彼らが面を付けているという理由からで、面を外せば野良だったという展開も無いわけじゃない。
拭えない不安に緊張の糸を解くことができない水鏡組は庭園を出てからもしばらく彼らについていくとやがて人目に付きにくい洞窟に到着し、彼ら、そして露零達三人は洞窟内へと入っていく。
洞窟内は奥行きがそんなに無く、左右に等間隔に置かれた明かり替わりの光石によって明るさが保たれていた。
少し進むと巨大な円形の石机と、それに付随した石椅子が丁寧に置かれていた。
面を付けた謎の集団は三人を石椅子に座らせ、自身は机を囲むように広がって三人の背後に立つと、三人が不審な動きをしないよう見張り始める。
「『あの方』が来るまでここでおとなしくしてろ。妙な動きをすれば命の保証はしない」
あの方とは誰のことなのだろうか。
背後から監視されているという落ち着かない状況に内心そわそわする露零だが、今の状況は以前の誘拐騒動に比べればなんてことはない。
状況が最悪なことにかわりはないが今、この場には心紬も南風もいて、少女は徐々に落ち着きを取り戻していく。
「あの方って誰なんですか?」
「…………ござる」
次の瞬間、面を付けた一人が明かり替わりの光石を一つ手に取ると光を遮断する特殊な袋に入れて懐にしまい、もう一人が机上中心に大きめの怪しい人形を放り投げる。
すると光石がなくなったことで人形の影が一方向に伸び広がっていき、影の中から一人の人物が姿を現す。
――ガタッ。
「なっ、貴様! 若の前で無礼な!!」
得体の知らないものが人形の影から飛び出たことに思わず石椅子から立ち上がる心紬。
目前の人形の影から現れた人物はそんな彼女の前に顔を近付けると無防備にも瞳を覗き込む。
「――へぇ、悪くない。自身に気を許す者に限り読心可能な力」
「っ! 貴方は一体……」
人形の影から突如として現れた人物の風貌は黒い長髪の男性。
髪色とは反対に脱色したような白色の瞳だが片眼には髪がかかっている。
服装は黒と緑を基調とした軽装で腰には二丁の銃身の短い拳銃、そして露零が夢の中で見た妖刀と酷似した日本刀を携えていた。
彼の第一声である程度状況を察し、瞳から全ての情報を引き抜かれることを危惧した心紬は彼の手を払い、後方へ飛び退くとすぐさま刀に手を掛ける。
すると机上の彼は次に露零を見定め始め、この場の全員を戦慄させる『ある発言』をする。
「お前は…厄持ちか。ちまたじゃ『滅者』と呼ばれているだろう?」
この時、南風はすでに意識を取り戻していて、彼女は目前の男性の発言に動揺を隠せないでいた。
彼女が『滅者』という単語を知る機会は確かにあった。
最初に水鏡組が夜霧に訪れた際、心紬の発言によって風月主要人物の三人はその名を耳にしていたのだ。
「御影殿、それはどういうことでござる? 貴女らは敵だったでござるか?」
――しばらくの沈黙が流れる。
最悪の状況、最悪なタイミングでのカミングアウトに二人に弁明の余地など一切なかった。
また、同伴してくれた南風に猜疑心を抱かせてしまったことに二人は罪悪感に苛まれながらも無言を貫き俯いていた。
御影と呼ばれた人物の言ったことは全て事実なだけに一切反論できない二人。
そんな二人に面を付けた謎の集団はさらに罵詈雑言を浴びせていく。
ある者には庭園を土足で踏み荒らしたのが二人ではないかと謂れのない罪をお仕着させられ、また別の者には二人が敵を誘導したなど、二人が反論しないのをいいことに言いたい放題だった。
「それは違うでござる。御影殿、拙者の話も聞いて欲しいでござる。拙者はミストラ殿宛の封書を読んだんでござるよ。本当は――」
だがしかし、彼女の訴えに彼らが耳を貸すことはなかった。
水鏡組目線では二人の関係性はまるでわからないが、南風がリーダー格の名前を知っているのを見るに二人には面識があるのだろう。
もし仮に二人に面識があるのだとすれば、彼は行方をくらませたという二代目なのだろう。
ならば行方をくらませた彼にとってはバツが悪いのかもしれない。
現に彼は南風をいないものとして話を進めていた。
そんな御影はあることについて言及する。
「そこの滅者は俺の手柄を横取りしようとしているだろう? あれは誰にも譲る気はない。必ずお前達に認めさせてやる」
「露零殿はそんなこと考えてないでござるよ」
「つもりはなくてもここにいるのがその証明だっての。って物心ついたばかりのいい子ちゃんには分かんないか」
逃げ場のない空間で突如起こった罵詈雑言の嵐。
今にも逃げ出したい露零は防衛反応からなのか、朦朧とした様子で会話のほとんどが耳に入っていなかった。
同じく心紬も妹分的な存在の露零が謂れのない罵詈雑言を浴びせられていることに酷く心を痛めていた。
そんな二人の心境を表情で察し、南風は御影の誤解を解こうと一人奮起し弁明する。
しかし相手は大人数、加えて南風をいないものとして扱っているため、二人の話はいつまで経っても交わることなく平行線に終わってしまう。
そんな様子を赤い果実のようなつぶらな瞳を持つ生物が洞窟の外から怪しげな雰囲気で眺めていた。




