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御爛然  作者: 荼イ毘ング
第一章『水鏡』
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第一章6話『スキャンダル案件』

 ――――ドクン。

 なんということはない、ありふれた言葉だった。

 しかしその()()の影響力は絶大で……。

 いや、この場合は話し手である声の主が凄いのだろうか。

 心臓をじかに触られるような得体の知れない感覚が露零ろあを襲い、続いてそんな感情を抱く一因となった城主の登場によって場の空気は一変する。


(全然気付かなかった。私だけじゃなくて他の二人もきっと――)


 その声に部屋にいる誰もが口を閉じ、足を止めると二人がその名を呼ぶより僅かに早く、露零ろあは誰も予想だにしていなかった()()()()を口にする。


「お姉、ちゃん…?」


「お姉ちゃん?!」

「お姉ちゃん!?」


 ――――誰が想像できただろうか。

 己が仕える主君に姉妹がいることなど。

 ましてや従者ですら知らされていなかったその事実について、初めて言及したのは長年仕えてきた主君の口からではない。


 万人に共通する人間の性質として、親密な関係となってから以降は時間経過に比例して、長らく言及がなければ不確かなものであろうと無意識に自己補完が働き、断定してしまうことが人間誰しもあるだろう。

 それを差し引いても露零ろあの予想外の言葉に度肝を抜いた心紬みつとシエナは本来考えていたであろう労いの言葉をそっちのけで少女の言葉に間髪入れずに反応を示す。


 二人の反応も分からなくはない。

 いや、何度も言うがむしろ誰が予想できただろうか。

 昨日今日生まれ落ちた幼子おさなごが二人が心の底から敬愛して止まない()()()と呼ぶことなど。


 だが一方の露零ろあは至ってまじめだ。

 真偽はともかく姉として認識している以上、少女の立場からしてみれば疎外感を感じ、いたたまれないことこの上ないだろう。


(えっ? お姉ちゃんは()のお姉ちゃんで私は()()()()()の妹だよ?)


 従者二人の驚きと困惑の混ざった息ピッタリな反応に露零ろあは彼女らが驚いている理由がわかっておらず、こちらも困惑した表情を浮かべていた。

 しかし露零ろあが求めるその答えは後に()()()()()と呼ばれた彼女本人の口から伝えられることとなる。


 その時、露零ろあは室内に第三者の気配を感じ、部屋中を見渡す。

 すると一人の女性が肩にかけた上着を微かに揺らしながら金魚の描かれた障子を背に凛々しく立っていた。

 当然、目の前にいる女性を()だと認識している露零ろあは彼女が誰なのかをこの場にいる()()()()理解していた。

 変なことを言った自覚は無かったが、二人の並々ならない様相に気負けした露零ろあは自身が発言した一つ前の言葉を撤回するべく口を開こうとする。

 すると妖艶な雰囲気を醸し出す女性は一瞬で少女との距離を詰め、『しーっ』とするように人差し指を少女の口元に優しく押し当てると一方的に言葉をかける。


「んぐっ」


「ちょい待ち、なんぼ古代樹が命を転生させる木ぃやうてもウチに()はおらへんで」


(また…動いたの、全然わからなかった。それより妹はいないって…それじゃあ私は……)


 ――――存在を忘れられる。

 たとえそれが悪意のない言葉であろうとも、被害者側の心には深く突き刺さるものだ。


 仮に本当に記憶がないのならよりタチが悪く悪質だ。

 見慣れた人物のはずなのに、相手は自分を覚えていない。

 初対面のように振舞われる。


 ――――だけに留まることはなく、本人からの否定が決定打となったことで再度自身へと向けられる二方向からの疑いの眼差し。

 そんな扱いに絶望していると包容力のある声がゼロ距離から露零ろあの耳に心地よく響き、不覚にも心地良さを覚えた少女は改めて自分の記憶に問いかける。


(お姉ちゃん。そう心の中で呟くとまるで返事をしてるみたいに『チャポン』って音が返ってくるの。だから――)


「――ウチの言葉聞こえとる? 有為ういはちょい複雑やから簡単に話すで。よう聞いときや」


 伽耶かやの声は台風に伴って発生した高波のように右耳から左耳へと瞬く間に通り抜け、しかしその刹那に露零ろあの心にある()の感情も一緒に外へと連れ出した。

 故にたった一言、何の変哲もないその言葉で露零ろあは心に大きなゆとりができたような感覚すら覚える。


 話を円滑に進めるため?

 あるいは不安を取り除くため?


 どちらにしてもこれで多少複雑な話でも冷静な思考で処理できるということを露零ろあは直感で理解していた。

 おっとりとした見た目の割に吸収力は人並み以上にあるらしく、露零ろあはさらに意図的にこの状態にされたことを踏まえてある考えに辿り着く。


(きっとこれから大切な話をするんだ。でも私もお姉ちゃんのことしか覚えてないし、今は……)


「それでは私たちはお邪魔にならないよう、一度退室しますね」


 伽耶かやがおもむろに露零ろあから離れると、彼女の話を妨げないよう従者二人は誰に言われるまでもなく自ら部屋を退出する。

 その一方で露零ろあが部屋から出ていく二人を不安そうに目で追っていると、伽耶かやはそんな少女を気にも留めず早速話始める。


「まず最初に伝えなあかんのはウチら人間は()()()()()が比例せえへんってことや。簡単な話、年齢は増減せえへんから割り切り。せやけど知識は経験に比例するから伸びしろあるで」


 恐らくこの世界では()()()()()()()()、この二つが別個べっこの概念として存在しているのだろう。

 その話を聞いた露零ろあは首を捻って自身の身体を眺めると自身の肉体年齢が十五歳前後であると理解する。


 若干気になる伽耶かやの訛りのような口調も序盤のやり取りで負の感情が体外へといざなわれたことでできた心の隙間のお陰なのか、脳内で標準語に置き換えることで冷静に処理することができていた。

 そんな少女に伽耶かやは次なる質問を投げかける。


「次は御爛然ごらんぜんについてや。万物ばんぶつもうはもう知ってるん?」


「うん、さっき心紬みつお姉ちゃんに聞いたよ。最初に生まれた()()みたいな人だよね?」


 伽耶かやは次の話に進む前にこの世界の生みの親であり、最低限必須な知識でもある万物ばんぶつもうについて触れ、露零ろあの返答から認識に相違がないと判断すると再び話を本筋に戻す。


「結構ざっくりやなぁ、けど間違まちごうてはないから続けるわ。それが人に吹き込んだマナを()()()()()うてな。原初のマナは御爛然ごらんぜんの持つ水、火、風、空、地の五つが当てはまるんや」

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