第二章13話『朽月草』
二人の前職を聞き、驚きの声を上げる水鏡組。
そして同じく精鋭部隊からの完全脱退宣言に驚きの様子を隠せていない彼の仕事仲間一同。
精鋭部隊は皆刀を携えていて、各々異なるお面を腰回りに着けていた。
そんな彼らはしばらく東風と立ち話していた。
ときたま触れる後ろの二人への話題を上手くいなしながら数分が過ぎると彼の後輩たちとも別れ、傾斜の緩い一本道を彼を先頭に三人は歩いていく。
歩き続けてしばらくすると目前に老舗宿が見え、もう少し歩き近付いていくと『朽月草』と書かれた看板が三人の目に留まる。
「ねぇ、こんなぼろっちいところで暮らすの? 分福茶釜とか出てきそうだよ…」
「ふふっ、それなら私は少し嬉しいですけどね」
露零は短期間ではあるが生まれ落ちてから数日間暮らした城、藍凪の居心地に慣れてしまっていた。
しかしその城は言わば貴族が住まうような最上位の造りのため、他の全てが劣って見える。
まぁ、それを差し引いても目の前にあるのはおんぼろ宿に変わりないのだが。
そんな建物を前に第一印象を呟きながら一同が宿に入ると中は案外おんぼろというわけでもなかった。
造りはいかにも古めかしく、改装したような真新しい痕跡もなかったがそれでも比較的清潔感は保たれていた。
宿主も中年女性、そして従業員らしき南風と同年代くらいの女性がせっせこ働いていた。
来慣れているのか、東風は受付にいる中年女性に気さくに話し掛けていく。
するとここでも「隊長殿? こんなところで何を?」と、従業員と思しき女性に声を掛けられ二人は東風の顔の広さを実感する。
「――今日は貴女らの仕事ぶりを見に来たわけじゃない。二人分の宿を」
「ふふーん、さては引率ですね。女将殿、拙が案内してまいります」
そんな彼女の申し出に後のことを一任した東風は後輩が二人を部屋に案内するのを見届けると自身はしれっと宿を出ようとする。
しかしその際、受付に残った中年女性に「廉坊はいいのかい? この時期なら――」と尋ねられる。
しかし彼は「環境が変わったんだ。故にしばらく来られない」と言い残すと、寂しげな女性の視線を背に受けながら無言で宿を立ち去っていく。
一方で東風の後輩の女性に案内された二人は近くの部屋に案内される。
室内面積は十畳ほど、内装は簡素ではあるが基本的な寝具や日用品、そして必要最低限の飲食料も置いてあり一日くらい凌ぐのは訳ないだろう。
「当宿の設備概要は室内に置いてあります。それではごゆっくりどうぞ」
現在、時刻は日は傾き曙色が空一面を彩った夕時だった。
ほとんど身一つで風月に来訪した二人はもういい時間なだけに、城下町に戻るのはやめてそのまま室内に腰を下ろすと早速くつろぎ始める。
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そして二人がくつろぎ始めた同時刻、同じく風月の町外れでは以前、駐屯兵長と名乗っていた人物が瓦版を片手に風月の駐屯地に建てられたログハウスで誰かと密会していた。
「ここにある通り二人を谷底に叩き落し、殺してきた。これで俺は――」
「――いい。それより一足早く水鏡に出向き、下見を行った副長からの調達依頼はもう済んだのか?」
自身の手柄を裏付ける瓦版を向かいの話し相手に投げ置き見せる駐屯隊長だが、彼の話し相手はそんなことはどうでもいいといった態度だった。
対話相手の発言から察するに、彼は露零と同じ滅者なのだろう。
そんな彼は続けて「五つの化学薬品を作るのにどうしても期日はかかる。それを最優先で構わない」と言い優先順位を明確に伝えていく。
「まっ、待て! お前たちが約束を果たしてない以上、主従関係はまだ成立していない! 俺達の要求はどうなって――」
声を荒げ、駐屯隊長は要求がどこまで通っているのか問いただす。
暫定的な提携関係とは言え、野良側の要求が通っていなければ彼らの関係が主従関係に発展することなどありえない。
「滅者六人、よもや貴様で滞っているとは言うまい」
しかし彼の問いに滅者が返答することはなく、「野良は使い捨てられるが定め」と一蹴すると突如、二人のいるログハウスは激しく燃え上がる。
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そんな敵の動きなど露知らず、完全まったりモードの水鏡組は夜になると、部屋に置いてあった設備概要に記載されていた天然露天風呂なる場所に向かう準備をしていた。
一度受付に戻り、常備されている備品及び手持ち鞄を取ってきた二人は室内に置いてある館内着、備品のくし、タオルなど諸々を手持ち鞄に詰め込んでいく。
「楽しみだね」
「東風さんの紹介ですしね。私も楽しみです」
初の外泊、そしてこれから行く露天風呂に浮かれている二人は準備が終わると早速部屋を出、移動し始める。
――しかし、そんな二人を背後からひっそりと眺める『ある』人物がいた。




