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御爛然  作者: 愛植落柿
第二章『風月』
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第二章16話『かまいたち』

 露零ろあが戻ってくるまで一人待っていた心紬みつは道のど真ん中で通行人にぶつかられ、一瞬体勢を崩しかける。

 通行人がそんなにいるわけでもないのに接触したことに違和感を感じていると、後方から「すりだよ、誰かその男を捕まえておくれよ」と一人の女性が声を上げる。

 次の瞬間、その女性は心紬みつと接触した男性を指差し、彼女はすりを働いたと思われる男性のあとを追う。


(早い、まるで風を背に受けているような……)


 すり師は追い風を味方に付けていて、心紬みつとの距離はどんどんどんどん離れていく。

 『風除けの加護』、これを破棄すれば心紬みつも彼が発生させた追い風を背に受けることが出来る。

 しかしそんな豆知識的なことを知らない彼女はその後も必死に自分の足で追いかける。


「遅い遅い、昨日今日来た右も左も知らない奴に捕まるほど『都の鎌鼬かまいたち』様は甘くないぜ!」


 すり師の進路は常に一直線だった。

 自身が発生させた突風を背に受け高速で移動する彼の姿はまるで妖怪、鎌鼬かまいたちのようで、彼の進路上にいた通行人はみな彼が通った後、身体に鎌鼬に切られたような切り傷が残っていた。


「……っ! 何もしてない民間人を切りつけるなんて」


 それから数秒後には一瞬でも目を離すと見失ってしまいそうなほど二人の距離は離れていた。

 すり師は後方を確認し、追手が全くついてこれていないことに逃走成功を確信していると、彼は前方に高価そうな装飾品を身に付けた女性と彼女の用心棒らしき武士服を着用した細身の男性を見る。


「あぶねぇ! こちとら急には止まれねぇんだよ!! 道を空けねぇならこのまま掻っ捌くぜ。ヒャッハー」


 そう叫ぶと彼は宣言通り、一切減速することなく目前の二人に急接近する。

 そして進路上に留まる二人に接触しようというその刹那、武士服の用心棒は女性の前に出ると仮面を付け、刀に手を掛けると抜刀はせずに…いや、抜刀したことも気付かない程の高速の剣技でお尋ね者、そして周辺の風を一瞬のうちに切り払う。


「――っ! これは『風切りかまいたち』?! お前、精鋭部隊だな?」


「後ろ」


 初見じゃない様子のすり師は目前の用心棒の剣技から、彼が精鋭部隊所属だということを見抜く。


 すると次の瞬間豆腐が一丁、プルプルと揺れながら二人の方へ飛んできて、すり師の後頭部に直撃する。

 注意したにも関わらず、間抜けにも豆腐が直撃したすり師を見た用心棒は「ふっ、豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえとはまさに」と言い、僅かに口角を上げ笑みを浮かべる。


 豆腐を投げた張本人、心紬みつはすり師が失速、そして停止したのを好機と捉え、自身が出せる最高速度で彼との距離を詰めていた。

 そして数秒後には彼の背中を目視で捉え、心紬みつは先程購入した豆腐を投げつけたのだ。


「痛っ、くない? ……っておい! この『都の鎌鼬かまいたち』様に豆腐を投げつけたのは誰だ?! 今日の服がおじゃんになっちまった」


 大していい身なりではないすり師だが、彼は服を汚されたことに酷くご立腹の様子だった。

自分の行いは棚上げに、怒りを露わにしながら豆腐が飛んできた方へ振り返るすり師は標的を用心棒から追ってきた心紬みつに切り替えると、この場を去る二人には一切目もくれなかった。


 一方その頃、詩歌しいかが綴られた一冊の本を片手に心紬みつの待つ場所まで戻ってきた露零ろあ

 しかし待っているはずの彼女がいないことに(心紬みつお姉ちゃんどこに行ったんだろう)と少女は周辺を見回す。


 ――背後に怪しい三つの黒い影が忍び寄っていることも知らずに。


 そして再び場面は戻り、露零ろあがそんな状況になっていることなど一切知らない心紬みつ風月ふうげつのお尋ね者、『都の鎌鼬かまいたち』と対峙する。


 彼は腰に差した二本の鎌を手に取ると有無も言わさず心紬みつに切りかかる。

 白昼堂々暴れ出すお尋ね者に通行人は道を空け、避難する。

 その際、通行人の用心棒と思しき人物が数人、心紬みつに加勢しようとするが、彼女は「避難が先です。そっちはお願いします」と言い、一人で戦う意思を見せていく。


 元々すられたお金を取り返すために追跡していた彼女だが、初犯ではなく彼が都を騒がせる不届き者と知った以上、彼女が見過ごす道理はない。

 振り上げた鎌を振り下ろし、突き刺そうと振り回す鎌男を相手に心紬みつは抜刀し応戦する。

 そして彼女は十八番の剣術『絹流きぬりゅう』を駆使すると彼の攻撃のことごとくを完封していく。


「面妖な余所者だな! マナは自然由来の力のはず、お前のマナはまるで蜘蛛のそれだ」


 すり師は心紬みつと対峙する直前に『風切りかまいたち』をその身に受けている。

 そのため彼は本来の力を使用することができなかった。

 本来の力を発揮できていれば向かい風を発生させて距離を保つなり再び追い風を発生させ、逃げに徹することも出来ただろう。


 そんなことを考える彼は現在、成す術もないまま呆気なく心紬みつに敗北し、拘束されていた。

 主力であるマナを削がれた彼は心紬みつにとって、取るに足らない存在となっていた。

 避難誘導を終え、再び集まってくる用心棒達は一人で國のお騒がせ者を打ち負かし、そして拘束した心紬みつの強さに初めは呆気に取られるも、次第に歓喜の声を上げ始める。


 しかし彼女自身、あまりの手ごたえの無さに違和感、そして不穏な空気を強く感じていた。


「機動力お化けのお尋ね者をものともしない貴女は一体…?」


じきに当番の者が到着する。貴女に時間は取らせない、引き渡しは拙者達が引き受けよう」

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