第二章15話『お咎め案件になる予感』
そして日付は変わり翌朝、一切の疲れを残すことなく爽やかな気分で朝を迎えた水鏡組は朝っぱらから何処かに出掛ける準備をしていた。
露零は服を着替えて黒いマントを着用し、連泊に備えて身の回りを軽く整理すると二人は朝食は取らずに宿を出る。
その際、受付周辺に南風の姿は見えなかったが宿を出た二人は先日通ってきた傾斜の緩い下り坂を下っていく。
現在、時刻は午前十時頃。
昨日と同様、道中精鋭部隊とすれ違い、二人は彼らと立ち話を始める。
話題は戦況について、水鏡組は『敵の手がどこまで伸びているか』『何か進展があったか』など現状について尋ねる。
すると隊員の一人は「ここ数日硬直状態が続いている。昨日の今日で戦局は大して動かない」と言い、今度は同伴者が「貴女達の一件以降巡回強化をするようお達しがあった。それに元々、貴女達が寝泊まりしている宿は日常的に多くの隊員が利用している」と続ける。
「そうなんだ、だから東風さんがおすすめしてくれたんだね」
職務中だからか、隊員たちは堅い口調だった。
しかし彼らは露零が瓦版に書かれた張本人だと知っているようで、安心材料を並べてくれていた。
恐らく偽の情報を流した張本人、ミストラが彼らに共有したのだろう。
彼らは…いや、精鋭部隊は砦であるミストラ直轄の部隊なのだろうか。
露零がそう考えていると、隊員の一人は「そろそろ職務に戻らねば、達者でな」と言うと彼らは目前の水鏡組とすれ違い、二人とは真逆の宿の方向へと歩いていく。
彼らと別れた後二人は中間地点、城が見える場所まで来るとそのまま城を通り越し城下町に到着する。
前日の風月組との話し合いの末、二人が隠居する方向で話が纏まってはいるが、その話の中で城下町の出入りについては触れていない。
グレーゾーン、いや、下手をすればお咎めを受けるかもしれないが来てしまったものは仕方がない。
二人は城下町に着くやすぐに朝食を買い食いしようと、軽食屋台が横並びに続いている場所に向かい屋台を順に見て回る。
そうして数軒見て回っていると、とある屋台の商品を見た心紬は「露零、風月は風が強くて寒いですしお味噌汁でも飲みませんか」と少女の方に向き尋ねる。
心紬に尋ねられ、露零は(心紬お姉ちゃん、これが食べたいんだ)と考えると「うん、いいよ」と笑顔で答える。
すると彼女は意見が通ったことに「ほんとにいいんですか?! ふふっ、私お味噌汁大好きなんですよ♪」と嬉しそうに笑みを返した後、そのまま店主に声を掛ける。
「すみませーん、お味噌汁を二つください」
「はいよ、お椀は返さなくていいからね」
「はーい」
お代を手渡し受け取ると、二人は小さな飲食スペースに移動し、宿からの移動で冷えた身体を一口飲んで温める。
「んっ?! ちょっと熱いけどおいしい」
この時、露零は初めて自身が猫舌であることを知る。
体が冷えていることもあってより熱く感じた少女はそう言って心紬の方を見ると、彼女は一口飲んだ後そのまま箸で豆腐を口に運んでいた。
そんな彼女に倣い、露零も具材を食べ始める。
「はぁ~っ、とっても美味しいです。ねぇ露零、後で豆腐も買っていいですか?」
「これのこと? でもこれ全然味しないよ?」
豆腐のどこに魅力を感じるのだろうか。
味噌汁と一緒に口に入れてしまえばそんなこともないのだが、豆腐を単体で食べた少女には無味無臭の食材の良さが全くわからなかった。
しかし、それ以前に少女には思うことがあった。
まず宿には台所がない、さらに言えば彼女は料理できるのだろうか。
(あの部屋でこれを作るのかな)と考えていると「……だめですか?」と返事を催促され、少女は「ううん、全然いいよ」と言葉を返す。
元々小食なのか、病み上がりのように胃に優しい汁ものだけで満たされた様子の二人は買い食いし終えると先日、露零が欲しいと言っていた詩歌を販売している店を探し始める。
しかし道中、目的の店よりも先に豆腐屋が見つかり心紬は「買ってくるので少し待っててください」と言うと、少女を置いて一人で店へと向かってしまう。
しばらくして戻ってきた彼女は縁日でよく使われる手さげポリ袋のようなものに水と一緒に豆腐を入れていた。
「お待たせしました。それじゃあ行きましょうか」
そして再び店を探し始めてからおよそ五分後、先日聞いた声と同じく声を張って集客している店を発見する。
「著名詩人が書き綴った詩歌しいかを扱っているのは世界で唯一ウチだけさ。この一文が胸に響いて貴方の今後を変えるはず。今作は過去一の出来だって『ねえさん』のお墨付きだよ」
「あった! 心紬お姉ちゃんお金ちょうだい。私が買ってくる!」
「一応これ旅費ですからね。落としちゃだめですよ」
そんな心配を口にしながらもお金を手渡す心紬。
受け取ったお金をしっかりと握りしめ、屋台に向かっていく少女を見ながら彼女は「過保護、ですかね」と小さく呟く。
しかしそんな心配が現実となってしまい、二人はこの後、思わぬ事件に巻き込まれていく。




