第二章12話『解読不能の預言書』
露零が障子を開けると古びた資料数冊を両手に積んだ南風が危なっかしい足取りで応接室に入ってくる。
彼女は持ってきた書物を机に置くと「よいしょっと、仰殿が残した資料はこれで全部でござる」と言い、表紙に『割赴鳴揺』と書かれた一冊の書を開くと二人に見せる。
彼女が開いたそのページは鳴揺の等身大を書き写した全身図が描かれていた。
しかし描かれた彼のビジュアルを見た少女は「――これが鳴揺さん? 顔が見えないよ」と呟く。
「ほんとに顔が見えませんね。編み笠はわかりますがこれは…顔の前に付いているのは風鈴、ですか?」
資料に描かれていた鳴揺の外見は編み笠を被り、その編み笠の顔部分には風鈴を付けていた。
風月の基本情報として、戦闘時に住民は面を付けるというが鳴揺の場合、それが風鈴ということなのだろうか。
服装は東風と同じく武士服で腰には刀を携えていた。
似顔絵はモノクロのため髪色や瞳の色はわからないが、それでも一目見ればすぐに彼だとわかるだろう。
それほど特徴的な見た目が資料には描かれていた。
探し人の意外な容姿に(思ってたのとなんだか違う)と感じた露零。
そんな少女は南風が持ってきたその他数冊の書物にも興味を示す。
彼女が持ってきた六冊の書物うち、残る五冊の表紙には生前の仰が書いたのだろう、四人が見たことのない単語がそれぞれに書かれていた。
『惹起天災』
『五大流行り病』
『外来迷い子』
『概念殺し』
『地の獄第一人者』
これに加えて鳴揺に関する資料、それが彼の残した遺品だった。
運んできた南風も表紙を見ていなかったらしく、小難しい本を前に「目眩がしてくるでござる」と言い、東風も「全くわからぬ、この分だと中も怪文書…か」と言って彼は初めてため息を漏らす。
南風は例外としても他二人が書物を手に取りタイトルの意味を紐解こうとしている中、少女は「せっかくだし全部見てみようよ」と言って勝手に書物を開くと読み漁り始める。
「わっ、なにこれ?!」
露零の反応は広く解釈できるものだった。
東風が言っていた通り中は怪文書だったのか。
あるいは記号のようなものがページにびっしり書き連ねられているのだろうか。
いやいや、予想に反して中は案外白紙なのかもしれない。
そして驚いた少女は書物を両手で広げると少し離れた位置から二人に見せる。
「心紬お姉ちゃん見てよこれ。なんて書いてるか全然読めないの」
まず、露零が開いて見せた書物は白紙ではなかった。
しかしページがかつかつなほどに文字を書き連ねているというわけでもない。
少女が「なにこれ」と言った理由、それは点字のようで点字ではない点が不規則な位置に書かれていた。
現状解読不明のその点字らしきものをじっと見つめ、首を傾げる心紬は読めないことを少女に伝えるとそのまま風月組に話を振る。
「う~ん、私じゃとても読めないですね。二人はどうですか?」
「南風は教養中ゆえ読み書きができない。自分は書き物に造詣が深いつもりだ、しかしこれは……」
他の書物に目を通すも露零が広げて見せているのと同様、読み取れない様子の東風。
解読不能の暗号を残し、亡き者となった仰に不満を漏らす一同。
しかし本来の目的だった鳴揺の資料に関しては幸い似顔絵だったため実用性があり、容姿を確認した四人は残る書物もまとめて積む。
「貴女らはこれからどうする? この後予定がないなら行きつけの秘湯のある隠れ宿に案内しよう」
そう言って東は積み上げた書物を南風《はえ《一人に片付けさせると二人の案内役を買って出る。
彼の申し出を聞き、夜霧を訪れる前の露零のおねだりを後回しにすることに決めた心紬は「それじゃあお願いします」と伝える。
障子に描かれた月兎を二つに分かち、応接室を出ると戻ってきた南風と合流――――。
――するかのと思いきや、彼女を待たずにそのまま夜霧も後にし、三人は城下町の反対側、露零が襲撃を受けた崖のあった方向へと向かっていく。
一方、夜霧城内では片付け終わりで戻ってきた南風が応接室で机に頬杖をつき、ふてくされていた。
少し席を外した隙に三人とも城を発っていたのだ。
面倒な後片付けを押し付けられ、一人置いてけぼりを喰らった彼女は一人なのをいいことにぼやき始める。
「拙者、さっき待ってたでござるよ。薄情はどっちでござるか…。東風殿とはどうにもわかり合えないでござるな」
それからしばらく呆けていた彼女は気落ちした気分が戻らず、次第に彼女の体制はふにゃっと伸び崩れていく。
そんな彼女が室内にいることを察知したミストラは障子越しに「南風、伝えたいことが二つあるんだけど少しいいかな?」と声を掛け、彼女を室外へと呼び出す。
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そして場面は戻り現在、露零達三人は風月精鋭隊の管轄領土、標高の低い山道を歩いていた。
道中すれ違った精鋭部隊は皆、東風と同じような武士服を着用していて、東風はすれ違いざまに「隊長殿、此度は何用ですか?」「兼任隊長殿、その者たちは…? もしや増援ですか」など親し気な口調で声を掛けられていた。
「――そうか、貴殿らには言っていなかったな。自分は近々兼任という立場からも外れるつもりだ」
「ちょっと待って、東風さんも心紬お姉ちゃんみたいにお仕事してるの?」
「自分はもともと『部隊長』という立場にいたところをミストラ殿に引き抜かれた。それは南風も同様で、あれは学がないものの音の響きから詩歌を生み出す天才詩人だったと聞く」




