第二章14話『月下美人』
脱衣所にて脱衣を済ませた水鏡組は一切明かりの灯らない屋外で、かけ湯をすると月明りをタオル越しに背に浴びながらお湯にその身を浸していく。
雰囲気を最重視して作り出された夜の静寂の中、聞こえる水音が二人の魅力をさらに引き出し、薄暗い中展開された二人の会話はこの場にはいない第三者の想像力を掻き立てると、一息ついたタイミングで心紬は一切欠けの無いまんまるお月様をゆっくりと見上る。
「あったか~い! 天井もないし広々使えるね!」
「ふふっ、そういえば露零は汚れを肩代わりしてもらったそうですもんね」
露零が水鏡に訪れたその日、伽耶によって入浴の手間を省かれていた少女は今回の初入浴に心身ともに安らぐような感覚を覚えていた。
なぜその場にいなかった心紬がそのことを知っているのかは定かではないが、何でもかんでも手間を省略していては得られぬ満足感があるのも事実だ。
しかし露零は彼女の話をあえて拾わずに「でもお月様だけじゃちょっと暗いね」とぽつりと呟く。
露零がそう感じるのもわからなくはない。
月光は確かに露天風呂を照らしてはいるが雲がかかれば当然月明かりは遮られ、辺り一帯真っ暗闇に包まれる。
しかしそんな少女の悩みは次に月光が遮られると思わぬ形で解決する。
「わっ、なにこれ!?」
「綺麗ですね」
次に月が雲に隠れ、再び辺りが真っ暗闇に包まれようかというその刹那。
突如、丸みを帯びた飛行する発光体が二人の前で淡い光を放ち始めたのだ。
その発光体は緑がかった黄色の光を放っていて、二人の周辺をゆらゆらと点滅しながら飛び回ると点滅するごとにその数は倍々方式に増えていく。
この不規則に点滅を繰り返す発光体に気を取られていた二人は脱衣所から入ってくる人物の存在に気付くことなく、入ってきた人物に背後から声を掛けられた二人は驚きの声を上げ、初めて警戒心を露にする。
「――――それは蛍でござるな。二人とも、拙者を置いて行くなんてあんまりでござるよ」
「きゃっ!!」
その人物は先程三人が夜霧に置いてけぼりにした南風だった。
彼女は「ミストラ殿に言われたんでござるよ。拙者も亡き者扱いでござるから」と言い、この朽月草に泊まることになったのだとその経緯を二人に説明し始める。
結局、例の偽装記事に便乗することにしたということなのだろう。
露零は風月で出来た初の友人からのサプライズに驚きつつも、内心かなり喜んでいた。
一方の心紬は縮こまり、恥ずかしそうな反応をしていたが。
「なーに照れてるでござるか。二人とも綺麗で羨ましい限りでござるよ」
月と蛍と三人の美女。
肉体年齢が十五歳前後の露零は他二人に比べるとまだ幼さが残っている。
そんな露零に限らず女性三人は皆、極力素肌を見せないように白無地のタオルを巻いて隠していてる。
だが腕やふくらはぎなど、年相応の瑞々しく張りのある素肌は南風が「まるで月見団子でござるな」と比喩して羨ましがるほどだった。
次に南風と同い年という立ち位置の心紬。
肉体年齢が十七歳前後の彼女は繊細な作業が得意そうな細指を伸ばし、時折水を滴らせている。
そんな彼女は湯舟に浸ったことで背中が透けると縦方向の切り傷がうっすらと浮かび上がり、一生ものの傷を負ってしまった心紬を側面から見ると年相応に曲線がある分、華奢な部類に入るだろうことがタオル越しからでも容易に察せられる。
最後に南風だが彼女は美人というよりはおぼこいのだろう、可愛い顔立ちをしている。
心紬と同じく肉体年齢が十七歳前後の彼女は筋肉が異常発達した脚が特徴的な痩せ型体型。
いや、痩せ型体型とは言ったが「痩せ型=貧弱」というわけでは決してなく、脚が突出しているだけで全体的に見ても筋肉質という印象が強い。
故に胸元に目線を落とした心紬に素で「お風呂上りに牛乳飲みますか?」と言われてしまう残念な彼女。
三者三様にそれぞれ系統の違う美人だが、南風と心紬は互いに露零を経由し知り合っている。
そのため二人の間にはまだ壁があるようで、露零はそんな二人の間にある見えない壁を開通させるべく自ら率先して話を振る。
「そういえば南風さんって詩を作れるんだよね?」
「……」
しばらくの沈黙が流れる。
南風の頬を伝った一雫がより一層緊張感を醸し出し、そのまま滴り落ちた雫が「ちゃぽん」と音を立てて湯に落ちると彼女は「……東風殿に聞いたでござるか?」と時間帯的、環境的に最も適した小声で尋ねる。
地雷を踏んでしまったか? とすら考えてしまう返答までの長い間に、心紬は思わず不安そうな表情を浮かべていたが一方の露零はというと「うん! 明日城下町に行ったらね、詩歌っていうのを買ってもらおうと思ってるんだ~」と満面の笑みで伝えると南風は一瞬きょとんとして眼を丸くした後、一変して柔和な笑みを見せる。
「……へっ? ほんとでござるか?! でもなにゆえ突然思い立ったでござる?」
南風の疑問は至極当然だった。
しかし露零としても考えがある。
以前、水鏡組が遭遇したのは現状、親玉格のかつてない強敵、滅者。
心紬は知らないだろうが魔獣戦直後に露零は滅者の明確な弱点を聞いている。
滅者に最も有効的な手段、それは言葉だ。
どんな攻撃よりも言葉が有効であり、場合によっては無血制圧すら可能な言葉は勝敗を決めると言っても過言ではなく、非力な露零は言葉の重要性を誰よりも理解し可能性を見出していた。
「お姉ちゃんを助けたいの。だからいろいろ勉強しなきゃなんだ」
「そういえば殊音は詩人なんですよね? 露零、彼女の言葉が知りたいのなら著者名を聞いておくべきですよ」
すると南風は照れ臭そうにしながらも「いやいや、拙者の言葉なんて大したことないでござるよ。しかしそうでござるな。因幡、それが拙者の第二の名でござる」と露零が聞くより先に、彼女はこれまで秘めていた著者名を二人に明かす。
著者名を聞いた心紬は因幡がうさぎ関連の単語であるということに気付くとその由来がうさぎとの混血種、ミストラと何か関係があるのではないかと推測する。
するとその間、露零は「買ったら探してみるね」と言葉を返し、著者名を独立したものと考えその奥行きには一切目を向けることはなかった。
そんな何気ない談笑を経て「場」、『体温』共に十分温まった三人は仲良く湯船から上がり、洗顔洗髪を済ませるとそのまま露天風呂を後にする。
脱衣所では再び落ち合う約束はしなかった彼女らだが、同じ宿に泊まっているのだから早ければ明日にでも顔を合わせることになるだろう。
そうして別室の南風と一旦別れ、部屋に戻ってきた水鏡組は一日の出来事を思い返しながら湯冷めしないよう改めて髪を乾かすと、露天風呂でこれまでの泥を全て流し切った二人は朝までぐっすり安眠する。




